「ファーザー」
娘アンが雇ったヘルパーたちを、気難しいアンソニーは次々と難癖をつけて追い払っていた。アンソニーの認知症は進行し、記憶と現実が崩壊し始めて…
御年82歳、「羊たちの沈黙」以来29年ぶりにアカデミー賞主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンス。その快挙には心から拍手をもって敬服するばかりです。今年は「マ・レイニーのブラックボトム」の故チャドウィック・ボーズマンの受賞が確実視されていたので、蓋を開けてみたらホプキンス御大という結果には番狂わせ!とか騒いでた人も多くいたようですが、この映画を観たらそんな浅薄な口さがなさを恥じることになるでしょう。なぜなら、至極当然な受賞だから。
私もチャドウィックの大ファンだし、マ・レイニーの彼は間違いなくオスカー級の素晴らしさなのですが、さすがにライバルが強大すぎました。もしチャドウィックがホプキンス爺を押しのけて受賞してたら、それこそ感動を狙ってのやらせに近い演出的なあざとさっぽさが否めず、オスカーの信頼性も価値も損なわれていたかもしれません。同情で受賞したって天国のチャドウィックは喜ばないでしょう。ホプキンス御大2度ののオスカー受賞作を観て、あらためてそう思いました。こりゃあ誰がどー見たって、ホプキンス爺さんに軍配が上がるでしょ。最近見た演技の中では強烈さナンバーワン。ホプキンス爺の当たり役、羊沈のレクター博士は映画史に残るホラーキャラですが、今回のホプキンス爺はある意味レクター博士より怖かったです。
実際には、レクター博士みたいなカリスマサイコ殺人鬼と出会うことはまずないけど、この映画のアンソニーみたいな痴呆症高齢者とは誰もが関わる、いや、なってしまう可能性がある。今すぐ死んでもいいけど長生きしてボケたくはない!と、心肝寒からしめる映画でした。そして、かつてないような新感覚映画でもあった。痴呆症高齢者とその家族の映画やドラマは枚挙にいとまがありませんが、そのほとんどが高齢者の家族目線で描かれたもの。この作品は、認知症高齢者目線で描かれていて、その混乱し崩壊したカオスな世界に観客も翻弄され、恐慌に陥ってしまいそうになります。え?!あれ?どういうこと?!この人って確か?でも?みんな今どこにいるの?これは現実?虚構?妄想?人物も空間も知らぬ間にスルっと錯綜しまくり、ここはどこ?あなたは誰?状態で、もう何がなんだか?!あたかも迷路に入り込んで出られなくなってしまったかのような怖さ。まさに認知症追体験。すごく斬新で面白い!と思いました。オスカーでは脚色賞も受賞したと知り納得。
認知症高齢者とその家族の話って、気が滅入るような深刻さだったり、感動狙いのお涙ちょうだいものだったりがほとんどだけど、この映画はシュールでユニークな心理スリラー、いや、心理ホラーにしてしまってたところが、特質すべき秀逸さでした。ちょっとクリストファー・ノーラン監督の作品を彷彿とさせましたが、ノーラン監督のSF的ワケワカメさとは異なる、凝った視覚効果や映像もない、親子の確執や人生の最終ステージを冷徹に描いた人間ドラマとしても見ごたえあり。フランスの劇作家で、この作品が映画監督デビューだというフローリアン・ゼレール監督の手腕にも驚嘆。共同脚色を担当した名脚本家、クリストファー・ハンプトンの熟練の技にもよるところも大きいのでしょう。
言うまでもなく、アンソニー・ホプキンスの名演、いや、怪演こそこの映画最大の見どころ。もうほんと怖いヤバい面白い。因業なんだけど、どこか憎めないオチャメなところがあって、その脳内迷宮っぷりにゾっとさせられつつも、時々クスっと笑えるチャーミングさも発揮してるところが素敵でした。腕時計に執着して、アンの恋人に遠回しに執拗にそれはわしのものでは?盗った?と探りを入れてくるシーンとか、タップダンス踊ったり妙に元気なところが笑えた。圧巻だったのは、ラストの施設でのマミーマミーと子どもに戻って泣く姿。怖い!けど哀れすぎて胸が痛みました。ホプキンス御大はインタビューで、アンソニー役は簡単な役だったとのたまってましたが、難役だけど役者魂を燃やした熱演!な力みなどは確かに感じられず、あくまで自然に成りきってたのがやはり年季が入った役者。
アン役は、「女王陛下のお気に入り」でオスカーを受賞したオリヴィア・コールマン。今回も忘れがたい好演。泣いたり怒ったりな感情的なオーバー演技は決してしないけど、笑顔の下の苦しみや悲しみが透けて見えて、アンソニーよりも痛ましかった。オリヴィアさん、笑顔と声が可愛い。おばさん女優としては世界屈指の高い好感度です。それはそうと。この映画が私の胸を人並み以上にザワつかせたのは、アンソニーとアンの親子関係ややりとり、確執が、私の亡き祖母と私の母のそれらとかなりカブってたから。私の祖母も認知症になり、アンソニーとおんなじようなことしたり言ったりしてましたもん。とにかく被害妄想と物やお金、家への執着が凄まじかった。父や私たちはそんな祖母にいつも腹を立ててましたが、娘である母だけはアンのように黙って耐えてました。祖母はキツい人で、母は幼い頃から辛い目に遭ってたようで、同じく愛情深い父親ではなかったアンソニーに複雑な思いを抱きながらも見捨てられないアンの子としての葛藤に、あらためて母の苦労と悲しみを思い知りました。今度は母がアンソニーに、私がアンになるかもしれないと想像しただけで戦慄。その前に、父がヤバいかも。M子やダミアンと、そろそろいろいろ相談したほうがいいかも…
