朝起きたら、まだ真っ暗。雲が出ているようで、払暁の光もこぼれては。あれこれするうち出かける時間となってしまい、いつもの写真を撮りそびれた。仕方がないので、ホームに駆け上がる前に鎌倉駅の写真を。

コロナ禍どこ吹く風といった体でほうぼうに出かける人も多少はいるが、大抵の人は閉門蟄居、ステイホームで我慢している。仕事に出る人も職場と家の往復という人がほとんどだと思う。飲み会で感染した人が家に持ち帰って家族経由で感染を広げているという状況はいかんともしがたいが経済を止めるわけにもいかないのもたしか。
経済が止まると、新しいことが起こらなくなる。私が以前からフォローしているブログに、”最近は読める、おもしろい、ときめく、といった記事が少なく、5分ぐらいで流し読みしてラックに捨てる、が多くなった”と書いているエントリーがあった。近ごろの私もまったくそうで、同じようなことを感じている人が他にもいることを知った。このところの新聞記事といえばコロナコロナで、あとは団塊世代の高齢化がらみの医療費の増額とか、そんな暗い内容の記事ばかり。戦時下ってこんなのだったのかな、と思ってしまうが、確かに今は人類と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との戦争の真っ最中ではあるのだから仕方ない(これはある意味人類対ウイルス 2020年1月29日・・・この頃はまだ抑え込めるかもしれないと思っていました)。

旅行もグルメもショウビジネスもスポーツも、人が動いて集まりワイワイやる、これまで楽しいとされてきたことは全て悪いこと、となってしまったのだから、世の中つまらない、味気ない方向に進んでいくばかり。
帰りがけに立ち寄った書店で、タイヤの人形の着ぐるみがレストランガイドの宣伝をしていたが、虚しい。
要らないことが要らないということで、楽しい話題が減って、やがて経済が止まってしまったら、これはこれで大変だ。いまや、宅配で届けられる新聞も要らないっちゃ要らないのだが、はたして新聞のない世界はどんなだろうと思うと、もうしばらくはとろうと思っているが、おもしろい記事が本当になくなってしまったら、やめるかもしれない。
太平洋戦争は3年10ヶ月
