尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

上野鈴本演芸場4月中席ー小朝、小満ん、文蔵を聴く

2023年04月18日 22時31分15秒 | 落語(講談・浪曲)
 三軒茶屋や下北沢は遠いからお芝居を見なくなり、代わりに30分で行ける浅草上野の寄席に行きたいと思うようになってきた。最近落語協会ばかり行ってるから、国立演芸場で落語芸術協会の小遊三を聴こうかとも思った。だけど、久しぶりに上野の鈴本演芸場に行くことにした。トリは春風亭小朝だが、小朝のブログに時々早く行って仲入り前の「柳家小満ん」を聴いてると書いてあって、何だか聴きたくなってきたのである。コロナ後に鈴本へ行くのは初めて。12時半開始で、16時には終わってしまう。

 浅草演芸ホールでは前座が11時40分頃から始まり、トリが終わるのは16時40分頃になる。鈴本はずいぶん短くしたのである。楽とは言える(椅子も浅草より大分楽)。でも一人の持ち時間が少なくなって、色物などすごく短い。漫才のロケット団や音楽ののだゆきなど、お気に入りでいつも満足してる人が今日は短くて満足出来なかった。最近大活躍の蝶花楼桃花も「味噌豆」をさっさと話して終わってしまった。何事も善し悪しだなあと思う。

 寄席ではどうしてもところどころで寝てしまうが、今日は割と好みのいなせ家半七でウトウトしたのは不覚だった。お目当ての柳家小満んは、最初は昭和の大名人桂文楽に入門したが亡くなったため、柳家小さん門下に移籍して1975年に真打昇進。1942年生まれだから、もう81歳という大ベテランである。小朝によれば「百人に一人がわかればいいという師匠ならではのクスグリと、千人に一人が感じとってくれたらいいというワードセンス」だそうである。今日は「夢の酒」という演目で、若旦那と大旦那が同じ夢の中に入る不思議な噺。淡々と演じながらも、不思議な味わいがあった。
(柳家小満ん)
 最近よく聴くことが多い柳家さん喬だが、今日は「そば清」という不思議な噺。蕎麦の大食いで賭けをする男の不思議な結末をさらっと演じて終わってしまう。春風亭一之輔は休演で、代演は橘家文蔵だった。この人はなかなかいかつい体格をしているが、滑稽な泥棒を演じる「置泥」。泥棒に入った家に逆にお金を置いてきてしまう。今日一番聴き応えがあったかも。
(橘家文蔵)
 定席にはトリの落語家の弟子たちがいっぱい出て来る。師匠の柳朝死後に移籍した人(春風亭勢朝、いなせ家半七)を除き、小朝の一番弟子は橘家圓太郎という人で、小朝より6歳下の60歳である。Wikipediaには、東京マラソンを完走してそのまま鈴本演芸場に直行したことがあると出ていた。演目は「桃太郎」で、子どもを寝つけようと父親が桃太郎を話すと、理屈っぽい子どもが反論する。これも面白く聞けた。二番弟子の五明楼玉の輔は、ライオンの皮を被って見世物になる「動物園」。これは何度も聴いてると面白さが減る噺だなあ。
(橘家圓太郎)
 トリの春風亭小朝は「忠臣蔵」で、誰でも知ってる噺をうんちくを交えながら語る。と、吉良上野介が案外悪者じゃなく思えてくるという趣向。吉良は麻生太郎だとかくすぐりを入れながら語っていく。まあ、面白いけど、知ってるわけだしなあ。寄席へ行ったら一応記録と備忘のために書いておく次第。そろそろ寄席よりホール落語へ行くべきだなあ。先月の「桃組」が面白すぎたので、今日はそこまでの満足がなかった。でも、まあ出来るだけ月に一回は落語へ行きたい。
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