尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

雷蔵の『ある殺し屋』に小林幸子が出ていた話ーニッポン・ノワールをめぐって

2025年02月15日 22時05分21秒 |  〃  (旧作日本映画)

 1月に「市川雷蔵映画祭」をやっていた。雷蔵は今も高い人気を誇り、時々特集上映が行われている。市川雷蔵(1931~1969)は60年代末に僅か37歳で亡くなったが、ファンの心に深く記憶されているだろう。歌舞伎界から映画に入り、大映を代表する時代劇スターとなった。同じく大映を支えた大スター、勝新太郎の『座頭市』シリーズが暑苦しい感じなのに対し、雷蔵はクールでニヒルな魅力が際立っている。「ニヒル」(虚無的)なんて言葉は最近聞かないけど、雷蔵にふさわしい。

 僕は昔から好きで、特に三隅研次監督の『斬る』などの映像美にしびれてきた。代表作『眠狂四郎シリーズ』は何しろ主人公が転びバテレンの子どもという設定(原作柴田錬三郎)で、ニヒリズムが全編を覆っている。ということで何本か見ようと思ったんだけど、まだ見てなかった歌舞伎原作の映画(『お嬢吉三』『弁天小僧』など)の他は、現代もの『ある殺し屋』(森一生監督)しか、見なかった。結局見てる映画を再見するのも時間的、金銭的についおっくうになってしまうのである。

 雷蔵は時代劇スターの印象が強いが、現代劇にも幾つか出ていて、洋服姿も決まっている。市川崑監督『炎上』(三島由紀夫『金閣寺』の映画化)や同じく三島原作の『』(三隅研次監督)など「文芸映画」にも良く出ている。(市川崑『破戒』や増村保造『華岡青洲の妻』も文芸映画の傑作。)一方エンタメ系現代劇としては、『陸軍中野学校』シリーズと『ある殺し屋』シリーズがある。どちらも現代を生きる眠狂四郎みたいなニヒルな主人公の非情な言動が心にグサッと刺さり、エンタメを越えている。

(雷蔵の「眠狂四郎シリーズ」)

 『ある殺し屋』シリーズと言っても、『ある殺し屋』『ある殺し屋の鍵』(どちらも1967年、森一生監督)しかないけれど、「ニッポン・ノワール」映画史上に輝く屈指の傑作である。今回久しぶりに見直したところ、成田三樹夫野川由美子の存在感が案外大きく、コミカルな描写もあって意外だった。記憶では完全に「非情な主人公」だけ描いていたように思い込んでいた。藤原審爾原作がそうなってるのかもしれない。それでも宮川一夫の撮影がいつものように見事で飽きさせない。傑作「ノワール映画」になっている。しかし、今回記事を書いているのは、この映画に小林幸子が出ていることを「発見」したからである。

(成田三樹夫、野川由美子と)

 前に見た時は全然気付かなかったが、この時は最初に出てくるクレジットに「小林幸子」をあるのを見つけた。年齢的にあの演歌歌手じゃなくて、同姓同名だろうなあと思った。しかしある場面で歌手の小林幸子っぽい出演者を見た気がした。ホントに本人? 調べてみると、小林幸子は1953年生まれである。映画は1967年公開なんだから、それでは14歳ではないか。しかし、Wikipediaには小林幸子出演と出ていたのである。役柄は雷蔵がやってる小料理屋の店員である。裏の仕事が「凄腕の殺し屋」である雷蔵の表の顔は料理屋の主人である。実際に魚をおろしているシーンがあって貴重。

(小林幸子と野川由美子)

 野川由美子が無銭飲食しているところを雷蔵が助け、懐いて付いて来てしまう。店員は私がやるからあんたは首と勝手に言い渡し、野川由美子は店に居付いてしまう。その時に追い出されるだけのチョイ役が小林幸子だった。Wikipediaを見ると、1964年に古賀政男事務所からデビューして、66年から68年までは日本テレビの『九ちゃん!』というヴァラエティ番組のレギュラーだった。『座頭市二段斬り』(1965)、『酔いどれ博士』(1966)という2本の勝新映画にも出ていた。

 そして3本目が『ある殺し屋』で、その次の『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(1994)まで映画出演はない。小林幸子と言えば、1979年から2011年まで続いた紅白歌合戦連続出場における超豪華衣装ばかり思い出されるが、そんな子役時代があったわけである。60年代末期は高校進学率がようやく7割を越えた頃で、中卒で働いている店員はいっぱいいただろう。もっとも14歳では若すぎるが、まあそういう役どころではないかと思う。とても小さな役で今まで気付かなかったのも仕方ない。

 ところで「ノワール映画」というのは、本来アメリカのB級犯罪映画をフランスの批評家(監督デビュー前のトリュフォーなど)が名付けた映画史的背景がある。あまり定義を広げるのもどうかと思うが、世界的に「ノワール」(フランス語で黒)としか呼べないようなジャンル映画があるのは間違いない。ギャングやヤクザが出て来る映画は無数にあるが、『ゴッドファーザー』や『仁義なき戦い』は「ノワール」ではない。組織を描くことが主眼だからである。

 「ノワール」は「個人」に即して、その「犯罪」を非情に見つめるハードボイルド精神が真骨頂である。「ニッポン・ノワール」をあえて選ぶなら、『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(野村孝監督)がベストじゃないかと思う。村川透監督、松田優作主演の『遊戯シリーズ』、そして『ある殺し屋』などが続く。喜劇で知られる瀬川昌治監督の東映映画『密告(たれこみ)』という知られざる名品もある。日活アクションや東宝アクションなどにも「ノワール」色が濃い映画が何本もある。(鈴木清順監督の『東京流れ者』や『殺しの烙印』は「ノワール映画のパロディ」的な映画で、「ノワール映画」そのものとは違う気がするが。)


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