尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『生きる LIVING』、カズオ・イシグロの脚色は?

2023年04月16日 22時35分19秒 |  〃  (新作外国映画)
 黒澤明監督の名作『生きる』(1952)がイギリスでリメイクされた。それもノーベル賞作家カズオ・イシグロが脚色して、米アカデミー賞脚色賞ノミネートというのである。それは一体どんな映画になっているのだろうか。3月31日公開だったが、予想通りあまりヒットしていないようだ。上映時間がどんどん減らされているから、関心のある人は早めに見ておくべきだろう。

 僕には見応えがあったが、もともと原作映画が好きなのである。今じゃ日本でも黒澤映画を見てない人が多いだろう。カズオ・イシグロはもともと黒澤映画が好きだったが、もし主人公を志村喬ではなく笠智衆が演じていたらどうだったろうと思ったらしい。そういうことは日本の映画ファンは考えない。東宝映画に松竹の俳優が出るはずがないからだ。(もちろん小津映画のように、多少の貸し借りは行われたが。)そして、イギリスにはビル・ナイがいるじゃないかと思いついたという。主人公を演じたビル・ナイも米アカデミー賞主演男優賞ノミネートの名演を見せている。

 ストーリーは基本的に同一で、黒澤明橋本忍小国英雄によるもともとの脚本がいかに優れていたかが判る。時代は1953年のロンドンである。(原作公開の翌年だけど、一年違う理由は不明。)同じように公園建設を求める住民たちが、市役所でたらい回しされている。ビル・ナイ演じるウィリアムズは、ただ役人の仕事を無難に務め一生を送ってきた。そして検査を受けてガンを宣告された。(原作と違って、今度の映画でははっきりと宣告される。そこに日英の違いがある。)そして、退職を考えている女性職員に刺激を受けて、人生を考え直す。基本的なテーマ設定は、国と時代を超えて今も通じるものだった。
(ラストシーン)
 黒澤映画ではラストで志村喬がブランコに乗りながら「ゴンドラの唄」を歌う。映画史上屈指の感動シーンである。今度の映画ではどうなってるんだろう。期待と不安があるけれど、途中でビル・ナイがスコットランド民謡「ナナカマドの木」を歌い上げるシーンがあって、これかと思った。そして、ラストでその歌をブランコに乗って歌うのである。イシグロは元の映画の歌詞「命短し」があまりにピッタリすぎると思っていたらしい。そこで妻がスコットランド人という設定で、その歌にしたという。カズオ・イシグロがその歌を知ったのも、スコットランド出身の妻経由だった。懐かしく、美しいメロディは一度聞いたら忘れられない。
(マーガレットに会うウィリアムズ)
 退職を考えている女性職員マーガレットはエイミー・ルー・ウッドという人がやっている。舞台で認められ、テレビや映画に出ているというが、外国ではほぼ無名。2020年に「ワーニャ叔父さん」のソーニャ役で大きく評価されたと出ていた。実に自然で、黒澤映画の小田切みきに劣らぬ名演だ。マーガレットは皆にあだ名を付けているが、ウィリアムズは「ミスター・ゾンビ」である。原作では「ミイラ」だった。ゾンビ映画って50年代にあったのかと思って調べたら、30~40年代に作られ始めていた。なるほどそっちの方が合ってるか。原作と違うのは、ラストで彼女が若手吏員と恋するようになる設定。
(イシグロとビル・ナイ)
 二つの映画がどう違うかという「比較映画社会学」的観点から見ると、冒頭が汽車の場面である。官僚は皆ちょっと郊外に住んで、朝鉄道でロンドンに通っている。山高帽を被った紳士たちが駅に集まる。黒澤映画はもちろん白黒だから、駅や風景の美しいシーンは見事に感じる。原作と同じく、主人公は途中で死んで皆が彼は死期を知っていたのかと議論する。葬式後に飲んでくだを巻くのは、確かに英国風ではないだろう。今回の映画では、汽車の中で皆が論議することになる。だが、原作にあった助役(中村伸郎)とヤクザをめぐる政治的動き、新聞記者の取材などがバッサリ切られた。それも一つのやり方で、美しい映画になってる。だが俗なる視点も含みこんだ元の映画の方が深いような気がする。

 監督のオリヴァー・ハーマナスは1983年に南アフリカで生まれた。今までにカンヌ映画祭やヴェネツィア映画祭で上映された作品を作っているが、日本公開は初めて。『生きる LIVING』が5作目のようだ。日本映画をイギリスに変えて映画化するわけだから、イギリス以外の視点を持つ監督に任せた方が良いという判断だという。なかなか健闘していると思うが、この作品だけでは評価は難しい。50年代を再現した映画だから、全体的に古風な趣がある。若い人向けじゃないかもしれない。でもじっくり人生を考える映画は気持ちがいい。まあ黒澤映画を先に見て欲しいと思うけど。
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