尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『ラーゲリより愛を込めて』、シベリア抑留を描く感動編

2023年02月04日 23時03分30秒 | 映画 (新作日本映画)
 瀬々敬久監督、二宮和也主演の『ラーゲリより愛を込めて』を見た。公開2ヶ月近く経つが、今も興収ランキングベスト10に入っている。見れば判るけど、これは日本の戦争映画の中でも感涙度ベスト級の出来で、口コミで評判が伝わるんだろう。僕はこの映画は、監督や俳優ではなくテーマで見逃したくなかった。題名の「ラーゲリ」とはシベリアの収容所のことで、第二次大戦後に60万近い日本人「捕虜」がソ連によって抑留された出来事(「シベリア抑留」)を描いている。

 この映画の原作は辺見じゅん収容所(ラーゲリ)からきた遺書』(1989)で、発表当時大きな評判となった。大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞を同時に受賞している。辺見じゅん(1939~2011)は、もう覚えてない人が多いかもしれないが、国文学者、歌人にして角川書店創業者として知られる角川源義(かどかわ・げんよし)の長女である。つまり、角川春樹角川歴彦の同母姉になる。映画になった『男たちの大和』の原作者でもある。

 冒頭は敗戦直前の「満州国」北部、ハルビン。そこで結婚式が行われ、山本幡男(やまもと・はたお)、もじみ夫妻も子どもたちとともに出席している。配役はそれぞれ二宮和也北川景子。直後にソ連軍による空襲があり幡男は妻子と別れることになるが、自分は絶対に日本に帰ると「約束」した。その後の経緯は描かれないが、次にはシベリアに送られる列車の中である。幡男はそこで「愛しのクレメンタイン」(Oh My Darling Clementine)を口ずさんでいる。「雪山讃歌」の曲となり、またジョン・フォード監督『荒野の決闘』のテーマ曲となったアメリカの民謡だ。この曲が映画では何度も繰り返される。
(ラーゲリのセット)
 その列車の中で様々なタイプの軍人が点描される。「臆病者」を自覚する松田(松坂桃李)や軍人であることに固執する相沢(桐谷健太)である。ロシア語ができて通訳を引き受ける幡男だが、そのことで誤解もされる。所内では旧軍の上官の横暴が続く一方、ソ連軍の強制労働のため、極寒のシベリアで死者が多数に上る。ともすれば自暴自棄になる人が多い中、幡男はあくまでも「希望」を持つことを説き、「帰国」(ダモイ)の時は必ず来ると語るのだった。そして実際にダモイの列車がやって来るが、最後の最後で何人かは留められて戦犯裁判に掛けられた。

 それでも屈することなく、山本幡男は所内で野球や俳句を広めて、皆の心をまとめていく。何度もソ連兵によって営倉に入れられるが屈しないのは、ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』を思わせるぐらいである。日本軍による中国戦線の残虐行為、収容所内の「民主化闘争」の問題など、過不足なく描いていくが、映画の眼目は所内で人間性を失わないで生き抜く山本幡男の勇気と誠実を描くことにある。しかし、そんな彼を病魔が襲った。病院での診察を求めて、松田は一人で作業を拒否して「ストライキ」を始める。やがてそれが皆に広がり、ソ連軍もついに彼を病院に送るのだが…。
(野球に興じる)
 その後、死期を悟った山本幡男は渾身の力を振り絞り、「遺書」を残す。二宮和也の鬼気迫る演技が胸を打つ名場面だ。しかし、収容所内では日本語の文書はスパイ行為とみなされ、見つかれば没収される。それを防ぐために遺書を分割して、4人で記憶して日本へ伝えることを考えたのである。(実際は6人で運んだ。)その間に妻もじみの様子が点描される。子どもたち4人を連れ何とか帰国でき、生活に苦労しながらも夫の「約束」を信じて生き抜いてきたのである。
(実在の山本夫妻)
 そして最後の帰国船が着く直前に、幡男の死去を知るのである。その後、4人が折々に山本家を訪れ「遺書」を伝えていく。これは実話であり、見る者に深い感動を与えるシーンだ。様々な戦争映画が日本で作られたが、感涙度では有数ではないか。ただ原作ではもっとたくさんのエピソードが語られていたと思う。(読んでるけど、細部は忘れた。)ウィキペディアに「山本幡男」の項目があり、「アムール句会」を開いたり演芸大会を企画したり、映画以上に文化活動に活躍したようである。この「遺書」は人間は最後は「まごころ」だと子どもたちに伝える。

 シベリア抑留に関する複雑な事情を語り始めると長くなりすぎるから省略する。この映画も原作をさらに切り詰めていて、そこから来る「わかりやすさ」とともに、何だか「簡潔すぎる」感じも抜けない。2021年に撮影されたが、もちろん国内ロケが中心。よくよく見れば、ここはシベリアかという風景である。それは目をつぶるとしても、山本幡男を中心に「人間の善なる部分」を描くことの限界性もある。だけど若い世代に伝えていくためには、ここからのスタートで良いのだろう。シベリア抑留の体験記や一般的解説書は多数あるが、最近は入手しにくいと思う。最初から石原吉郎の詩や香月泰男の絵の世界じゃ伝わらないだろう。
(クロ)
 なお、犬のクロが出て来て、帰国船を追ってくるシーンがある。これが実話だというので驚いた。この犬の名演が見事で、最優秀名犬賞をあげたい。シベリア抑留の死者はまだ全員が判明しているとは考えられない。故・村山常雄氏がロシア語の名簿を大苦労してまとめた「シベリア抑留死者名簿」のサイトがある。それを見ると、山本幡男もあるし、尾形眞一郎(伯父、父の兄)の名も掲載されている。ついでに書くと、映画にも出て来る長男、山本顕一氏はフランス文学者で、立教大学名誉教授だった。自分の在学時代に教授だったわけだが全く知らなかった。(辺見著が出るまで誰も知らないんだから当然だが。)まだお元気で、ニューズウィーク日本語版に、『二宮和也『ラーゲリより愛を込めて』の主人公・山本幡男氏の長男が語る、映画に描かれなかった家族史』があるのを見つけた。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 母の病状についてー追補Ver.4 | トップ | 映画『イニシェリン島の精霊... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

映画 (新作日本映画)」カテゴリの最新記事