カウンセリングの基本は、「聞く」ことを身につけることと思う。
「聞く」という行為について、一般には全ての大人が身についていることとしてあまり深めることもないように思う。
一般には、相手の話を、聞く側の判断で聞いたり、評価しながら聞いていることがほとんどである。
カウンセリングを勉強し始めの頃(40年も前になるが)、「聞く」ことについてカンファレンスで鍛えられたことを思い出す。
今日の夜学で、親鸞聖人の教えは、「聞」が基盤であることを教えていただいた。
当時、「クライエントの語るところを素直に聞く」「あたかもクライエントになったつもりで聞く」「評価の心を無くして聞く」と教わってきた。
親鸞聖人は、『教行信証』で次のように書いておられる。
「聞」というは、衆生、佛願の生起・本末を聞きて疑心あること無し。
自分の「聞」に、「疑心」を感じられる人は、カウンセラー向きの人のように思う。
※自分の「聞」に、「疑心」を持たない、「疑心」に気づかない人…(結構、世の中には、このような方が多いように思います)…は、本当の「聞」には出会えないのでしょう。
「聞」について、自信の無い人、劣等意識のある人は、本当の「聞」の習学の道に立てるように思います。
「疑心がある」からこそ「疑心あること無し」への習学が始まる。