尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ジャン=ポール・ベルモンドを悼む

2021年09月07日 22時15分30秒 | 追悼
 フランスの俳優、ジャン=ポール・ベルモンド(Jean-Paul Belmondo)が9月6日に亡くなった。朝スマホのニュースを見たときには出てなくて、新聞を見て初めて知った。ジェーン・バーキンが倒れたというニュースが出てるのに、どうしてこの重大な訃報が出てないんだろう。2001年に脳梗塞で倒れて以来、ほとんど動向が伝わらなかったから、あれほどの世界的大スターが知られなくなってしまったのか。近年では2011年にカンヌ映画祭で名誉賞を受けたほか、2016年に出川哲朗と対面したといった画像が出て来るぐらいだ。

 ベルモンドは若い時は舞台俳優を目指していて、その後も時々舞台になっていたらしいが、日本では見られないから全然知らない。50年代末にフランスの若き映画監督に見出され、ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)を象徴する映画俳優となった。特にジャン=リュック・ゴダール監督の「勝手にしやがれ」(日本で付けた名訳)。ベルモンドの衝動的な性格設定が非常に新鮮で生々しく魅力的だった。
(「勝手にしやがれ」、左=ジーン・セバーグ)
 ベルモンドはフランスではまず大アクションスターとして認知されていると思う。同時代に活躍したアラン・ドロンが今でも日本で「美男子」の代名詞になっているが、フランスではベルモンドの人気の方が高かったと言われる。庶民風貌風貌で、コメディもアクションも出来るからだろう。その頃の60年代、70年代の娯楽映画群は当時公開されたまま忘れられていたが、2020年、21年に不思議にも日本でリバイバル上映されヒットした。

 体を張ったアクションの凄みは今見ても凄い。僕らはつい「ジャッキー・チェンみたい」などと思ってしまうが、ベルモンドが千葉真一を通してジャッキー・チェンにつながるという流れがあると思う。もっとも世界的に大ヒットした「リオの男」などは今見るとストーリー的にちょっと厳しいなと思ったが、刑事を演じた「恐怖に襲われた街」の壮絶なアクションは見どころがあった。アメリカのグラマー女優ラクエル・ウェルチと共演した「ムッシュとマドモアゼル」ではスタントマン役で、何でも自分でやっている。
(「恐怖に襲われた街」)
 ゴダールとはその後「女は女である」に出たが、「気狂いピエロ」(1965)で訣別した。ゴダールはどんどん革命化していき、ベルモンドはアクション大スターになっていくから当然とも言えるが、根本には演技観の違いがあったと思う。政治問題というよりも、ゴダールのシナリオを使わない即興的な演出がやりにくいということだろう。ゴダールの方も商業的スターは使わないようになっていく。それでも「気狂いピエロ」は僕の大好きな映画だし、ゴダールの最高傑作だと思う。衝動的な主人公を魅力的に演じきれるのはベルモンドしかいなかった。
(「気狂いピエロ」)
 ベルモンドはゴダール以外にも有名な監督と組んでいる。トリュフォーの「暗くなるまでこの恋を」でカトリーヌ・ドヌーヴと共演した。マダガスカル沖の仏領レユニオン島の煙草王を演じ、写真花嫁でドヌーヴがやってくる。これがまた悪女で主人公は振り回されるが、作中で「君は美しすぎる」と嘆息している。アラン・レネ薔薇のスタビスキー」では30年代の大疑獄事件の中心人物スタビスキーを貫禄で演じた。この作品では製作も兼ねている。しかし、何といっても一番はジャン=ピエール・メルヴィル監督の「いぬ」じゃないか。
(「いぬ」)
 僕はアラン・ドロンもメルヴィルの「サムライ」が最高だと思うのだが、スタイリッシュな映像で語られるギャングたちの疑心暗鬼、その中の孤独の描写が素晴らしいのである。「いぬ」ではベルモンドが密告者を疑われるギャングをやっている。筋がこんがらがって判りにくいが、こういうクールな役どころがカッコいい。イタリアのマルチェロ・マストロヤンニ、日本の勝新太郎菅原文太などに少し似ているが、他のどこの国にもいなかった独自の魅力がある。

 60年代には映画だけでなく、文学、思想、ファッションなどフランスの存在感は今とは比べものにならないほど高かった。ベルモンドやアラン・ドロンなどが日本でも大衆的人気があったのも、そういう時代性があったと思う。「フランス」に輝きがあって、「フランス映画」だったら見るという層があった。そういう「フランス趣味」を壊したのがヌーヴェルヴァーグだが、それでも「新しいフランス映画」として見られた。俳優もジャン・マレーやジェラール・フィリップなどを継ぐ新しいスターが求められた。ベルモンドはそんな時代を代表するフランス出身の世界的スターだった。一時代の終わりを感じる。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 木村敏、富山妙子、入江一子... | トップ | 歴史家色川大吉氏の逝去を悼む »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

追悼」カテゴリの最新記事