最近コロンビアの作家、ガブリエル・ガルシア=マルケス(1928~2014)の短編を読んでいる。それが終わったら読んでない長編にチャレンジ予定。本格的に読むのは40年ぶりぐらいか。もちろん6月下旬に『百年の孤独』がついに新潮文庫で刊行されるのがきっかけである。あれはものすごく面白い小説だった。わが人生のベスト3と言ってもいい。(他の2つはスタンダール『赤と黒』とドストエフスキー『悪霊』かな。)『百年の孤独』は1999年に同じ訳者(鼓直)で新訳が出た。前に読んだ時期は正確に覚えていて、1982年の6月だった。出た時に新訳も読みたいと思ったけど、買い直さなかった。
いま小説のほぼすべて(近年発見されたものを除き)は新潮社の「ガルシア=マルケス全小説」に収録されている。刊行されたのは21世紀になってからで、『コレラの時代の愛』『わが悲しき娼婦たちの思い出 』はその時に初めて訳されたと記憶する。没後10年経って、生前の小説革命者の名声も落ち着いてきたかもしれない。80年代は文学愛好者にはラテンアメリカ・ブームの時代で、ラテンアメリカ作家だけの全集まで出たぐらいだ。僕もずいぶん買ったし、ずいぶん読んだけど、長大な小説が多く手つかずになっているものも多い。体力的にもそろそろ読まないといけないだろう。
最初に読むのは河出文庫の『ガルシア=マルケス中短編傑作選』だ。野谷文昭氏編訳で、ガルシア=マルケスも複数の翻訳が出る時代になったのか。(そもそも作家の名前も、昔はただの「マルケス」と呼ばれたが、いつの間にか「ガルシア=マルケス」になっている。)つい最近出た本みたいに思ってたけど、2022年7月刊行だから2年も経っていた。今までの短編集から選ばれた10編が収録されている。「解題」で各作品が詳細に解読されていて、非常に役だった。300頁ちょっとの文庫が1200円もするのは高いなあという気がするけど、各文庫にあった短編集も入手しにくいようだから、まずはこれを読むべきだ。
(中短編傑作選)
前に読んでいる「大佐に手紙は来ない」を読み直すと、昔は「マジック・リアリズムという言葉に影響されて読んでいた気がする。大佐に手紙が来ないのを、何だか「ゴドーを待ちながら」みたいに不条理な設定と思ったわけである。そういう読み方も可能だとは思うけど、これはコロンビアの過酷な政争をリアリズムで描いた作品なのではないか。執筆当時のガルシア=マルケスは、コロンビアの新聞の特派員としてヨーロッパにいたが、新聞が発行禁止となって給料が送られてこなくなったという。コロンビアを検索すると、19世紀末から保守派と自由派の血で血を洗う政争が続いたことが判る。厳しい政治的環境が背景の作品なのである。
「巨大な翼をもつひどく年老いた男」「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」などは、映画化もされた名作中の名作。『エレンディラ』の題名でかつてサンリオ文庫(というのがあったのである)から出て、その後ちくま文庫に入ったが、今は品切れのようだ。驚くべき物語性を備えた作品群だが、これもマジック・リアリズムというより、「アラビアンナイト」みたいな奇想の幻想譚というべきかと思う。確かに面白くて、初めて読むと度肝を抜かれるんじゃないかと思う。
(『青い犬の目』)
この傑作選に一つも選ばれていないのが、『青い犬の目』(1962)で、日本では1990年に井上義一訳で福武書店から刊行された。(その後福武文庫になったが、この文庫も今じゃ知らないだろう。)時期的には初期作品で、50年代に発表されたもの。はっきり言ってあまり成功していないと思った。初期には幻想的というより「思弁的」な作品が多いなと思う。まあ「若書き」である。そして「死に取り憑かれた作品」がかなりある。若いから元気だというものじゃない。小説を書くタイプの人は、どうしようもない暗さを抱えていることが多い。それでもいいんだけど、まだ「小説の楽しみ」が少ないのである。
