尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『キャプテンサンダーボルト』(阿部和重・伊坂幸太郎)が面白すぎる

2022年10月17日 20時55分09秒 | 本 (日本文学)
 阿部和重伊坂幸太郎が共作した『キャプテンサンダーボルト』(新潮文庫)がムチャクチャ面白かった。阿部和重は芥川賞作家だが、長いこと読んでなかった。2020年秋に連続読書したけど、この本を読む前に疲れてしまった。伊坂幸太郎はずっと読んでいたんだけど、『ゴールデンスランバー』(2007)を堪能したところで飽きてしまった。だから10年以上読んでなかったんだけど、最近『マリアビートル』を久しぶりに読んだのは、ハリウッドで映画化というビックリニュースがあったから。そしてまさに手元に『キャプテンサンダーボルト』があったので、この機会に読もうと思ったのである。

 正直共作なんて信用してなかった。面白くないに決まってると思い込んでいた。対談が最後に付いてるけど、それを読むとホントの共作である。一章ごとに書き分けたとか、役割分担したとかではなく、お互いに全編を書き直し合って書かれたらしいのである。企画はもっと前からあったらしいが、文藝春秋から書下ろしで2014年11月に出版され、2017年に文春文庫に入った。それが2020年に新潮文庫NEXとして再刊され、ボーナストラック、特別対談に加えて、さらに書下ろし短編もある、686頁もある大長編。
(阿部和重)
 阿部和重は山形県東根市、伊坂幸太郎は宮城県仙台市の出身で、多くの作品の舞台にもなっているのは、読者なら周知のことである。(だから映画『ブレット・トレイン』も、東北新幹線のままだったら良かったのに。)ということで、東日本大震災の後に書かれた本がパンデミックさなかに再刊され、ウクライナ戦争中に読むことになった。それがことさら意味あることに感じられたが、内容的にはひたすら読み進んでしまうジェットコースター本で、しかも相当揺れるしトンデモ展開の連続である。でも間違いなく面白い。こんな面白い本がそんなに知られてないのは残念。
(伊坂幸太郎)
 ミステリーだと最初に登場人物一覧がある。でも、この本は登場人物紹介がイラスト付き。さらにまず「井ノ原悠」「相葉時之」っていう名前である。それに桃沢瞳なる謎の美女が出て来て、「村上病」を調べている。この冗談みたいな命名はさらに続き、相葉が連れている犬が「ポンセ」って言うのである。井ノ原、相葉は説明不要だと思うけど、ポンセは元横浜大洋ホエールズ所属の外野手である。阪神のバースと同時代で賞に恵まれなかったが、それでもホームラン、打点でリーグ1位になった年がある。(当然ながら2022年にノーヒットノーランを達成した日本ハムの投手ポンセではない。)

 「村上病」は明らかに村上春樹である。対談で阿部和重は「村上春樹は僕らの世代の作家にとって、上空を遮っているUFOのような存在」と述べているぐらい。特に『1Q84』(2009、2010)の直後の作品だけに、「村上春樹に立ち向かう」意識が強い。ちなみに「村上病」というのは、致死率70%の恐怖の細菌感染症で、第二次大戦後の日本で発生した。その後、ワクチンが開発され、ほぼ全国民が接種して現在は収まっているものの、謎の奇病として恐れられている。その病原菌は「蔵王山のお釜」(火口湖)にのみ存在し、お釜周辺は厳重な立ち入り禁止区域になって数十年。
(蔵王の「お釜」)
 井ノ原、相葉は子ども時代に山形県で少年野球チームに入っていた。しかし、それから20年近く、マジメな井ノ原も、いい加減な相葉も、ともに借金数千万円を抱える身。ひょんなことから、謎のテロリストと対決することになるのも、要するにお金が欲しかったからである。この小説では野球が大きな役割を果たしている。時期的に東北人には忘れられないだろう、東北楽天ゴールデンイーグルス田中将大投手が快進撃を続け、ついに24勝0敗の勝率10割で優勝、日本シリーズも制した、あの2013年が舞台になっている。作中にもこの話題はいっぱい出て来る。

 もう一つ、二人には共通点があった。昔テレビでやってた「鳴神(めいじん)戦隊サンダーボルト」の大ファンだったのである。このヒーローものは、かつて映画化されたものの、突然公開中止になってしまった過去がある。蔵王でロケされたということで、地元の二人は大いに期待してたのに…。何でも主演俳優のスキャンダルというんだけど。仙台の映画館主に大ファンがいて、何故かお蔵入り映画のビデオを持ってて…。一方で桃沢瞳は東京大空襲の日に蔵王で墜落したB29がいるという秘話を突き止める。

 「村上病」を調べる彼女の真意はどこに? 謎が謎を呼び、恐るべき銀髪外国人が追ってくる一方、突然相葉が拘束され「村上病患者発生」と報道される。基本、ミステリー的な冒険小説だから、ネタバレ的なことはこれ以上書けない。パンデミックを経て、病原菌やワクチンに詳しくなった我々には、このような「謎の病気」を恐れる社会が判る。「テロ」や「怪しげな組織」も、この小説以後ずっと詳しくなった。全く先見の明的な小説なのである。そして、すべての謎は蔵王のお釜にあった!
(オーストラリアの義賊キャプテンサンダーボルト)
 壮大なエンタメ小説だが、小説内の様々なアイディアが今になって妙にリアルな感じがする。第二次大戦中の秘話が今の世界に続くというのも、大江健三郎、村上春樹の小説世界を受け継ぐ構造である。阿部和重も伊坂幸太郎も、いささかやり過ぎ的な部分が多い作家で、読んでて疲れるときがある。しかし、この共作ではお互いに打ち消し合って、ジョークも効いてて面白い。ちなみに、「サンダーボルト」にはいろいろあるみたいだが、作中にはマイケル・チミノ監督、クリント・イーストウッド主演の『サンダーボルト』(1974)が出て来る。また19世紀オーストラリアの義賊にキャプテン・サーダーボルトと名乗った人物がいるという。検索したらホントにいた人で、上記のような写真が出て来た。とにかく圧倒的に面白かった。
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