尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

イタリア映画「シチリアーノ 裏切りの美学」

2020年09月02日 20時49分59秒 |  〃  (新作外国映画)
 イタリア映画界の巨匠マルコ・ベロッキオ監督の新作「シチリアーノ 裏切りの美学」が公開された。1980年代から90年代にかけてイタリアを揺るがせたマフィアとの戦いを描いた作品で、重厚な質感に満ちた傑作だ。イタリアのアカデミー賞に当たるダヴィッド・デ・ドナテッロ賞で、作品、監督、脚本、主演男優、助演男優、編集の6部門を獲得している。

 「マフィア」というか、自分たちは「コーザ・ノストラ」と呼ぶ犯罪集団は、特に「ゴッドファーザー」などのアメリカのギャング映画で世界的に知られている。シチリア島で結成され、アメリカのイタリア移民が拡大させ、60年代以後は世界的なヘロイン取引の中心になっていたという。もともと犯罪組織ではあるが、麻薬取引で巨額の利益が上がるようになると、内部抗争が激しくなり陰惨な殺しあいが頻発する。もっともそういう事情はイタリア人には自明のことだからだろう、細かく説明されない。映画はトンマーゾ・ブシェッタという人物を追い続ける。
(実在のブシェッタ)
 トンマーゾ・ブシェッタは組織の一員だったが、「女好き」だったために組織内で出世するよりも、自由に外で歩き回れることを選んだと映画内で語っている。何度も結婚しているようだが、逮捕を逃れてアメリカに愛人と逃亡したりしている。映画では過去はあまり語られず、別名でブラジルで活動していた1983年に麻薬密輸で逮捕されたところから始まる。ブシェッタは内部抗争では両派の仲裁に立とうとしたが、次第にコルレオーネ派に追い詰められ家族を殺されたりして組織への反感を強めていた。そしてブラジルからイタリアへ移送された。
(映画で中央白服がブシェッタ)
 最初は非協力的だったブシェッタだが、1984年にファルコーネ判事に告白を始めた。それは「組織の掟」に逆らう「裏切り」だったが、ブシェッタにすれば昔は子どもや警官は襲撃しなかったのであり、組織の方が変わってしまったと思ったのである。彼の告白により、マフィア構成員476名を一挙に裁く世紀のマフィア裁判が始まった。映画は大部分がその大裁判のシーンで、驚くべき裁判の様子が克明に描かれている。何しろ背後には被告たちが何人も控えていて「裏切り者」と叫ぶ。(もちろん裁判官は静粛にしろと呼びかけるけれど。)また「対決」が許されていて、証人と被告が法廷の真ん中に座って直接やり取りしたりする。
(実在のファルコーネ判事)
 この裁判シーンが迫力たっぷりで、飽きさせない。ブシェッタとファルコーネ判事は信頼関係で結ばれた。映画ではこの後ブシェッタ一家はアメリカで秘密の生活を送るように描かれるが、実際はイタリアで服役後にアメリカに移送されたという。そこで彼はファルコーネ判事の暗殺事件を知る。1992年5月23日に起こった周到に準備された爆殺事件はイタリア全土に衝撃を与えた。(僕も覚えている。)盟友のボルセリーノ判事も7月に暗殺された。しかし、この悲劇が大々的な反マフィア運動を呼び起こし、逃亡中のボス、リイナの逮捕、裁判へつながった。その後、シチリア島のパレルモ空港は「ファルコーネ=ボルセリーノ空港」と改名された。

 最初は人物関係が交錯していて、よく判らないところがある。それは日本で事情に詳しくないまま見ているからだろう。アメリカのギャング映画のような快調なテンポで進むエンタメ映画ではない。マルコ・ベロッキオ監督(1939~)の手掛ける重厚な「現代史」映画である。ベロッキオは巨匠と言われるが、なかなか日本で公開されなかった。モロ元首相誘拐事件を描く「夜よ、こんにちは」や「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」など、人間性に深く迫る作品が思い出される。80歳でこのような重い作品を作れる力量と気力体力にも驚くしかない。

 僕はイタリア映画が好きでよく見るんだけど、ここまでマフィア内部に迫った勇気ある映画はかつてない。感動的という点では、マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督の「ペッピーノの百歩」(2000)という映画があった。60年代末期に地元で反マフィア活動をした青年を描いている。しかし、組織内部のことやイタリア現代史に有名な「マフィア裁判」を再現していることでとても貴重だ。映画そのものも見る価値があると思うが、そのテーマや背景事情、屈しない人々の闘いなど重い感慨が残った。ブシェッタはアメリカで2000年に病死したという。
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