(『十二の遍歴の物語』)
今回一番面白かったのは、すべてヨーロッパを舞台にした短編集『十二の遍歴の物語』(1992、日本では旦敬介訳で1994年に新潮社から刊行。)『中短編傑作選』には「聖女」「光は水に似る」(単行本では「光は水のよう」)が選ばれていて、確かにそれは面白く興味深い。だが、僕の感想で言えば他にもっとすごい作品が単行本にいっぱいあった。まず冒頭の「大統領閣下、よいお旅を」は一番長いが、非常に面白い。ただ一編のジュネーヴが舞台の作品で、失脚したコロンビア(?)大統領がスイスに病気治療にやってくる。その病院の救急車運転手がかつての支持者で、何くれとなく面倒を見るようになる。妻はそんな政治家は祖国から財産を持ち出しているとにらむが…。国を追われた人々の悲しみが伝わってくる作品。
次の「聖女」は幼くして亡くなった娘の遺体が腐らないのを「奇跡」と考え、ローマ教皇に聖人認定を求めてローマに何十年も滞在する男の話。驚くべき奇譚である。しかし、それ以上にすごいのが「「電話をかけに来ただけなの」」で、ホラー小説として屈指の作品だと思う。レンタカーが故障して、電話をするためにヒッチハイクしようとしたら、精神病院に収容者を連れて行くバスが止まってくれて。だけど、病院では電話を貸してくれないのである。もちろん患者だと思いこんでしまったのだ。夫は待ち続け、探し続けるが…。今まで読んだ中でももっとも怖い話の一つ。
全部書いても仕方ないけど、「悦楽のマリア」「毒を盛られた十七人のイギリス人」「雪に落ちたお前の血の跡」などなど、不思議で怖い話が詰まっている。場所はイタリアやスペイン、フランスなどで、いずれも50年代が多い。ガルシア=マルケスは1955年にローマに行ったが、その後もヨーロッパ各地に住んでジャーナリストとして活動した。コロンビアを追われたわけではないが、その後もキューバやメキシコに長く住んでいる。幼い頃のコロンビアの村や町が作品の基盤になっているけど、本人は他国に住むことが多かった。そういう経験から生まれた短編集で、素晴らしい物語に酔いしれること請け合いである。
いま小説のほぼすべて(近年発見されたものを除き)は新潮社の「ガルシア=マルケス全小説」に収録されている。刊行されたのは21世紀になってからで、『コレラの時代の愛』『わが悲しき娼婦たちの思い出 』はその時に初めて訳されたと記憶する。没後10年経って、生前の小説革命者の名声も落ち着いてきたかもしれない。80年代は文学愛好者にはラテンアメリカ・ブームの時代で、ラテンアメリカ作家だけの全集まで出たぐらいだ。僕もずいぶん買ったし、ずいぶん読んだけど、長大な小説が多く手つかずになっているものも多い。体力的にもそろそろ読まないといけないだろう。
最初に読むのは河出文庫の『ガルシア=マルケス中短編傑作選』だ。野谷文昭氏編訳で、ガルシア=マルケスも複数の翻訳が出る時代になったのか。(そもそも作家の名前も、昔はただの「マルケス」と呼ばれたが、いつの間にか「ガルシア=マルケス」になっている。)つい最近出た本みたいに思ってたけど、2022年7月刊行だから2年も経っていた。今までの短編集から選ばれた10編が収録されている。「解題」で各作品が詳細に解読されていて、非常に役だった。300頁ちょっとの文庫が1200円もするのは高いなあという気がするけど、各文庫にあった短編集も入手しにくいようだから、まずはこれを読むべきだ。
(中短編傑作選)
