ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

FELAでナイト!

2010年07月03日 | 音楽とわたし
朝からひとり生徒を教え、ドイツとアルゼンチンの試合を観た。
あんなふうに一方的に決着がつくなんて思いもしてなかったのでびっくり!
ドイツが最初っから最後までリラックスしてるふうに見えたのが印象的だった。

エアコンをかなりの予定時間を延長して取り付け、シャワーにも入らずに、暑いマンハッタンの街に出かけた。
旦那の両親が、用事でマンハッタンに出て来ていて、旦那が前々から観たいと言っていた『FELA』のショーを観に行こうと誘ってくれた。

やっぱりマンハッタンの方が2~3℃暑い。空は雲ひとつない豪快っ晴れ!ひとつぐらいわたし達の頭の上に浮かんでくれぇ~い!


丁度、パラグアイとスペインの試合が始まったところだった。見逃してなるものか!それぇ~い!


中はすっかり熱気ムンムン。スペインを応援する人がほとんど。わたしはもちろんパラグアイ。
朝からろくすっぽ食べてなかったので、とりあえずグァカモリとチップスをいただく。


またまた延長戦か?!と思ったけれど、惜しい~パラグアイ。あんな時間に点を入れられちゃったらどうにもならんよね~。
でも、どちらも互いに、とてもドラマティックなペナルティキックを一本ずつ打てたし、それが無くても素晴らしい試合だったと思う。

こんなクソ暑い日に、こういうバスが満員の観光客を乗せて、何台も走っていた。


旦那が鍼灸学校の学生時代の半分を、ここでバイトしてくれた。モーガンスタンリーの巨大ビルディング。


タイムズスクエアはやっぱり、夜に来る所です。


いつかきっと、終わるまでに観に来たい!デンゼル・ワシントンが主演しているブロードウェイ。


週末恒例の市。


ロックフェラー・センター前に現れた、レゴで作ったニューヨークシティのシンボル、赤いりんご。


セイント・パトリック聖堂もなんだか暑そうな感じ。


ビルに映ったビルが暑い空気に揺れてきれいだったので。


ぶらぶらと散歩しながら時間を過ごし、待ち合わせの日本レストランに到着。めちゃくちゃ真剣にお酒を選んでいる父と息子。


ミュージカル『FELA』!


FELAのことを少し。ある方のブログから抜粋させていただきました。無断でごめんなさい!

Fela Kuti (1938-1997)
ブラック・プレジデントと呼ばれたフェラ。
父は牧師であり、教師であり、ミュージシャン。
母は世界的に有名なフェミニスト・リーダー。

ナイジェリアで育ち、1963年ロンドンの音楽大学を卒業。
留学中の黒人差別が彼の音楽に大きな影響を及ぼす。

1968年、自身の音楽を「アフロビート」と定義。
しかしこの頃の音楽活動はあまり上手く行かず、
ここでも黒人差別に直面し、政治や差別について学び始める。

70年代から政治的メッセージを込めた彼の音楽は
凄まじい影響力を持つようになり、
何度となく警察の自演により逮捕されている。

自宅の周りを有刺鉄線で囲い
「カラクタ共和国」と名付けて国家と対立。
1000人の軍隊により最終的に破壊され、母親も殺害されてしまう。

"Music is a Weapon"のタイトル通り、
警察の不当な扱いを揶揄した実体験に基づく歌「Expensive Shit」「Zumbie」など、
世の中にメッセージを流し続けた。

97年、エイズの合併症で他界。
葬儀には100万人近い人が参列したという。
現在は息子のFemi Kutiが彼の音楽活動を受け継いでいる。


泣き笑いして、ダンスを一緒に踊ったり歌ったり、もうそれはそれは素晴らしいミュージカルだった。桁違いにパワフルなアフロビートに感動!
ほんの少しだけど、ユーチューブで見つけたので。
FELA! on Broadway: Revolution


もうひとつ。実はこの舞台のバンドメンバーの中に、ひとりだけ、日本人のパーカッショニストがいた!タケマサヨシヒロという名前だった。
彼はコンガを勉強したくて本場キューバで特訓したらしい。それから小さなギグをあちこちでやりつつこの晴れの舞台まで至ったそう。
素晴らしい!演奏も見た感じもとても地味なんだけど、同じ日本人としてなんだか嬉しい!1分38~9秒のあたりに瞬間映る彼をぜひ観て欲しい!
FELA! on Broadway Sneak Peek: "Yellow Fever"



