中表紙を開いた次のページに、チェス盤が描かれ、手前に白、
奥に黒の駒が並べられています。
そして、ページの下の方に、キング、クイーン、ビショップ、ナイト、
ルーク、ポーン、の順番で駒の説明が書かれていて、キングや
クイーンやナイトは、その名からどんな形かを想像できますが、
ビショップは馴染みのない、よくわからない駒でした。
ビショップ(B)‥斜め移動の孤独な賢者。祖先に象を戴く。
ここまできてはじめて、これはチェスについての話なのかなと思い、
変わったタイトルは、どこでチェスと結び付くのだろうかと思いました。
(私の)小川洋子作品の3冊目。
のちにリトル・アリョーヒンと呼ばれるようになる少年は、
(呼ばれるようになった頃はすでに少年ではなく青年になって
いたと思われますが、彼はたぶん私以外の読者の中でも、
少年の面影をずっと引きずっていたのではないかな?)
そこに至るまでは、名前が与えられず、文中では「少年」と呼ばれ、
祖母からは「お前」と呼ばれ、チェスを教えてくれた、バスの中で
暮らすマスターからは「坊や」と呼ばれていました。
物語の冒頭、両親を亡くし祖父母と暮らす「少年」と彼の弟が
祖母に手をひかれ、デパートの屋上へ行き、かつてそこに象が居た
印を見るのが少年は好きだったと、語られる場面から、物語には
どこかもの哀しく、抗いがたい運命のようなものが潜んでいることを
感じさせます。
話しは進むほどに予兆に満ちていき、張られていた伏線は
きれいにまとまり、こんな哀しい話はないと思いながらも、胸の中には
キラキラしたものが詰まっていて、そのキラキラを、私は失くしたく
ないなと思うのでした。
チェスを覚えたばかりの頃、少年が自分の腹心の友であるミイラに、
その素晴らしさを語るこんな言葉。
「マスターが一番好きな駒はポーンなんだ。猫にポーンって名付ける
くらいだからね。‥中略‥
ビショップやナイトみたいに凝った彫刻をしてもらっているわけでもなく、
ただの丸いボールを頭にのっけてうるだけの、言ってみれば僕らと
同じ子供だよ。その証拠にポーンは、目の前にある相手の駒を取れないし、
自分一人でメイトすることもできない。でも一歩一歩前進する。
後戻りはしないんだ。子供が成長するのと同じさ」
そして好きな駒、ビショップへのこんな言葉。
「僕にとって一番気掛かりな駒は、ビショップなんだ。なぜだろう。
‥中略‥最初の色と同じ色の升目にしか移動できない。
二つのビショップは仲間同士でも、お互いに心を通わせることが
できないんだ。斜めに威勢よく移動しているようで、実は淋しがっているん
じゃないかと気になって、慰めてやりたくなることがある」
チェスをまったく知らなくても、彼がチェスを想う言葉を読んでいると、
すごく寒い冬の朝、そっと開いた窓から遠慮がちに入りこんでくる
朝一番のきーんとした空気を吸い込んだ時の、静謐で、そしてちょっと誇らしい
ような気持ちと、同じ気持ちになってくるから不思議です。
変わっているなと思っていたタイトルが、読み終わった後には
もうこれしかない、と思える絶妙なものに変わっていました。
『猫を抱いて象と泳ぐ』
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