今日は朝から(というより昨日の夜から)、ざあざあ、ひゅうひゅう雨が降っています。冷たい雨です。
9月になって、迷ったあげく‥それでもいそいそと‥例の手帳をオーダーしてからというもの、毎日毎日「ほぼ日手帳CLUB」のページを開いています。
申込み初日の人気ランキングが出ていたので、他の人はどれを選んだのかなあと気になって見ていたのですが、次に、「手帳カバーわたしの決め手」っていうのも載っていたし、「私はこんな使い方をしています」があると、それも読んでみたくなるし‥。一日の始まりは「ほぼ日」にまず寄ってから、がここ1ヶ月の習慣になっています。
これもみごとに術中にはまっているってことですよね。
さて、本日のほぼ日の「今日のダーリン」のコーナーにとってもいいことが書いてありました。
「文学は実学」
人間の生きる「実(じつ)」の部分に、
文学は関係ないように思われているけれど、
それはちがうんだ、ということが書いてあったのでした。
ぼくなりに思い出して、ぼくなりにまとめると、
「想像力っていうのは、実用の力だ」ということが、
荒川洋治さんの考えの基本にあると思ったんです。
相手の気持ちを思いやることも、
とんでもない悪いことをした人のこころに
自分のこころを重ねてみることも、
無縁と思われた人の弱さや悲しみに気付くことも、
それは、生きていくという「実(じつ)」のための
必要な力じゃないか、というふうに、ぼくは読みました。
すごくいい!と思ったので、ここに一部分を転記してしまいましたが、この前後にも、いいことが書いてあったので、ぜひ「ほぼ日」のHPへとんで、その全文を読んでください。
(追記 「今日のダーリン」すぐに更新されてしまうということが、書いた後にわかりました。デリバリー版10月9日発行 第1186号に、その後掲載されてるのを確認したのでそちらへとんで下さい)
私は、役に立っても立たなくても、文学というか、本を読んだり書いたりすることを(実際の仕事になっても成り得なくても)、自分自身の中心に据えて行こうと、22歳の時に決めたので、文学だって、生きる実の部分に大きくかかわっているのだと言われると、自分そのものを肯定されたようで、じんわり嬉しいのでした。
「想像力っていうのは、実用の力だ」というこの言葉も、素晴らしいと思います。
あまりにも、あまりにも、想像力が欠如している人が多いから、自殺した子どもの遺書を、手紙だと言い張ったり、今頃になって、ぞろぞろ頭下げに行ったりしてしまうのだろうなあ。あるいは、歩道もない道路を歩かせて、公園へ保育園児を連れていこうとしていた保育園側が悪い、みたいな物言いをしてしまう人はなんなんでしょ。
遠い所で行われているいろんな名前のついた殺し合い‥。一個人の力で、どうにかなるような類のものではないけれど、そこの場所に居て、生活している人たちの気持ちを、思いやってみることはできるはず‥。それが何になるのかと問われれば、説明なんてできなかったけれど、想像してみることの大切さは、忘れてしまってはいけないことなのだ、と勇気づけられた気持ちになりました。
次の回では、ずっと気になっていたそんな「遠い所」のことを、書いてみようと思います。
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ほぼ日を読みに行ったらもう今日のダーリンが更新されていて読めないー。ううう。
デリバリー版が来るまでしばしお預け状態です。
昨年、荒川洋治さんの講演を聴きましたよ。
著作を読むとちょっと小難しい面があってううーとなってしまうのですが、話しているのを聴くと、「うんうん!それそれ」って感じで、面白かったです。いわゆる“一見役に立たなそうな”ことについて書きたいとちょうど思っていたところだったので、なんだか要旨が似ていてびっくりしました。
あ、遅くなりましたが、マフィン美味しかったです!!
ごちそうさまでしたー^^
気分転換のつもりでブログを書き始めていたのですが、rucaさんの文章を読んで、なんだか頭に一発ガーンとくらったような感じです。
私はrucaさんの書かれる文章が好きなのですが、それはrucaさんが「書くこと」に対してとても真摯だからなんだ、と気づかされたのでした。
それに比べて、ストレス解消で書いている私の、なんといいかげんなこと・・・。
たかがブログ。それでもその人となりは、文章から透けて見えてくるものなんですね。
今日は私にとって、反省だらけの1日となりました。
とても素敵なよい言葉ですね。
私は結局別の手帳を買ってしまったんですが、
「今日のダーリン」はけっこう読んでます。
でも、今回にかぎって読み逃してました。
rucaさんの日記で一部を読むことができて
おかげで幸せな気持ちになれました。
ありがとうございます。
想像力のない人には、なりたくないものですね。
あれれと思ったら、毎日かわるのですか。
素敵な文の前後が読めなくて、残念!
