最近アニメになって再び注目された『がんばっていきまっしょい』。1998年に公開された実写版映画を久しぶりに見たので、原作も含めて比べてみたい。今日は池袋・新文芸坐で「アルタミラピクチャーズ31周年記念上映」という不思議な企画で、磯村一路(いそむら・いつみち)監督の『がんばっていきまっしょい』が上映された。監督に加えて、田中麗奈他出演女優のトークがあり、原作者(敷村良子)も来ていて豪華な顔ぶれに大満足。きっとすぐ満席になると見込んで、予約が可能になる一週間前午前0時過ぎにすぐ押さえた意味があった。(0時5分頃にすでに3分の1ほど埋まっていた。夕方に見たら、ほぼ満席だった。)
この映画は「部活映画」の最高峰だと思う。愛媛県の進学校に合格したもののやる気が湧かない主人公が、ボート部に入ろうと思う。しかし、ボート部に男子はいるものの女子部員はいなかった。そこで「作れば良い」と開き直って、新人戦までという条件で1年生4人を見つけてくる。最初は体力もなく、ボートも自分たちで運べない。実際に海に出てみれば、全く思うようには動かない。そういう様子を瀬戸内海の美しい景色の中に描き出す。学業の悩み、淡いロマンスなども織り込みながら、ついに新人戦がやって来て…。ボロ負けしたところで終わるはずが、「これでは辞められんね」と皆の闘志に火が付くのだった。
その後ビリを脱出できたのかは、原作、実写映画、アニメ映画で全部展開が違うので、今後見る人のために書かないことにする。この映画が素晴らしいのは、瀬戸内海で実際に10代の俳優がボートを漕いでいるということにある。それは小説でもアニメでも不可能だから、当初のぎこちなさも含めて「青春」という至上の日々が映像に封じ込められている。時間的な問題もあり、進路や恋愛など高校生映画の定番的設定は最少にして、ボートの練習や試合が中心となった印象がある。体力、技量、健康問題など幾つもの困難を抱えながら、ここでは終われないと何とか頑張る。そのひたむきさが年齢を超えて訴えるのである。
この映画は1998年のキネ旬ベストテン3位になった。小さな公開だったので、そこまでの高評価に驚いた。監督もピンク映画出身で一般映画は少なく、出ずっぱりのボート部員も知名度がない。原作も知名度が低く、ボート部経験者も少ないだろう。女子ボート部を起ち上げる「悦ねえ」役の田中麗奈は本格初主演で、まだ無名だった。チョイ役は別にして、主要キャストで知名度があったのは、コーチになる中嶋朋子ぐらいだろう。両親(森山良子、白竜)や校長(大杉漣)他、原作者が養護教諭でカメオ出演。Wikipediaを見ると、男子ボート部員に若き日の森山直太朗とバカリズムがいるんだそうだが、それはちょっと判らなかった。
原作は松山市主催の第4回坊っちゃん文学賞(1995)の受賞作で、この賞から中脇初枝(2回)、瀬尾まいこ(7回)が出た。著者の敷村良子(しきむら・よしこ、1961~)は松山東高校ボート部出身で、自身の体験を基にした青春小説である。(実写版では伊予東高校、アニメでは三津東高校になっている。)2005年にドラマ化(主演鈴木杏)されたときに、原作小説が幻冬舎文庫に収録され、今も生き残っている。それを読むと、映画もいいけど小説はいっぱい書けていいなと思った。ホントのボート部は映画より活躍したのである。題名の「がんばっていきまっしょい」は始業式などで、生徒会長が声を出す掛け声。在校生は「しょい」と復唱する。ただし、ボート部ではそんなに使われず、原作には難しい「垂示(すいし)」というのを唱える。
また原作では「豚神様」という皆が大切にしているマスコットが印象的だが、今日の監督の話によれば映画でも撮影したものの時間の問題で削ったという。残念。一番違うのは、コーチだろう。中嶋朋子のコーチは謎めいていて、道後温泉で偶然出会ったり、石手寺万灯会を教えたりする。原作ではOB夫妻が教えに来てくれるが、1月2日は毎年新年会で代々の部員が集結すると出ている。ところで作者は女子ボート部再興時の5人ではなく、実際は1年後輩の部員だという。なお、原作者は現在新潟県在住とWikipediaに出ている。東高から立教大学法学部を卒業した越智敏夫(新潟国際情報大学学長)という人が配偶者とのこと。
櫻木優平監督の劇場アニメ『がんばっていきまっしょい』は2024年10月25日に公開され、だいぶ上映回数が減ったけれど今も上映されている。これは原作、実写映画と大きく違っていて、時代が現代に変更されている。原作では1976年で、映画もそれに合わせて懐古的に作られているが、アニメでは皆がスマホを使っている。部員個々の設定も大きく違っていて、それはそれで面白いんだけど、原作や元の映画が好きな人には「何だかなあ」という感じも。また他校の部員とのあつれきや交流なども一番出て来る。部員も2年生だし、悦ねえの幼なじみで因縁深い「関野ブー」も変更されている。顧問の「渋じい」も他には出て来ない。
別に同じである必要はなく、時代に応じて変えて行くのは当然だろう。しかし、瀬戸内海でボートの練習を繰り返すというベースはもちろん変わらない。その海の美しさはアニメならでは。事前に物語を知っていて、それを期待する人には満足出来るだろう。だけど、何か足りない気もしてしまうのは、実写版映画が好きだからだろうか。1976年という設定は自分の高校時代に一番近い。(大学2年生だった。)その意味での「あの頃」的な思いは、21世紀のスマホを持つ女子高生には持ちにくいのか。
ところで舞台となる松山東高校とは、旧制松山中学、つまり夏目漱石が赴任し『坊っちゃん』の舞台となった学校である。正岡子規の卒業校でもあり、他にも高浜虚子、河東碧梧桐、中村草田男、石田波郷など俳句の巨人を輩出した学校で、今も地元で開催される俳句甲子園の強豪校である。大江健三郎の出身校で、伊丹十三と知り合った学校でもある。(伊丹はその後松山南高校に転学し、そこを卒業。)伊丹万作(伊丹十三の父)、伊藤大輔、山本薩夫、森一生など、なぜか映画監督の巨匠も多く輩出した。他の分野でも多くの人材を輩出した愛媛県のトップ校で、そもそもは藩校明教館にさかのぼり空襲を逃れて今も校内に建物があるという。
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