コメント (2)
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米国窓用エアコン事情

2010年07月03日 | 米国○○事情
今年の夏は暑い!暑い時はすこぶる暑い!じっと耐え忍ぶと、数日から一週間後には、いつもの高原風の夏になる。
が、一息つきながら、「やっぱこれがここの夏だよね~」などといい気になり出す頃に、突如また、予報通りに戻っていらっしゃる。
今日から再びの熱波。気温は30℃を軽く超え、今もまだ23℃に留まっている。夜明け頃には12℃まで下がるらしいけれど……。

そこで、とうとうのとうとう、旦那が新しい窓用エアコンを買った。
わたし達の寝室はあまり大きく無くて、北側と東側に窓があるにもかかわらず、なぜだか風通りが悪くて空気が澱んでいる。
なので、こういう熱帯夜(日本の熱帯夜と比べたらヒヨコちゃんみたいなもんだけど)になると、とんでもなく寝苦しい。
ここに引っ越す時に、おっきな家に引っ越すんだからと、かなりの年代物だったけれど、移動のできるポータブルエアコンを安くで買った。
それを寝室で使おうと思っていたのだけれど、とても大事なことを忘れていた。アメリカの電気器具はうるさい!ということを。
機械が音をたてないと、ちゃんと働いている気がしない。という、ブラックジョークなようなことを真顔で言うお年寄りがいるくらい、アメリカンは音に無頓着だった。どうして過去形で言うかというと、最近になってようやく、洗濯乾燥機、掃除機、食器洗い乾燥機、扇風機、そしてエアコンなどが、静かに働いてくれないものか、と願う人が増えてきたからだ。
とにかく、そのポータブルエアコンは生粋のアメリカンでうるさくて、とてもじゃないけど、音が気になるわたしが眠れる部屋ではない。
旦那は、光は気になるけれど音はとりあえず平気。隣で学生がパーティしてようがグウグウ、扇風機がガーガー唸ってようがグウグウなのだ。
それで、こういう熱帯夜には、わたしはさっさと一階のお客部屋に避難して、そこで優雅に独り寝をさせていただく。
旦那はそれがどうも気に入らない。
ということで、今までわたし達が買っていたような、アメリカで最も安い!ブツではなく、ちょっとだけ高めの、けれども限りなく静かに冷やしてくれる窓用エアコンを探し求めて、旦那はあちこちの店を回った。

「あんたの予算で一番静かねえ……それじゃ~これだな!」と、店主の一押しはこれ。


聞いたことない会社やん……けど、かなり自信持って言うてた……ま、つけてみてあかんかったら返そ。
というわけで、箱から出して部品を点検した。


どの窓につけるかはすでに決定。万が一エアコンが落下しても良さそうな所。


窓用を設置する時の一番の問題は、大の大人がふたりで持ち上げなくてはならないほどに重いエアコンを(どうしてこっちの電気器具はいつも不必要に重いのだろう?)、前のパネル部分の上部を窓の桟にひっかけるだけで、後のモーターなどがついている重い方のほとんどを外側に出すので、とにもかくにも、少しでも安定させるため、エアコンと触れる部分を平な状態にしなければならないということ。
さて、この微妙~な段差をどうするべきか……おまけに、煉瓦が少し斜めだし……。いや~な予感がする……。

 
備品を使ってみたけれど高さが合わず、それならなにか間に合う物をと家中探して集めたのがこれ。
怪しいピンクと青のスポンジは、旦那が昔、マンハッタンのオフィスで合気道を教えていた時に使っていたマットのつなぎの部分。懐かしい!


結局、あ~だこ~だと、半ば喧嘩しながら試行錯誤を重ねた結果、とりあえず本体を置いて窓の枠にしっかりと挟んだ。
左右の隙間をカバーする蛇腹をネジでつけるような気がするが、説明書には全くなにも指示が無く、どのネジを使うかも不明。試しに3種類すべてのネジを入れてみたけれど、どれも合わない。あ~アメリカン!力づくで入れたら半分ぐらい入ったので、もうそれで良しとした。


戦い済んで日が暮れてぇ~。


とりあえず設置終了。作動させてみたら、なるほど、これまでのどこのエアコンより静かに働いてくれる。もちろん、それでもまだまだ、日本のそれとは比べもんにならないけれど……まあ、上を見てもキリが無い。これを身の丈に合った静かさだと思うことにしよう。





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