尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

米澤穂信『可燃物』、真相を見抜く主人公に驚く

2023年12月30日 20時39分05秒 | 〃 (ミステリー)
 年末恒例のミステリーベストテンが発表され、『このミステリーがすごい!』『週刊文春』『ミステリが読みたい』で米澤穂信可燃物』が1位となった。今本屋に行くと、カバーが掛かったこの本が何冊も置いてある。最初は文庫まで待てば良いと思っていたけど、なんか急に読みたくなって単行本を買ってしまった。買っちゃうと、すぐに読み始めるしかない。これが大当たりで、最近こんなに感心したミステリーはない。もちろん素晴らしく面白い一気読み本だから、年始に大のおすすめである。

 米澤穂信(1978)は割と早くから青春ミステリーを読んでいたが、本格ミステリー作家としてどんどん大きくなり、2022年には『黒牢城』でついに直木賞を受賞したばかり。あの本は織田信長に反逆した荒木村重を主人公にした歴史ミステリーだが、戦国の合戦最中に「不可能犯罪」が起きるという超絶的設定に驚いた。その論理性が時に面倒くさいぐらいの本だった。この論理性がないと、本格ミステリーは成り立たない。しかし、論理性の説明が面倒くさいミステリーはたくさんある。
(米澤穂信)
 今度の『可燃物』も「論理性」に驚かされる本だが、警察小説でもあるので現実社会に生きている現実の人間が登場する。いずれも不可解さが残ると主人公は判断するが、一見不可解じゃないとみなす方が自然な状況でもある。主人公は群馬県警本部刑事部捜査第一課葛(かつら)警部という。名前は出て来ない。家族などの私的な情報も不明である。趣味も何も判らず、いつも事件捜査中は菓子パンとカフェオレで済ませている。上司にも部下にもちょっと疎まれている。あまりにも独自な発想で事件の真相を見抜くので、上司からすると部下が育たない「個人プレー」型に見えるのである。

 しかし、そんなことはどうでも良い。葛警部は事件解決を仕事にしていて、まさに切れ味鋭く真相を見抜く。証拠がそろうと、証拠がそろい過ぎじゃないかと恐れる。動機は重視しないが、動機こそが鍵になる事件では動機を探る。バラバラ事件の死体が発見されると、発見されやすい場所に放置されていたのは何故だろうと考える。5篇の短編が収録されていて、いずれも傑作。

 どんな事件かというと…。雪山で発見された死体が殺されていた。行動確認中の容疑者が正面衝突の交通事故を起こしたが、どちらが信号無視だったのか。バラバラ死体が榛名山で見つかり犯人と思われる人間も見つかるが、バラバラにした動機が判らない。放火事件が相次ぐが、どれも可燃ゴミにちょっと火を付けただけで終わる。捜査に乗り出すと放火が止まるが、真相はいかに。そしてファミレス立てこもり事件が起きて、これは他と違うのかと思うと、それにも驚きがあるのだった。

 こんなことを書いても全然判らないですよね。ミステリーの紹介は筋が書けないから困る。ただ、殺人だの放火だのといった重大犯罪じゃなくても、仕事をしていれば毎日のように何かの「事件」が起きている。それが仕事というもんじゃないだろうか。僕が勤めていた「学校」という職場でも、深刻な暴力やいじめ事件もないではなかったけれど、もっと軽い人間関係のイザコザなどの「事件」はよく起きていた。そして、それを何というか判りやすく「解釈」して終わりにすることも多かったと思う。

 是枝裕和監督の映画『怪物』でも、表面上見えているものと、子どもの心にある「真実」には大きな違いがあった。葛警部のように何でも見抜くことは、凡人たる我々には不可能だ。だが、「真実」はそんなに判りやすい形を取るわけじゃないと知っていることは何かの役に立つだろう。別に役立つから薦めるのではないが、なるほど人間の真相は深いなと思う小説ばかり。そして、読みやすいからすぐに読める。ミステリーはジャンル小説だから、読む人は読むし、いくら薦めても読まない人はなかなか手に取らない。だから、あまり書かないようにしてるんだけど、これは日常を生き抜く時にもヒントになりそうだから、書いた次第。

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