そうそう、rucaさんの記事で悩んで(笑)
わたしも今年注文してみましたよ>手帳
いろいろな立場を想像してみること、
忘れないようにしなくてはいけませんよね。
自戒もこめて、肝に銘じます!
たぶん、赤ちゃんが来たら予定なんてないし。。と思い、代わりに「星の王子さま5年日記」を購入することにしたのです。来年1年間は、ダーリンの手帳は、お休みです。
保育園のお散歩のニュース。私も観ました。
他のコメンテーターの人が、うなずいていたので、「歩いて散歩に連れていった保育園が悪い」発言に腹を立てているのは、私くらいなのかと、すごく悲しく思っていました。
子どもたちの姿が、戸外から消えてしまわないことを祈るばかりです。
想像力。ものすごく大切ですね。
追伸・私は、ミッセイさんの「坊さん」コラムファンです♪
週末はほんとにいいお天気でしたね~。洗濯ものが
たくさんたくさん、うちのベランダにも翻っていました。
kajuちゃんの運動会の記事読みました。
いろんな心配事は、どの年齢にも、どの年代にも
つきものですが、ひとりひとりの子どもたちを見ると、
どの子もみんな(それなりに)いいところを持っていて
みんなみんな頑張って見えますよね。
ところで、ほぼ日の「今日のダーリン」。更新が
早いんですね、知りませんでした。こんなことなら
全文載せておけばよかったな。
それと、土木土木さんへのコメント欄で、同じのを
3度も送ってしまってすいませんでした。お手数おかけ
しました。(家のiMacから送信すると、時々そうなって
しまうのです)
京都の方の週末はどんなお天気だったのでしょう。
こちらは、金曜日までは大荒れ、土曜日は風は強いものの
とってもよく晴れ、その後の日、月も、箱に入れてとって
おきたいほどの青空でした。満月も堪能できました。
ところで。
私の文章が好きと言ってくださって、ほんとにありがとうございます。あんなふうに、なんかかっこよさげに書いてしまいましたが、常に真摯な態度で臨んでいるかといえば、そうでもないし、ライティングセラピーのように、「書いて発散」させることで、ストレスを解消して、気持ちを保ってきたのかなあと、思っています。
「今日のダーリン」の更新があんなに早かったなんて
全然知らずに、リンク貼ってしまって、ごめんなさい。
でも、デリバリー版の10月9日発行第1186号に、
同じものが掲載されていました。もし、全文読みたい
場合にはそちらへ飛んでみてくださいませ。
※miyukichiさんがすでにお買い求めになって手帳‥
ちょっと気になります‥♪
(先に、フラニーさんとこに寄ってきてしまいました)
↑のmiyukichiさんのところにも書きましたが、デリバリー版の10月9日発行第1186号に、同じ記事が載っていました。よかったら全文通して読んでみてくださいね。私の抜粋より、さらに感動すると思います。
フラニーさんの注文した手帳は何色なんでしょうね??
知りたいような知りたくないような‥(だって、自分が最後まで悩んだ色だったりしたら、そっちの方がよく思えて欲しくなってしまうかも・笑)
もしも、23日(月)に国立へ行かれたらなら、そこでぜひお話したかったのですが、松居さんの講演会に来てくださいのはがきが届いてしまったので、またの機会にお預けになってしまいました。残念です。
それにそてもフラニーさんの手帳の色は‥ブツブツ‥
「星の王子様5年日記」私もどこかのお店で見ましたよ。かわいいですよね~。5年間が凝縮されていっぺんに見られるなんて、いいですよね。しかもお誕生からの5年間ですものね。どんな手帳よりも素敵なアイデアです。さすがこももさん!!
ところで、例の交通事故ですが。私が住んでいるK市で起こった事故なんです。私の家からは車で20分くらいかかる市の反対側の方なのですが。でも近くに住んでいる友だちも居るし。とても他人事ではありません。
私の知ってる人はみんなあのコメントを聞いて、怒ったあとに悲しい気持ちになりました。うちの娘が通っていた、K市立の建物の一番新しい保育所だって、週に1~2回は近所の公園に、あんなふうな感じでお散歩に行ってました。大きな通りから1本入れば、もちろん歩道なんてどこにもありません。それが東京近郊の普通の町の現状なんだと思っていましたが‥。
つい、熱くなってしまって、すいません‥。
公の場で、あんなことを言ってしまう人、頷いてしまう人がいる社会だって、認識していなければなりませんね。