九州西国霊場の第14番・雲巌寺の参詣を終え、バスの時間までかなり空いているので来た道を歩けるところまで歩いて戻ることにする。天気はよく、体を動かすと暑さすら感じられる。
まずは寺から先の集落を下って、先ほどバスを降りた先の県道に出る。その先には水車小屋があり、河内川のちょっとした渓谷も広がっている。ここから県道を歩いて熊本の市街地に戻ることになる。
先ほど下車した岩戸観音入口のバス停の手前に、鼓ヶ滝というのがある。滝から流れ落ちた水がポンポンと鼓のような音を立てることから付いた名前だというが、今ここで聞く限りではごく普通の滝である。
道は少しずつ上りとなる。淡々と歩く中で着いたのが、「金峰森の駅みちくさ館」。道の駅のように物販や食堂があるわけではないが、金峰山登山の拠点施設であり、地元の交流施設でもある。館内では何かのイベントの準備か、係の人たちが忙しく動いている。
ここでトイレを借りたのだが、その後に展示コーナーを見る。雲巌寺の近くということで宮本武蔵関連のものが並び、肖像画や五輪書、そして巌流島の決闘で使われた木刀が並ぶ。あれ?先ほども木刀を見たのだが・・こちらのものはきちんと「複製」と紹介されている。
敷地の横の田んぼでは子どもたちが稲刈り体験中である。先ほどの館内のイベントとも関係あるのかな。
この後もひたすら歩く。ちょうど総選挙当日(10月31日)ということで候補者のポスターも沿道に見える。その中で目立つのは、(今思えば写真を撮らなかったのが残念だが)自民党から立候補の野田毅氏である。これまで当選16回、大臣も歴任し、一時は自民党を出て他党にも移ったがまだまだ健在である。同じ熊本市内でも選挙区が分かれているが、ここの選出だったのね。まあ、今回も安定して当選するのだろう・・・。
「草枕の道」という立て札に出る。右手に見えるのが金峰山で、頂上にはアンテナも見える。神社もあるようで、熊本地震からの復旧復興を呼びかける看板も出ている。その中を、ダラダラとした上り坂が続く。クルマが結構行き交うが、両方向からスポーツサイクル姿も目に付く。熊本にあって恰好のトレーニング場なのかな。その中を歩くのだが・・・。
ダラダラ、ジワジワの上り坂の後でようやく「峠の茶屋」に着いた。往路のバス停にもあり、とりあえずここまで来れば後は下りということでホッとする。そしてここには「夏目漱石『草枕の道』」の案内板がある。先ほど現れた「草枕の道」である。
夏目漱石の「草枕」。私もまだ読んだことがないのだが、ここ熊本が舞台である。漱石が英語教師として熊本に一時赴任していた当時、熊本の市街から山道を歩き、現在の玉名市にある小天(おあま)温泉を訪ねた時のことがベースになっている。作品を読んだことがなくても、以下の冒頭の一説は、何かで見聞きしたことがあるぞという方もいらっしゃるのでは。
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい・・・」
人づきあいというのは難しいものだ。かく言う私、その人づきあいというのもこのところめっきり薄くなり、次の新年あたりにはもう年賀状のやり取りというのは一切なくなりそうだが・・。
この先はなぜか歩道もなくなり、クルマや自転車が頻繁に行き交う中、車道をひたすら下る。「明治百年」を記念して整備された「くまもと自然保養林」の一角である。
やがて市街地も見下ろせるところに来た。雲巌寺を出てから1時間半以上経過している。
道路わきに、本妙寺方面の看板を見る。加藤清正像があるというので立ち寄るが、その像というのはここまでの下り坂に逆行するかのような上り階段。位置エネルギー返してくれ・・という気持ちもあったが、石段を上る。
その先に立つ加藤清正像。かなり老境に差し掛かった頃の姿をイメージしたと思うが、槍を手に堂々とした構えである。ここから熊本の町並みを見守っているかのようだ。
果たして展望が開けていて、熊本駅から市街地、そしてこの後訪ねる予定の熊本城の天守閣も見える。この眺望、バスに乗って帰ったのでは見ることはできなかった。宮本武蔵~夏目漱石~加藤清正と、思わぬ形で熊本ゆかりの偉人たちに少しずつではあるが接することができた徒歩行となった。
そのまま石段を下りると、本妙寺の境内に出た。日蓮宗の熱心な信徒であった清正が父の菩提を弔うために大坂に建てられた寺で、清正が肥後に移るのにともない、寺もこちらにやって来た。清正が亡くなると、遺言により熊本城の天守閣と同じ高さのこの浄正廟に祀られたという。
本妙寺じたいはこの一角に塔頭寺院を含めて広がっている。中央に多数の灯籠が並ぶ石段を下りつつ、かつての勢力の大きさを見て取る。
そのまま歩き続け、熊本市電の本妙寺入口電停に到着。時刻表上では、先ほど本妙寺を後にしたところで雲巌寺からのバスの時間となったが、遅れているのかやって来る様子もなかった。ちょうど電停に近づいたところでバスが来たが、もうここまで来れば無理にバスに乗ることもなく、行き帰りで少しでも変化をつける意味で市電に乗る。
ガタゴト揺られ、向かったのは繁華街の通町筋。それにしても、久しぶりに長く歩いたし、熊本市内で初めて訪ねることができたスポットにも出会えてよかった・・・。