毎田周一師の言葉です。
真宗では「聞」の一字が大切ですと、利いた風なことをいう奴が、
では『教行信証』を読みなさいといへば、とても難しくて読めませんといふ。
『教行信証』を「よむこと」が、聖人の仰せを、他ならぬ、「聞く」ことですよ。
読むことが聞くことである。
これを心肝に銘せよである。
「然るに経に聞と言ふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心有ること無し。
是れを聞と曰ふなり」(信巻末)
その仏願の生記本末をこそ、かくも詳しく鄭重に説き明かして下さってある、
その『教行信証』をどうして聞かないのであるか。
その聞くといふことが、読むことを外してどうしてあり得るのか。
カウンセリング研究会【くりのみ】では、
『教行信証』の音読を大事にしています。
テキストは、金子大栄校訂『教行信証』岩波文庫です。
現在は、全文音読の一巡が終わり、「ご自釈」を音読しています。
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