尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『名もなき者』、ボブ・ディランの若き日、激動の60年代

2025年03月09日 20時16分57秒 |  〃  (新作外国映画)

 毎週世界の賞レースを賑わせた映画が日本公開されて、お金もヒマも取られて困ってしまう。今度は米アカデミー賞8部門ノミネートの『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を見に行った。「ノーベル文学賞受賞者」であるアメリカの歌手ボブ・ディランの若き日を見事に描き出した映画である。『デューン砂の惑星』シリーズや『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』で今やすっかりハリウッド最高の若手人気俳優となったティモシー・シャラメが主演して自ら全曲を歌っている。「そっくりじゃない」とか言われているようだが、僕には十分ボブ・ディランっぽかった(まあ当時見ていたわけじゃないが)と思う。

 非常に感動的で、面白く見られた(聞けた)素晴らしい映画。すぐにでももう一回見たいぐらい魅力的だが、時間と金がかかるから行かないだろうけど。ボブ・ディランの名曲「風に吹かれて」「時代は変わる」「ミスター・タンブリン・マン」「ライク・ア・ローリング・ストーン」などが次々に歌われる。正直言って涙無くして見られないぐらい懐かしい。ウディ・ガスリーピート・シーガー(エドワード・ノートン)、ジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)、ジョニー・キャッシュアル・クーパーなど実在人物が続々と出てくるのも見逃せない。ノートンとバルバロはアカデミー賞助演賞にノミネートされた。

(ティモシー・シャラメ演じるディラン)

 1961年、ロバート・アレン・ジマーマンという青年が大学を中退してニューヨークにやってきた。ギター片手でバスを降りた彼は、闘病中のフォークシンガー、ウディ・ガスリーを訪ねてきたのである。病院には同じくフォークシンガーのピート・シーガーもいて、ボブ・ディランと名乗った青年は一曲披露する。その夜はシーガー宅に泊めて貰い、やがてニューヨークの店で歌わせて貰えるようになった。そこで当時人気が高かったジョーン・バエズとも知り合う。また教会で歌った後で、ボランティアに来ていたシルヴィエル・ファニング)とも知り合って恋人となった。(シルヴィは当時の事実を基にした架空の人物。)

(シルヴィと)

 ボブ・ディランはあっという間に人気を集め、町に出れば「追っかけ」に見舞われる。シルヴィの部屋にいても歌詞を書き続け、出来ると今度は曲作り。シルヴィが実習中で不在の時にはジョーン・バエズを連れてきたり…。音楽にしか関心がなく、傍迷惑とも言える青年だが、いつの間にか時代のカリスマになっていった。60年代前半、キューバ危機公民権運動ケネディ暗殺など激動の様子も描き出される。そんな中、ディランは従来のフォークソングを求められるのに飽きてきて、エレキギターを使うようになった。そして有名な1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルがやって来る。

(実際の若い頃のボブ・ディラン)

 そこで何が起こったのか? それは非常に有名なエピソードなので、ここでは書かない。僕は同時代に知っていた世代じゃないけれど、何が起こったのかは知っている。結局今になってみれば、ボブ・ディランはただ「ボブ・ディランを生きた」のだと理解出来る。(「ディラン」はイギリスの詩人ディラン・トマスから付けた芸名だが、その後正式に本名にしてしまったという。)ほとんどがコンサート場面みたいな映画で、ティモシー・シャラメは大健闘していた。実在人物を演じてアカデミー賞を取った人も多いのだが、今年に関しては『ブルータリスト』のエイドリアン・ブロディが強すぎて、不運だったというしかない。

(ジョーン・バエズと歌う)(ジョーン・バエズ)

 ウディ・ガスリー(1912~1967)は大恐慌時代に歌手として認められた様子を描く『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(ハル・アシュビー監督、1976)という素晴らしい映画がある。晩年に長く闘病したが、これはハンチントン病(いわゆる「舞踏病」)で、息子の歌手アーロ・ガスリーが主演した『アリスのレストラン』(1969、アーサー・ペン監督)でもアーロが見舞いに行くシーンがあった。ピート・シーガー(1919~2014)も非常に有名な歌手で、冒頭に出てくる非米活動委員会での証言拒否が問われた裁判は実話。妻のトシは日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれた日系米国人で、1943年に結婚したのだからすごい。

(ウディ・ガスリー)(ピート・シーガー)

 ジェームズ・マンゴールド監督は長いキャリアがあるが、この映画で初めてアカデミー賞監督賞にノミネートされた。かつて『17歳のカルテ』でアンジェリーナ・ジョリーが助演賞、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でリース・ウィザースプーンが主演賞とアカデミー賞を取ったが、本人が今までノミネートもなかったとは意外。後者の映画は『名もなき者』にも出てくるジョニー・キャッシュとその妻ジューン・カーターを描いた作品だった。『フォードvsフェラーリ』や『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』など最近は大作を手掛けていた。こう言えばずいぶん見てるのに名前を忘れていた。

(ジェームズ・マンゴールド監督)

 今回の映画はコンサート場面が多く、マスクをしていたコロナ時代には撮影不可能だった。そのため企画が数年延期され、ティモシー・シャラメはその間歌のレッスンに当てられたという。独特にしわがれ声をうまく出している。60年代初期のニューヨークを、ロケで再現している。どこで撮影したんだろうか。日本では不可能だろう。そのような「再現ドラマ」が見事で、ノスタルジックなムードを醸し出してとても感動的だったが、どうも知ってる話が多かった気はする。知らないという人もいるだろうが、特にボブ・ディランやフォークソングファンじゃなくても、ラストのエピソードは有名な話だろう。

 ゴールデングローブ賞では映画作品を「ドラマ」と「ミュージカル・コメディ」部門に分ける。どっちで勝負するかは製作サイドで決められるが、この映画は「ドラマ」部門で作品賞にノミネートされ、『ブルータリスト」に負けた。(「ミュージカル・コメディ」部門は「エミリア・ペレス」が受賞。)まあアカデミー賞で8部門ノミネートながら、一つも受賞出来なかったのは作品評価としてはやむを得ないんじゃないかと思う。しかし、それは好みとはまた別の問題で、自分はこの映画がとても好き。ぞれが「懐かしさ」を越えて「ボブ・ディランという謎」にどこまで迫れたかの判定は難しい。ぜひ続編を見てみたい気がする。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 吉田義男、袖井林二郎、曽野... | トップ |   
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

 〃  (新作外国映画)」カテゴリの最新記事