尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『アノーラ』、カンヌ、オスカー同時受賞の傑作

2025年03月04日 22時20分04秒 |  〃  (新作外国映画)

 『ANORA アノーラ』を3日に見た。ちょうど米アカデミー賞の発表があり、この映画が作品賞を初め、監督賞主演女優賞など5部門で受賞した。ノミネートは6部門だったから、効率よく主要な賞を取った。ショーン・ベイカー監督は製作、脚本、編集も自分で兼ねていたので、一人で4部門獲得である。さらに、2024年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを得たので、昨年度最高の評価を受けた映画と言える。(カンヌ最高賞とアカデミー作品賞を同時に受けたのは、1955年の『マーティ』という映画と2019年の『パラサイト 半地下の家族』に次ぐ3回目。『タクシー・ドライバー』『地獄の黙示録』はノミネート止まりだった。)

 僕も作品賞はこれだろうなと予想していた。最近の受賞傾向からすると、この前見た『ブルータリスト』は少し難解だったかなと思ったのである。『アノーラ』(『ANORA アノーラ』というのが正式な公開題名だが、何でそんな面倒なことするのか疑問)も監督が自ら脚本、編集までしている「作家の映画」ではある。だけどひたすら快調に進むジェットコースター映画で、その意味では『パラサイト』に似ている。違っているのは、この映画がセックスシーン満載の「問題作」で、アカデミー作品賞史上かつてなく「過激」なことである。もっとも見れば判るが、この映画は性的な映画ではない。それでも子どもには見せられないだろう。

(主演女優賞のマイキー・マディソン)

 タイトルロールを熱演したマイキー・マディソンは、本命視されていなかったが主演女優賞を獲得した。作品レベルの評価が後押ししたんだろう。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でマンソンファミリーの一員をやっていたというけど、そんなの覚えている人はいないだろう。セックスシーンがいっぱいだが、それ以上に後半が肉体的にも精神的にも応える展開だったと思う。よく演じきって、見る者とともに闘う名演をしたと思う。しかし、二度とめぐってこない大役かもしれない。

(アノーラとイヴァン)

 ニューヨークに住むアノーラ(自称アニー)は「ストリップダンサー」と書かれているが、踊り子とは言えない。ホントはもっと過激な「おさわりバー」みたいなとこで、さらに「特別ルーム」も用意されている。要するに事実上「売春」が「黙認」というか「公認」された場所である。そこにある日若きロシア人グループが現れ、アノーラは特別に呼ばれてイヴァン(マーク・エイデルシュタイン)に付くことになった。祖母がロシア語しか話せなくて、少しロシア語を解するのである。何か金持ちらしく「サービス」に努めるが、その結果好感をもたれたらしく、外で会えるなら今度新年カウントダウンのパーティに来ないかと誘われる。

 どんな家かも知らず訪れてみると、それが大豪邸でビックリ。何でこんな家に住んでるのと聞くと、親がロシアの大富豪だという。アノーラは気に入られて、帰国までの一週間1万5千ドルで「契約彼女」になることになった。イヴァンは21歳で、アニーは23歳だというがホントのところは判らない。家に帰って働かされるのが嫌などら息子で、彼女がせっかく「奉仕」している最中にも大画面テレビでゲームしているガキである。だけど妙にウマが合い、皆でラスヴェガスに繰り込むことになった。そして、乱痴気騒ぎの果てに還りたくないイヴァンは、結婚してアメリカ在留資格を得れば良いと思って(?)、結婚しちゃうことになった!

(イヴァン捜索隊とともに)

 その「合法的結婚」が写真に撮られて噂になったて、ロシアの両親に命じられた「捜索隊」がやって来る。イヴァンは逃げてしまうが、アノーラは捕まってしまう。そしてイヴァン探しにニューヨーク中を探し回る一方、両親がプライベートジェットで飛んでくる。母親が大迫力で、何とかこの「愚息の愚挙」をなかったことにしたいのだが…。アノーラは精一杯闘って、これは愛による結婚だから夫の財産の半分くれなきゃ離婚しないと抵抗するけど…。捜索隊3人が興味深く、アルメニア人を使っているらしい。一番嫌われるが内心動揺しているイゴール役のユーリー・ボリソフ(『コンパートメント№6』)がアカデミー賞助演男優賞ノミネート。

(オスカー4つ受賞のショーン・ベイカー)

 とにかく事態があれよあれよと進むので、面白くて画面から目が離せない。そして前半の「セックス映画」の趣が変わって、後半は「女性と権力」をめぐる映画となる。セックスワーカーとして(多分)貧困な境遇だったアノーラは、一世一代の大当たりの男を捕まえたはずだったけど…。結局男はヘタレだったらしい。ショーン・ベイカー監督(1971~)は『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)を書いたことがある。それはなかなか良かったけれど、次作『レッド・ロケット』は見てない。突然カンヌ映画祭パルムドールで驚かせ、大化けした感がある。『アノーラ』はとにかく面白い快作で、出来映えが素晴らしい。

 ところで、これはいつ頃の話なんだろうか。当然ながらイヴァンの父はプーチン政権を支えるオリガルヒ(新興財閥)だろう。ウクライナ侵攻以後は在米資産は凍結されたんじゃないか。誰もマスクをしてないから、コロナ以前の2010年代なのか。まあ、あまり時代背景を検討する意味はない映画かもしれないが。今でもロシアを「ソ連」と呼んで「社会主義」だとか思い込んでる人が時々いるが、実際のロシアは「財閥支配」の「強欲資本主義」社会だということがよく理解出来る。


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