娘アンが雇ったヘルパーたちを、気難しいアンソニーは次々と難癖をつけて追い払っていた。アンソニーの認知症は進行し、記憶と現実が崩壊し始めて…
御年82歳、「羊たちの沈黙」以来29年ぶりにアカデミー賞主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンス。その快挙には心から拍手をもって敬服するばかりです。今年は「マ・レイニーのブラックボトム」の故チャドウィック・ボーズマンの受賞が確実視されていたので、蓋を開けてみたらホプキンス御大という結果には番狂わせ!とか騒いでた人も多くいたようですが、この映画を観たらそんな浅薄な口さがなさを恥じることになるでしょう。なぜなら、至極当然な受賞だから。
私もチャドウィックの大ファンだし、マ・レイニーの彼は間違いなくオスカー級の素晴らしさなのですが、さすがにライバルが強大すぎました。もしチャドウィックがホプキンス爺を押しのけて受賞してたら、それこそ感動を狙ってのやらせに近い演出的なあざとさっぽさが否めず、オスカーの信頼性も価値も損なわれていたかもしれません。同情で受賞したって天国のチャドウィックは喜ばないでしょう。ホプキンス御大2度ののオスカー受賞作を観て、あらためてそう思いました。こりゃあ誰がどー見たって、ホプキンス爺さんに軍配が上がるでしょ。最近見た演技の中では強烈さナンバーワン。ホプキンス爺の当たり役、羊沈のレクター博士は映画史に残るホラーキャラですが、今回のホプキンス爺はある意味レクター博士より怖かったです。
実際には、レクター博士みたいなカリスマサイコ殺人鬼と出会うことはまずないけど、この映画のアンソニーみたいな痴呆症高齢者とは誰もが関わる、いや、なってしまう可能性がある。今すぐ死んでもいいけど長生きしてボケたくはない!と、心肝寒からしめる映画でした。そして、かつてないような新感覚映画でもあった。痴呆症高齢者とその家族の映画やドラマは枚挙にいとまがありませんが、そのほとんどが高齢者の家族目線で描かれたもの。この作品は、認知症高齢者目線で描かれていて、その混乱し崩壊したカオスな世界に観客も翻弄され、恐慌に陥ってしまいそうになります。え?!あれ?どういうこと?!この人って確か?でも?みんな今どこにいるの?これは現実?虚構?妄想?人物も空間も知らぬ間にスルっと錯綜しまくり、ここはどこ?あなたは誰?状態で、もう何がなんだか?!あたかも迷路に入り込んで出られなくなってしまったかのような怖さ。まさに認知症追体験。すごく斬新で面白い!と思いました。オスカーでは脚色賞も受賞したと知り納得。
認知症高齢者とその家族の話って、気が滅入るような深刻さだったり、感動狙いのお涙ちょうだいものだったりがほとんどだけど、この映画はシュールでユニークな心理スリラー、いや、心理ホラーにしてしまってたところが、特質すべき秀逸さでした。ちょっとクリストファー・ノーラン監督の作品を彷彿とさせましたが、ノーラン監督のSF的ワケワカメさとは異なる、凝った視覚効果や映像もない、親子の確執や人生の最終ステージを冷徹に描いた人間ドラマとしても見ごたえあり。フランスの劇作家で、この作品が映画監督デビューだというフローリアン・ゼレール監督の手腕にも驚嘆。共同脚色を担当した名脚本家、クリストファー・ハンプトンの熟練の技にもよるところも大きいのでしょう。
言うまでもなく、アンソニー・ホプキンスの名演、いや、怪演こそこの映画最大の見どころ。もうほんと怖いヤバい面白い。因業なんだけど、どこか憎めないオチャメなところがあって、その脳内迷宮っぷりにゾっとさせられつつも、時々クスっと笑えるチャーミングさも発揮してるところが素敵でした。腕時計に執着して、アンの恋人に遠回しに執拗にそれはわしのものでは?盗った?と探りを入れてくるシーンとか、タップダンス踊ったり妙に元気なところが笑えた。圧巻だったのは、ラストの施設でのマミーマミーと子どもに戻って泣く姿。怖い!けど哀れすぎて胸が痛みました。ホプキンス御大はインタビューで、アンソニー役は簡単な役だったとのたまってましたが、難役だけど役者魂を燃やした熱演!な力みなどは確かに感じられず、あくまで自然に成りきってたのがやはり年季が入った役者。
アン役は、「女王陛下のお気に入り」でオスカーを受賞したオリヴィア・コールマン。今回も忘れがたい好演。泣いたり怒ったりな感情的なオーバー演技は決してしないけど、笑顔の下の苦しみや悲しみが透けて見えて、アンソニーよりも痛ましかった。オリヴィアさん、笑顔と声が可愛い。おばさん女優としては世界屈指の高い好感度です。それはそうと。この映画が私の胸を人並み以上にザワつかせたのは、アンソニーとアンの親子関係ややりとり、確執が、私の亡き祖母と私の母のそれらとかなりカブってたから。私の祖母も認知症になり、アンソニーとおんなじようなことしたり言ったりしてましたもん。とにかく被害妄想と物やお金、家への執着が凄まじかった。父や私たちはそんな祖母にいつも腹を立ててましたが、娘である母だけはアンのように黙って耐えてました。祖母はキツい人で、母は幼い頃から辛い目に遭ってたようで、同じく愛情深い父親ではなかったアンソニーに複雑な思いを抱きながらも見捨てられないアンの子としての葛藤に、あらためて母の苦労と悲しみを思い知りました。今度は母がアンソニーに、私がアンになるかもしれないと想像しただけで戦慄。その前に、父がヤバいかも。M子やダミアンと、そろそろいろいろ相談したほうがいいかも…