尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

大森立嗣監督の傑作「MOTHER マザー」

2020年07月19日 20時58分38秒 | 映画 (新作日本映画)
 金曜日(17日)は夜に浅草演芸ホールに行ったわけだが、じゃあ昼間に一本映画を見てから行こうかと思った。東京メトロ銀座線で浅草に近いTOHOシネマズ日比谷シネマズ上野か日本橋を調べたら、大森立嗣監督、長澤まさみ主演の「MOTHER マザー」が時間が合いそうだった。大森監督は結構見ているけど、出来不出来があるし、長澤まさみの「毒親」も見たいような見たくないような…。でも、これは見逃さなくて良かった。傑作だったのである。

 これは何より、長澤まさみの演技を見る映画だ。とても楽しいとは言えないけれど、目が離せない。「ロボコン」や「セカチュー」の時代から、ここまで来たんだなあ。今年の女優賞の有力候補である。この物語は実話が基になっているというが、僕はこの「祖父母殺害事件」を知らない。大森監督と港岳彦(「宮本から君へ」など)の共同脚本で見事にダメな母親を造形している。

 大森立嗣(たつし)は最近コンスタントに仕事をしている。「さよなら渓谷」(2013)や「日日是好日」(2018)は傑作だと思うが、最新作の「タロウのバカ」(2019)は納得できずに書かなかった。犯罪をテーマにした「ぼっちゃん」(2013)や「」(2017)などに空回りが多いように思う。だから今回も心配しながら見たのだが、母親の「生活力のなさ」、「だらしない生き方」、男や長男への依存的生き方が説得的に描かれている。身近にいれば実にうっとうしい人間だ。
(大森立嗣監督)
 三隅秋子(長澤まさみ)は、冒頭から家族に見放された感じで、好意を寄せる男に金をたかる行き方をしている。「毒親」というレベルではない。「毒親」はとにかく子どもを養育する責任は果たすが、秋子はネグレクトというしかない。現実にも多くの虐待事件が報じられるが、そういうときに僕はよく、子どもの父親、あるいは母の実家、そして福祉制度はどうなっているんだろうと気に掛かる。この映画では全部出てきて、皆が心配しているが、母親が強固な意志で逃げてしまえば無力なのである。ホームレスになって「保護」されるが、秋子は逃げてしまう。

 それは川田遼阿部サダヲの好演)が現れて、腐れ縁的にまとわりつくからである。どうしようもないのに秋子は遼の子どもを身ごもってしまう。長男の周平に加え、妹まで生まれるが、もちろん男には捨てられる。実家はもう何度も援助しては、子どもの養育費にならずにパチンコでその日に使ってしまうので呆れている。妹ばかり親がひいきしてきたというが、妹は姉が勉強しなかっただけだという。生活保護を受けていたが、男をたぶらかしては逃げているうちに切れてしまった。一体、どうすればいいんだろう?これまでは「体」を使って切り抜けてきたが。
(秋子と遼と周平)
 いくら何でも、子どもだけは学校へ行かせろよと思う。周平は福祉職員の高橋亜矢(夏帆)に薦められて、地域のフリースクールに通う。本当は行きたい周平に、何とか行かせないように毒づく母秋子は、確かに「毒親」である。こんな親は果たしているのかと思うかもしれないが、自堕落と自己防衛で生きている人は確かにいる。今まで会わずにいられた人は幸せである。そういう母親像を長澤まさみが全身で演じている。周平に嫌われたらダメで、「それでも母が好き」だという「共依存」を観客に納得させられるか。僕は成功したと思う。
(阿部サダヲ、長澤まさみ、奥平大兼)
 この映画の成功は、脚本や主演だけではなく、周平役の新人、奥平大兼(2003~)の力も大きい。何でも空手をやってるというが、演技経験はゼロらしい。素晴らしい存在感だった。撮影の辻智彦の仕事も印象深い。題材がトンデモだから、近寄りすぎても遠ざかりすぎても、内容に入れない。僕はつかず離れずの演出や撮影が良かったと思った。このケースの場合は、早い段階で母子を引き離すしかなかったと思うが、現実には難しいものもあるだろう。どうすれば良かったのだろうか。ところで、「MOTHER マザー」的な題名は違和感があるなあと思う。
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