まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第19番「革堂行願寺」~西国三十三ヶ所巡り・18(洛中の札所)

2015年03月29日 | 西国三十三所
あ~あ、オリックス・バファローズ・・・。

やってしまった、開幕3連敗・・・。

ちょっと、ムード的にどうなのかと思う。次はソフトバンクとの3連戦であるが、少しは打線のテコ入れも考えた方がよいのではないかと思う。

まだまだシーズンは始まったばかりであるが、これはよくない。皆さんの奮起を願うところ。

・・・さて、「そない言うんやったらあんたは(テレビででも)観戦してたんか??」と言われるのだが、私の姿は京都市内にあった。そう、西国三十三所めぐりである。

今回は、洛中にある第18番「頂法寺六角堂」と「革堂行願寺」の2ヶ所である。京都府内の札所めぐりはこれが初めてである。恥ずかしながらいずれも西国めぐりをするようになって初めてその名前を知ったところである。

それにしても、今回は楽に行けそうである。西国の札所というのは結構交通不便なところが多く、最寄駅から1時間近く歩くとか、山道を登るとか、バスが1日に2本しかないとか、いろいろである。まあ、それも修行の一つと言えるのだろうが(そうして訪れた寺院というのはいずれも心に残るものばかりだが)。

ただ、札所めぐりにも息抜きがあってもいいと思う。この2ヶ所がどのような基準で三十三所に加えられたかというのはわからないが(ものの本では、徳道上人が三十三の宝印を授かったとか、花山院が三十三所をめぐったとか、西国三十三所の成り立ちについていろいろと書いているが、「なぜそこが三十三所に選定されたのか」について解説したものはない)、東山から西山に抜けるにあたり、洛中もちょこちょこっと入れて都見物も兼ねて・・・ということで入っているのか。これまで山岳寺院が多い中、こうした平地にあるところもいいものだ。

どちらから先に行くかということだが、JRのスタンプを京都駅でもらうことを考えれば、まず北にある革堂に行き、南下して六角堂に行くほうが道順としては良さそうだ。革堂は鉄道なら京阪の神宮丸太町が最寄である。

ということで、朝の淀屋橋から京阪特急に乗る。「関西私鉄・サイコロしりとりの旅」では何度となく乗った京阪特急であるが、西国めぐりで乗るのは初めてである。最前部に陣取って前方の景色を眺めながら走る。天気予報は雨だが、どこまで持ってくれるか。

最寄の神宮丸太町は特急が停まらないので三条で乗り換えとなるが、ホームの向かい側に停まっていた準急には乗らず、そのまま改札を出て地上に上がる。革堂には三条からでも歩ける範囲だし、久しぶりなので三条大橋や鴨川の景色を見ようかなと思う。

東海道五十三次の終着である三条大橋。弥次喜多の像も迎えてくれる。日曜の朝8時過ぎということで、繁華街は日曜朝独特の気だるさが残っている。そんな中、朝から外国の観光客も朝食代わりに何かつまみながら歩き回っている。

高瀬川に沿って歩く。関西にも桜の開花宣言が出たが、こうしたところに桜、また柳が植わっているのもいい感じである。あまりにメジャー過ぎて、観光地としての京都を避けているところがある私だが、来てみればいろいろと楽しみもあるし、発見もあるところである(単に私が知らなかっただけ・・・というところの方が多いが)。ここで雨粒がポツポツと落ちてくる。

寺町通というところに入る。三条から15分ほど歩いたところで、通り沿いの商店街に並ぶ形で「こうどう」の看板が見える。別にこの寺町通が行願寺の門前町というわけでもなく、「西国三十三所」の肩書がなければ、まず素通りしたことだろう。入山料、拝観料を取るわけでもなく、地元の人が気軽に入って拝んでいくところ。その点では、私の地元の葛井寺の雰囲気にも通じるものがある。

小ぶりな境内である。この行願寺は11世紀に行円上人が開いたが、元々は一条通りにあったそうである。それが幾度かの戦乱や火災を経て今の場所に移ってきた。もっとも、元々のところには「革堂○○町」という町名は残っている。

革堂という呼び名は、この行円上人がある日山中で雌鹿を射止めたところ、その腹から子鹿が産まれるのを見て発心し、仏の道に入った。その鹿の皮衣を身にまとって諸国を回ったことから、行願寺も革堂と呼ばれるようになったとか。

木の階段だが「履物のままお上がりください」の立札があるのでそのまま上がり、そこでお勤めである。今回は般若心経の写経もしてきたのでそれも納める。さて朱印帳と納経軸に朱印をいただこうとバッグをゴソゴソとやると、横の小部屋の電気がついた。

揮毫をしていただくのは、先ほどから境内の掃除をしていた女性の方。そしてその隣には御年何歳だろうか・・・お婆様がちょこんと座っている。ははあ、この方がネットで「革堂の名物ばあちゃん」としてあれこれ書かれている方なのかな。いや、ばあちゃんと言っては失礼だな。この革堂は尼寺であり、この方は庵主さんである。

朱印帳や納経軸に書いていただいている間、
「今日はどっからお参りにきはったん?」
「大阪の藤井寺です」
「(よく聞こえなかったのか)福井県?」
「いや、藤井寺です。5番(札所)の」
「ちゃんと回ってはるんやねえ~。これもええご縁ですよ」
「そうですか」
「今日は雨降ってお客さんも少ないやろうし、団体さんも入ってまへん。こういう時にお参りしはったらええご縁ですわ」
「ありがとうございます」
「この辺の方でも、来はれへん人は来はりまへんわ。それをわざわざ遠くから来てくれはるのは、観音さんのご縁ですわ」
「恐れ入ります」
「次、六角はんに行きはるんやろ? 道は・・・よう調べてはるやろうから大丈夫でっしゃろ。ようお参りでした。(隣の女性に向かって)慈悲の道も差し上げなさい」

他にお参りする人もいなかったからか、いろいろと話しかけていただいた。うーん、ネットで名物として語られるほどの方である。もっとも、その名物たる所以が「一言多い」とか「作法についてあれこれ厳しく説教をされる」「納経の字がひどい」という類のもののようだ。「革堂のばあちゃんに一言(説教を)言われるのがステータス」であるかのような発言もある。

同じようなこと、番外であるが三田の花山院に行った時に感じた。あそこも「厳しい」「納経せずに朱印帳を持っていったら怒られる」という類の書き込みがあったが、雪の中の参詣にえらく歓迎された。

・・・これらに言えるのは、やはりスタンプラリー感覚で訪れ、お参りもせずに朱印だけ求めるという手合いには厳しいということなのだろう。その厳しく言われた人たちがネットにいろいろ書き込んだのが噂となって広がったというところか。

町中の札所のこととて、境内は広くない。それでも鐘楼もあるし、七福神や百体地蔵もまつっている。

またそんな町中らしいのが、境内に猫が居ついていること。私が見たのはこれだったが、他の人のブログなどを見ると毛の色の違う猫の写真が掲載されている。何匹もいるのだろうか。

山岳寺院や観光寺院とは違う、地元密着のちょっとしたスポットと名物庵主。短時間の滞在だったがなかなか味のあるものだった・・・。
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