公立小学校教員 「超勤訴訟」を考える① 労働時間外に及ぶ専門職 常態化は労基法32条違反
教員の深刻な長時間過密労働。改善のきざしはなかなか見えません。埼玉県の公立小学校教員、田中まさおさん(仮名)が、県を相手取った訴訟の判決が10月、さいたま地裁から出されました。原告の請求そのものは棄却されましたが、今後に生かせる画期的な内容も少なくありません。判決の意義や支援者の思いを2回に分けて紹介します。今回は埼玉大学准教授(教育法学)の高橋哲さんです。(堤由紀子)
埼玉大学准教授(教育法学) 高橋哲さん
争点は何なのか
労働基準法32条では、週40時間、1日8時間という労働時間が定められています。今回の裁判で争われた重要な点は、大きくいって二つです。
一つは、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」のもとで発生した時間外労働が、労基法上の労働時間に該当するかということです。これまでは、給特法のもと「超勤4項目」(別項参照)以外の時間外労働は自発的な労働とされ、労働時間ではないとされてきました。
二つ目は、労働時間に該当するならば労基法32条違反になり、労基法37条の超勤手当の対象になるか、少なくとも、違法な働かせ方なので国家賠償法の対象になる、と追及しました。
私たちが一番恐れていたのは、32条を超える違反があっても給特法のもとで許された労働なんだ、と門前払いにされることでした。
給特法が例外的に時間外業務として認めている「超勤4項目」
① 生徒の実習に関する業務
② 学校行事に関する業務
③ 職員会議に関する業務
④ 非常災害等やむを得ない場合に必要な業務
田中さんの裁判とは…
田中さんは、教員の時間外労働に残業代が支払われないのは違法だとして2018年9月25日、さいたま地裁に提訴しました。公立学校の教員には給特法のもと、給料月額4%に相当する「教職調整額」が支給される代わりに、超勤手当は支給されていません。田中さんは、月約60時間超が「ただ働き」とされていると主張。労基法37条にもとつく割増賃金の請求を行うとともに、国家賠償請求を行いました。今年10月1日、同地裁は原告の訴えを棄却。田中さんは控訴してたたかっています。
画期的な判決に
ところが、二つの点で画期的な判決でした。
第一が、今まで労働時間として認められてこなかった時間外労働が、労基法上の労働時間にあたり、32条が定めている上限規制に収まっていなければいけない時間だと認められたことです。
判決では授業準備について「1コマ5分」しか認められなかった、と落胆する必要はありません。原告は「時間外で翌日の授業準備をするために、最低30分は必要だ」と主張しました。つまり、1日6コマと考えると1コマ最低限5分、という「最低限」の時間を判決が認めたのです。
さらに、校長の命令がなくても、職員会議を通じて担うことになった労働は労働時間だと認められました。こういう判決のメッセージは正確に受け取ってほしいです。
第二が、労働時間と認められて、それが常態化している場合、労基法32条に違反したものとして国賠法上の違法にもなり得るとされた点です。その結果、給特法のもとでも、どれだけ働いても給料の上乗せは調整額4%分しか認めない、いわゆる「定額働かせ放題」ではないことが、明確になりました。
実はこれは、文部科学省の「学校の働き方改革」にも釘をさす判示です。文科省は教員の時間外労働に上限指針を設けて、原則月45時間、年間360時間、特別な事情があった時は月100時間、年間720時間までは合法としています。今回の判決は、時間外労働が月45~100時間あった場合に、損害賠償の対象となり得ることを示しました。文科省の上限指針の枠組み自体を否定した。これも画期的です。
正規の時間内で
今回は、教員の業務が時間外に行われたものとして認めるかどうかがポイントでした。でも、教材研究も保護者対応も丸付け業務も、教員の専門性に関わる部分です。本来は正規の労働時間に入っていなければいけないものです。教員はこれを重視しているため、時間外でもやらざるを得ないのです。
例えば、アメリカのニューヨーク市では、教員組合との協約に次のようなことが定められています。正規の労働時間内で教員の研修時間を週75分、専門的活動や保護者対応の時間を85分、さらに週あたり少なくとも5コマの授業準備時間を確保するということです。
教員にとって不可欠な業務を、時間外にやるのかやらないのか。控訴審を通じて、そんな選択を教員が迫られる事態を変えたいと思います。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年12月17日付掲載
小学校教員の翌日の授業のための準備時間、毎日最低30分は必要だと。1カ月20日間の授業だとわずか10時間。でも、実際は60時間に及ぶ超過勤務が。
給料月額4%に相当する「教職調整額」が支払われているが、いわゆるみなし労働で実態に合っていない。
判決が画期的だというのは、第一が、今まで労働時間として認められてこなかった時間外労働が、労基法上の労働時間にあたり、32条が定めている上限規制に収まっていなければいけない時間だと認められたこと。
第二が、労働時間と認められて、それが常態化している場合、労基法32条に違反したものとして国賠法上の違法にもなり得るとされた点。
本来なら、超過勤務しなくていいように教員の増員を図るべきですが、その一歩手前でも超過勤務手当を支給すべき。