前に読んでいる「大佐に手紙は来ない」を読み直すと、昔は「マジック・リアリズムという言葉に影響されて読んでいた気がする。大佐に手紙が来ないのを、何だか「ゴドーを待ちながら」みたいに不条理な設定と思ったわけである。そういう読み方も可能だとは思うけど、これはコロンビアの過酷な政争をリアリズムで描いた作品なのではないか。執筆当時のガルシア=マルケスは、コロンビアの新聞の特派員としてヨーロッパにいたが、新聞が発行禁止となって給料が送られてこなくなったという。コロンビアを検索すると、19世紀末から保守派と自由派の血で血を洗う政争が続いたことが判る。厳しい政治的環境が背景の作品なのである。
「巨大な翼をもつひどく年老いた男」「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」などは、映画化もされた名作中の名作。『エレンディラ』の題名でかつてサンリオ文庫(というのがあったのである)から出て、その後ちくま文庫に入ったが、今は品切れのようだ。驚くべき物語性を備えた作品群だが、これもマジック・リアリズムというより、「アラビアンナイト」みたいな奇想の幻想譚というべきかと思う。確かに面白くて、初めて読むと度肝を抜かれるんじゃないかと思う。
(『青い犬の目』)
この傑作選に一つも選ばれていないのが、『青い犬の目』(1962)で、日本では1990年に井上義一訳で福武書店から刊行された。(その後福武文庫になったが、この文庫も今じゃ知らないだろう。)時期的には初期作品で、50年代に発表されたもの。はっきり言ってあまり成功していないと思った。初期には幻想的というより「思弁的」な作品が多いなと思う。まあ「若書き」である。そして「死に取り憑かれた作品」がかなりある。若いから元気だというものじゃない。小説を書くタイプの人は、どうしようもない暗さを抱えていることが多い。それでもいいんだけど、まだ「小説の楽しみ」が少ないのである。
(『十二の遍歴の物語』)
今回一番面白かったのは、すべてヨーロッパを舞台にした短編集『十二の遍歴の物語』(1992、日本では旦敬介訳で1994年に新潮社から刊行。)『中短編傑作選』には「聖女」「光は水に似る」(単行本では「光は水のよう」)が選ばれていて、確かにそれは面白く興味深い。だが、僕の感想で言えば他にもっとすごい作品が単行本にいっぱいあった。まず冒頭の「大統領閣下、よいお旅を」は一番長いが、非常に面白い。ただ一編のジュネーヴが舞台の作品で、失脚したコロンビア(?)大統領がスイスに病気治療にやってくる。その病院の救急車運転手がかつての支持者で、何くれとなく面倒を見るようになる。妻はそんな政治家は祖国から財産を持ち出しているとにらむが…。国を追われた人々の悲しみが伝わってくる作品。
次の「聖女」は幼くして亡くなった娘の遺体が腐らないのを「奇跡」と考え、ローマ教皇に聖人認定を求めてローマに何十年も滞在する男の話。驚くべき奇譚である。しかし、それ以上にすごいのが「「電話をかけに来ただけなの」」で、ホラー小説として屈指の作品だと思う。レンタカーが故障して、電話をするためにヒッチハイクしようとしたら、精神病院に収容者を連れて行くバスが止まってくれて。だけど、病院では電話を貸してくれないのである。もちろん患者だと思いこんでしまったのだ。夫は待ち続け、探し続けるが…。今まで読んだ中でももっとも怖い話の一つ。
全部書いても仕方ないけど、「悦楽のマリア」「毒を盛られた十七人のイギリス人」「雪に落ちたお前の血の跡」などなど、不思議で怖い話が詰まっている。場所はイタリアやスペイン、フランスなどで、いずれも50年代が多い。ガルシア=マルケスは1955年にローマに行ったが、その後もヨーロッパ各地に住んでジャーナリストとして活動した。コロンビアを追われたわけではないが、その後もキューバやメキシコに長く住んでいる。幼い頃のコロンビアの村や町が作品の基盤になっているけど、本人は他国に住むことが多かった。そういう経験から生まれた短編集で、素晴らしい物語に酔いしれること請け合いである。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます