米中貿易摩擦② 凋落覇権国のもがき
明治大学 宮崎礼二准教授に聞く
―中国の追い上げに米国は危機感を強めているのでしょうか。
そう思います。
米国は第2次世界大戦後に製造業で経済覇権を握りましたが、1980年代に日独に逆転されました。米国企業は多国籍企業化に生き残りをかけ、生産拠点を海外に移します。その結果、90年代に米国内の製造業は決定的に落ち込みました。
ところがソ連崩壊後、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)に蓄積されたインターネットなどの技術が解禁され、先端技術を商業利用してIT(情報技術)革命が起きます。そこで再び米国が世界経済の中心に躍り出ました。先端技術を握った米国にとって知的財産権が命だということになり、世界貿易機関(WTO)に知的財産権を保護する協定(TRIPS)を組み込みました。先端技術は無料で使えないというルールをつくり、技術覇権を確立したのです。
米国のこの技術覇権を脅かしているのが中国です。米国が技術覇権を失うと、残るのは金融覇権、ドル支配だけです。しかし英国の歴史からもわかるように、土台が弱くなると上に乗る金融や通貨も弱くならざるをえません。だから米国は世界の技術基盤を知的財産権で握り続けたいのです。これはトランプだからではなく、米国だから出てきた覇権国のもがきでしょう。
鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課す大統領令を発表するトランプ大統領(中央)=3月8日、ワシントン(ロイター)
中国の生産革命
―対中追加関税は中国経済にとっては打撃になりますね。
中国は米国市場への依存度が高いので大きな打撃です。売り上げが落ち、多国籍企業のサプライチェーン(供給網)が周辺国に移る可能性があります。
中国は産業を高度化して新しい経済に移行しようと試みてきました。しかし低賃金労働者を吸収できる基盤はまだ成立していません。多国籍企業の生産拠点が海外に移れば、失業者が大量に発生するでしょう。
―米国の要求は何でしょうか。
米国側は中国国務院が2015年に発表した「中国製造2025」を問題視しています。中国の産業を高度化して49年までに世界一の製造業強国になるという目標を掲げた計画です。IT、ロボット、AI(人工知能) などの先端技術で生産プロセスを大きく変え、21世紀型の製造業を獲得することをめざしています。
これをやめろと米国は強く要求しています。米国が阻止したいのは、中国による知的所有権の支配と、中国発の生産プロセスの「革命」です。
しかし中国にしてみれば、そんな要求はのめません。米国の中間選挙が終わるまで耐えれば、そこからまた新しい展開になると読んでいると思います。中国は米国の農産物に報復関税をかけているので、トランプ政権にも矛盾があります。
覇権は続かない
―米国の経済的地位の低下が顕在化しているように見えます。
永遠に続く覇権国は歴史上存在しません。17世紀のオランダ、19世紀の英国、20世紀半ばからの米国。覇権国が頂点にいる時代は長くないのです。
英国は1870年ごろ、米国に経済規模で逆転されました。80年代に入ると貿易も赤字になりました。英国に輸出したのは米国とドイツでした。世界の頂点にいた英国が植民地だった米国に逆転されて、貿易赤字を背負わされたわけです。
そこで、81年に英国で国民公正貿易同盟が結成され、「公正な交換」を拒否する国の製造品には関税をかけるべきだと宣言しました。現代のトランプ氏と同じ主張です。50年、100年の流れで見ると、覇権国の凋落(ちょうらく)は繰り返されています。
―日本の政治にとっても示唆的です。
日本政府が前提とする米国の覇権は第2次世界大戦後の70年程度続いたにすぎません。世界には多くの国があり、価値観の多様性が追求されている時代です。70年程度の短い過去を見て、米国一辺倒で国づくりを考えていては進路を誤るでしょう。(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年9月8日付掲載
150年前の大英帝国の凋落の再現を米国が実感してる。
かつて英国の植民地だった米国が英国にとってかわった。
今は、アジアの発展途上国の一つにすぎなかった中国が、世界経済を席巻している。
