尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『ブルータリスト』、自由とは何か?強烈なアート映画

2025年02月28日 22時02分37秒 |  〃  (新作外国映画)

 『ブルータリスト』(The Brutalist)という映画をついに見て来た。ゴールデングローブ賞ドラマ部門やニューヨーク批評家協会賞作品賞を受賞した映画である。アカデミー賞でも『ウィキッド』と並び最多10部門でノミネートされている。また昨年のヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した。つまり、2024年のアメリカを代表する映画なんだけど、何しろ上映時間が215分もある超大作なのである。内容も大変そうだし、体調不完全な日に見ても寝るだけじゃないかと心配。去年の『オッペンハイマー』は傑作だったけど、長すぎて途中でトイレに行ってしまった。と思ったら、この映画は1時間40分ほど経ったところで、15分のインターミッションが入った。それは良いんだけど、内容的には強烈なアート映画で面白いけど確かに大変だった。

 ハンガリーのユダヤ人建築家ラースロー・トートは、強制収容所を何とか生き延びて戦後のアメリカにたどり着く。この主人公をエイドリアン・ブロディが全くその通りと思うしかない名演をしている。『戦場のピアニスト』でオスカーを受賞したが、この映画で2度目の受賞が確実視されている。あまりの名演に、実在人物かモデルがいるのかと思ったら、トートは架空の人物だった。「自由の女神」が何故か逆さまに見えてくる冒頭から、これは「アメリカの自由」が重大な主題となっていることを示すんだと思う。最初はフィラデルフィアで家具屋をやってる従兄弟アティラの家に落ち着くが、彼はカトリックに改宗していた。

(エイドリアン・ブロディ演じるラースロー・トート)

 その従兄弟の家具屋で、ある富豪の家から図書室改修の依頼を受ける。父親を驚かせようと息子ハリーが秘かに計画したのである。そこで極めて独創的な設計を行ったが、完成前に父親が帰ってきて激怒して解雇された。その後、現場で一作業員で働いていたときに、その父親ハリソン・ヴァン・ビューレンガイ・ピアース)が現れ、この前の仕打ちを謝罪した。その後ラースロー・トートを調べたら、バウハウスで学んだ後に故国でブダペスト図書館を設計したという大建築家だったと知ったという。何故言ってくれなかったのと述べ、頼みたい仕事があるから手伝って欲しいと言う。ガイ・ピアースは大富豪を怪演していてアカデミー賞助演男優賞にノミネートされている。『メメント』の主役や『英国王のスピーチ』で退位した兄エドワード8世をやってた人。

(ハリソン宅の図書室)

 実はハリソンは亡くなったばかりの母を記念して、「マーガレット・ヴァン・ビューレン・コミュニティ・センター」を建てたいというのである。実は入場時に「建築家ラースロー・トートの創造」という小冊子を貰って、それにはこのコミュニティ・センターの写真が載っている。まるで実在の建築のように。ペンシルベニア州ドイルスタウンという町は実在しているようだが、この建物はないものなのか。それをまさにあるかのように工事シーンを撮影するアメリカ映画はやはり凄い。そして、このコミュニティ・センターには体育館、図書館がある中に地元の要望でプロテスタント教会もある。そんな建築を彼は設計したのである。

(ハリソン役のガイ・ピアース)

 ここで一端休憩。そして後半になると、トートの妻と姪が登場する。実は二人は別の収容所に送られて消息不明だったが、何とか生き延びて従兄弟のところに手紙が来ていた。ところが戦後ソ連に支配されたハンガリーから出られず、オーストリア国境で足止めされているというのである。ハリソンは副大統領の顧問を紹介し、その力で何とかアメリカに来ることがかなったのである。そして後半冒頭で登場するが、これが意外な姿。イギリスで学び流暢な英語を話す妻エルジェーベトフェリシティ・ジョーンズ)も強烈な人物像である。フェリシティ・ジョーンズは『ビリーブ 未来への大逆転』で、最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグを演じた人で、この映画でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされている。

(妻と姪がやってくる)

 ところがコミュニティ・センターの建設はなかなか進まない。建築費を抑えるため別の建築家が雇われたり、地元住民に疎外されたり。そして建築物資を運ぶ列車の事故で一端中止となる。その後も紆余曲折があるが、筋書きを書くのはこの辺で終わりたい。富豪に翻弄されるアメリカ。姪はユダヤ人と結婚してイスラエルに移住すると言う。トートにとって真に自由な生き方が出来る場所はあるのだろうか。題名の「ブルータリスト」とは、建築用語で50年代に流行した様式だという。打ち放しのコンクリートを多用し、機能性を重視した建築だという。brutalは野蛮な、荒々しい、残酷なといった意味である。

(ブラディ・コーベット監督)

 監督のブラディ・コーベット(1988~)は『シークレット・オブ・モンスター』『ポップスター』という監督作があるが、僕は見ていない。突然こんな大作アート映画を作った感じである。しかもヨーロッパ時代の収容所体験は全く描かずに、戦後のアメリカを生きる建築家とその周辺に焦点をあわせた。内容的には非常に興味深いんだけど、いくら何でも長すぎないか。「退屈」と評する声もあるようで、近年のアカデミー賞の傾向からは避けられそうという予想が多いらしい。最後の1980年のヴェネツィアの建築ビエンナーレのシーンで、1973年に完成したとされるセンター設計の意味が明かされてビックリする。元気な人は見た方が良いけど、やはり僕ももう少し短く出来る(その方が完成度が上がる)と思った。でも問題作に違いないし、エイドリアン・ブロディは必見。

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