教員の深刻な長時間過密労働。改善のきざしはなかなか見えません。埼玉県の公立小学校教員、田中まさおさん(仮名)が、県を相手取った訴訟の判決が10月、さいたま地裁から出されました。原告の請求そのものは棄却されましたが、今後に生かせる画期的な内容も少なくありません。判決の意義や支援者の思いを2回に分けて紹介します。今回は埼玉大学准教授(教育法学)の高橋哲さんです。(堤由紀子)
埼玉大学准教授(教育法学) 高橋哲さん
争点は何なのか
労働基準法32条では、週40時間、1日8時間という労働時間が定められています。今回の裁判で争われた重要な点は、大きくいって二つです。
一つは、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」のもとで発生した時間外労働が、労基法上の労働時間に該当するかということです。これまでは、給特法のもと「超勤4項目」(別項参照)以外の時間外労働は自発的な労働とされ、労働時間ではないとされてきました。
二つ目は、労働時間に該当するならば労基法32条違反になり、労基法37条の超勤手当の対象になるか、少なくとも、違法な働かせ方なので国家賠償法の対象になる、と追及しました。
私たちが一番恐れていたのは、32条を超える違反があっても給特法のもとで許された労働なんだ、と門前払いにされることでした。
給特法が例外的に時間外業務として認めている「超勤4項目」
① 生徒の実習に関する業務
② 学校行事に関する業務
③ 職員会議に関する業務
④ 非常災害等やむを得ない場合に必要な業務
田中さんの裁判とは…
田中さんは、教員の時間外労働に残業代が支払われないのは違法だとして2018年9月25日、さいたま地裁に提訴しました。公立学校の教員には給特法のもと、給料月額4%に相当する「教職調整額」が支給される代わりに、超勤手当は支給されていません。田中さんは、月約60時間超が「ただ働き」とされていると主張。労基法37条にもとつく割増賃金の請求を行うとともに、国家賠償請求を行いました。今年10月1日、同地裁は原告の訴えを棄却。田中さんは控訴してたたかっています。
画期的な判決に
ところが、二つの点で画期的な判決でした。
第一が、今まで労働時間として認められてこなかった時間外労働が、労基法上の労働時間にあたり、32条が定めている上限規制に収まっていなければいけない時間だと認められたことです。
判決では授業準備について「1コマ5分」しか認められなかった、と落胆する必要はありません。原告は「時間外で翌日の授業準備をするために、最低30分は必要だ」と主張しました。つまり、1日6コマと考えると1コマ最低限5分、という「最低限」の時間を判決が認めたのです。
さらに、校長の命令がなくても、職員会議を通じて担うことになった労働は労働時間だと認められました。こういう判決のメッセージは正確に受け取ってほしいです。
第二が、労働時間と認められて、それが常態化している場合、労基法32条に違反したものとして国賠法上の違法にもなり得るとされた点です。その結果、給特法のもとでも、どれだけ働いても給料の上乗せは調整額4%分しか認めない、いわゆる「定額働かせ放題」ではないことが、明確になりました。
実はこれは、文部科学省の「学校の働き方改革」にも釘をさす判示です。文科省は教員の時間外労働に上限指針を設けて、原則月45時間、年間360時間、特別な事情があった時は月100時間、年間720時間までは合法としています。今回の判決は、時間外労働が月45~100時間あった場合に、損害賠償の対象となり得ることを示しました。文科省の上限指針の枠組み自体を否定した。これも画期的です。
正規の時間内で
今回は、教員の業務が時間外に行われたものとして認めるかどうかがポイントでした。でも、教材研究も保護者対応も丸付け業務も、教員の専門性に関わる部分です。本来は正規の労働時間に入っていなければいけないものです。教員はこれを重視しているため、時間外でもやらざるを得ないのです。
例えば、アメリカのニューヨーク市では、教員組合との協約に次のようなことが定められています。正規の労働時間内で教員の研修時間を週75分、専門的活動や保護者対応の時間を85分、さらに週あたり少なくとも5コマの授業準備時間を確保するということです。
教員にとって不可欠な業務を、時間外にやるのかやらないのか。控訴審を通じて、そんな選択を教員が迫られる事態を変えたいと思います。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年12月17日付掲載
小学校教員の翌日の授業のための準備時間、毎日最低30分は必要だと。1カ月20日間の授業だとわずか10時間。でも、実際は60時間に及ぶ超過勤務が。
給料月額4%に相当する「教職調整額」が支払われているが、いわゆるみなし労働で実態に合っていない。
判決が画期的だというのは、第一が、今まで労働時間として認められてこなかった時間外労働が、労基法上の労働時間にあたり、32条が定めている上限規制に収まっていなければいけない時間だと認められたこと。
第二が、労働時間と認められて、それが常態化している場合、労基法32条に違反したものとして国賠法上の違法にもなり得るとされた点。
本来なら、超過勤務しなくていいように教員の増員を図るべきですが、その一歩手前でも超過勤務手当を支給すべき。