明治大学 宮崎礼二准教授に聞く
―中国の追い上げに米国は危機感を強めているのでしょうか。
そう思います。
米国は第2次世界大戦後に製造業で経済覇権を握りましたが、1980年代に日独に逆転されました。米国企業は多国籍企業化に生き残りをかけ、生産拠点を海外に移します。その結果、90年代に米国内の製造業は決定的に落ち込みました。
ところがソ連崩壊後、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)に蓄積されたインターネットなどの技術が解禁され、先端技術を商業利用してIT(情報技術)革命が起きます。そこで再び米国が世界経済の中心に躍り出ました。先端技術を握った米国にとって知的財産権が命だということになり、世界貿易機関(WTO)に知的財産権を保護する協定(TRIPS)を組み込みました。先端技術は無料で使えないというルールをつくり、技術覇権を確立したのです。
米国のこの技術覇権を脅かしているのが中国です。米国が技術覇権を失うと、残るのは金融覇権、ドル支配だけです。しかし英国の歴史からもわかるように、土台が弱くなると上に乗る金融や通貨も弱くならざるをえません。だから米国は世界の技術基盤を知的財産権で握り続けたいのです。これはトランプだからではなく、米国だから出てきた覇権国のもがきでしょう。
鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課す大統領令を発表するトランプ大統領(中央)=3月8日、ワシントン(ロイター)
中国の生産革命
―対中追加関税は中国経済にとっては打撃になりますね。
中国は米国市場への依存度が高いので大きな打撃です。売り上げが落ち、多国籍企業のサプライチェーン(供給網)が周辺国に移る可能性があります。
中国は産業を高度化して新しい経済に移行しようと試みてきました。しかし低賃金労働者を吸収できる基盤はまだ成立していません。多国籍企業の生産拠点が海外に移れば、失業者が大量に発生するでしょう。
―米国の要求は何でしょうか。
米国側は中国国務院が2015年に発表した「中国製造2025」を問題視しています。中国の産業を高度化して49年までに世界一の製造業強国になるという目標を掲げた計画です。IT、ロボット、AI(人工知能) などの先端技術で生産プロセスを大きく変え、21世紀型の製造業を獲得することをめざしています。
これをやめろと米国は強く要求しています。米国が阻止したいのは、中国による知的所有権の支配と、中国発の生産プロセスの「革命」です。
しかし中国にしてみれば、そんな要求はのめません。米国の中間選挙が終わるまで耐えれば、そこからまた新しい展開になると読んでいると思います。中国は米国の農産物に報復関税をかけているので、トランプ政権にも矛盾があります。
覇権は続かない
―米国の経済的地位の低下が顕在化しているように見えます。
永遠に続く覇権国は歴史上存在しません。17世紀のオランダ、19世紀の英国、20世紀半ばからの米国。覇権国が頂点にいる時代は長くないのです。
英国は1870年ごろ、米国に経済規模で逆転されました。80年代に入ると貿易も赤字になりました。英国に輸出したのは米国とドイツでした。世界の頂点にいた英国が植民地だった米国に逆転されて、貿易赤字を背負わされたわけです。
そこで、81年に英国で国民公正貿易同盟が結成され、「公正な交換」を拒否する国の製造品には関税をかけるべきだと宣言しました。現代のトランプ氏と同じ主張です。50年、100年の流れで見ると、覇権国の凋落(ちょうらく)は繰り返されています。
―日本の政治にとっても示唆的です。
日本政府が前提とする米国の覇権は第2次世界大戦後の70年程度続いたにすぎません。世界には多くの国があり、価値観の多様性が追求されている時代です。70年程度の短い過去を見て、米国一辺倒で国づくりを考えていては進路を誤るでしょう。(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年9月8日付掲載
150年前の大英帝国の凋落の再現を米国が実感してる。
かつて英国の植民地だった米国が英国にとってかわった。
今は、アジアの発展途上国の一つにすぎなかった中国が、世界経済を席巻している。