毎日、20〜30例の病理診断を行っている。
生検という、病変の一部から採取してきた小さいものの診断から、手術で切除してきた大きな検体まである。病気の種類は胃炎とか食道炎、子宮筋腫や脂肪腫、母斑そして胃癌、大腸癌、乳癌といった悪性腫瘍の診断まで様々だ。
病理医は患者さんに直接会うことがほとんどない。だから、いつも意識しておかないとそれぞれのガラス標本の向こうにそれぞれの病気で悩み苦しんでいる患者さんがいるということを忘れてしまう。
厚さ数マイクロのほんの小さな切片に、その人の人生を左右する所見が含まれている。病理医が癌といえば、その患者さんのその病変は癌と決まる。だから、病理医は標本の向こうにいる患者さんの苦しみまで含めて診断に向かわなくてはいけない。
「臨床的に診断がついているから、病理医はその確認さえしてくれたらいい」尊敬していたある臨床医にそう言われてショックを受けたとこがあるが、とんでもないことだと思った。そんなことを口に出すのであれば、最初から病理診断に検体をゆだねなければいいのに、どういうことなのだろうとも思う。
私の感覚として90パーセントの症例がそうだとしても、10パーセントくらいに副所見、さらには1パーセントぐらいには治療方針に影響を与える病変が発見される。その1パーセントのために病理医は技術を高めて仕事をする。年間1万症例扱っている施設であれば千例に新たな病変が発見され、100例に重大な発見がある。100人もの人の人生が病理医によって決められている。
臨床医に軽んじられることがあっても、病理医自身にはそういう覚悟が必要だ
何例、ではなくて何人