今、セレッソ大阪に所属する高木俊幸選手の思い出です。今季はセレッソ大阪で、負傷がちな清武弘嗣の代役として左MFに入ることが多く、1試合2得点を記録するなど結果を出しています。今季、選手層が一気に薄くなった浦和としては、「ここで高木俊幸がいたら」と悔しがる場面は何度もありました。
高木俊幸は元大洋ホエールズの内野手だった高木豊氏の長男で、次男も三男もプロサッカー選手というスポーツ家族に育っています。豊氏は、「野球でもサッカーでもいいから打ち込んでくれればいいんだ」とコメントし、プロ選手としての心構えなどは父から聞いたと話しています。
プレースタイルはスピード型の左MFです。プロ入りはユースから在籍した東京Vでしたが、スターダムにのし上がるきっかけは清水への移籍からでした。当時、イラン人のゴトビ監督が3トップに戦術を変えていた清水で、左のFWとしてスピードで崩す、今のスタイルを確立しました。浦和へは、当時のミシャ監督がシャドー候補としての期待で完全移籍で加入してきました。
最初の年は出番に恵まれませんでしたが、2016年は彼にとって2度目のブレイクになりました。ちょうど、興梠慎三がリオ五輪出場のため、前のポジションが一つ空いていたタイミングでシャドーに入り、増えていた運動量で守備にも献身的に動く姿勢が評価されて多くの試合に出場しました。当時、武藤雄樹と高木俊幸がシャドーに入った試合では、運動量が無限にあるのではと感じたほどです。
昨年に、足の指を骨折する負傷で出遅れ、しかも恩師ミシャが途中解任されたこともあって、得意とするシャドーというポジション自体がなくなってしまうという、大きな逆風が吹きました。後任の堀監督は4-1-4-1を採用し、得意な左MFにはラファエル・シルバがいたこともあって、堀監督が続投した今季は移籍という決断もやむを得ないでしょう。
しかし、高木俊幸にはまだまだ未来があります。敵として埼スタに来たときにどう思うかは微妙ですが、スピードを生かして点が取れる、いいときの彼でいて欲しいと願っています。
高木俊幸は元大洋ホエールズの内野手だった高木豊氏の長男で、次男も三男もプロサッカー選手というスポーツ家族に育っています。豊氏は、「野球でもサッカーでもいいから打ち込んでくれればいいんだ」とコメントし、プロ選手としての心構えなどは父から聞いたと話しています。
プレースタイルはスピード型の左MFです。プロ入りはユースから在籍した東京Vでしたが、スターダムにのし上がるきっかけは清水への移籍からでした。当時、イラン人のゴトビ監督が3トップに戦術を変えていた清水で、左のFWとしてスピードで崩す、今のスタイルを確立しました。浦和へは、当時のミシャ監督がシャドー候補としての期待で完全移籍で加入してきました。
最初の年は出番に恵まれませんでしたが、2016年は彼にとって2度目のブレイクになりました。ちょうど、興梠慎三がリオ五輪出場のため、前のポジションが一つ空いていたタイミングでシャドーに入り、増えていた運動量で守備にも献身的に動く姿勢が評価されて多くの試合に出場しました。当時、武藤雄樹と高木俊幸がシャドーに入った試合では、運動量が無限にあるのではと感じたほどです。
昨年に、足の指を骨折する負傷で出遅れ、しかも恩師ミシャが途中解任されたこともあって、得意とするシャドーというポジション自体がなくなってしまうという、大きな逆風が吹きました。後任の堀監督は4-1-4-1を採用し、得意な左MFにはラファエル・シルバがいたこともあって、堀監督が続投した今季は移籍という決断もやむを得ないでしょう。
しかし、高木俊幸にはまだまだ未来があります。敵として埼スタに来たときにどう思うかは微妙ですが、スピードを生かして点が取れる、いいときの彼でいて欲しいと願っています。