ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

被爆ピアノを弾いて

2010年09月22日 | 世界とわたし
被爆ピアノのニューヨークコンサートで演奏して、一躍有名(花火のように一瞬でしたが)になったエラとオーウェン。
こちらの地元の新聞にも載り、ユーチューブにも掲載され、インタビューも盛りだくさん。

特に、某N◯Kの取材班の皆さんは、日本人以外の演奏者の取材をすると決めておられたので、彼らのことをたくさん取り上げていただいた。

で、第一夜の教会でのインタビューの時、うまく進行しているかどうかを心配した旦那は、すぐ近くに立ち、事の成り行きを見守っていた。
その時、彼が、なんとな~くキナ臭く感じたことがひとつだけあった。
正しくないかもしれない。そこにはそんなことなど、あるいは、そんなつもりなど、微塵もなかったかもしれない。あるいは、聞き間違っているのかもしれない。
けれども、「原爆について、ネガティブな意見がアメリカ人の口から出るのを期待しているような気がする」と旦那は感じたようだ。


『原爆を落としたことは正しかった』


確かに、そう言ってはばからない人はこの国にはいる。目の前でそう言っているのを聞いたこともある。
それで、「いくらそれで戦争を終わらせることができたとしても、あの原爆という物が起こした惨状を正しかったとどうして言えるんですか?」と詰め寄っても話にならなかった。

この国は、他の国から攻め込まれたり、爆弾を落とされたりした経験が無い。
常によその国の高い空の上から、自分達には全く影響が及ばないほど離れた所から、ボタンをポンと押して爆弾を落とし、地上のすべてを破壊する。
自分の体を使って、自分もある程度傷を負って、返り血を浴びて、人の肉や筋や骨を切ったり砕いたり焼いたりしたなら、多分もう少し考え方が変わるかもしれない。
実際に今、地上で戦っている若い兵士達の中には、そういう経験を否応無く持たされて、心の病にかかったり自殺したりしている人がとてもたくさんいる。

でも、軍とは全く関係の無い世界で生きてきた人達や、軍でも命令だけしていればいい人達の中には、戦争がいかに愚かで惨たらしいことかを理解できない人がいる。
想像力が足りない人に、どれだけの写真を見せても、どれだけの言葉で説明しても、どれだけの手間をかけても、わかってもらうことは難しい。

エラは、つい最近、学校の授業で、原爆のことを学んだ。そのことについて、わたしはまだ彼女に、どういうふうに感じたのか尋ねていない。
その彼女に昨夜、日本から直接、ラジオのインタビューの依頼が入った。まずはわたしのところに確認の電話がかかり、わたしが彼女に事の詳細を伝えた。
やはりN◯Kのラジオ局だった。
彼女は13才だが、とてもしっかりしているし、自分の意見をちゃんと持っている子なので、インタビューは全く問題無いと思い、彼女も快諾してくれた。
そのインタビューが行われている時に、旦那がふと、「生で彼女の声が流れるのに、大丈夫かなあ」と心配した。
多分また、あのことを心配しているんだろうと思ったけれど、彼女は原爆を正しかったなどと思う子ではないと確信していたので、「大丈夫」と旦那に言った。

インタビューは和やかに、順調に進み、受け答えしている娘の様子を見ていた両親も、自分の娘がなかなかしっかりしていると再認識した、と嬉しそうに言っていた。
ただ、インタビュー中、9.11のことが一言も無く、原爆のことを何回か聞かれたのは少し解せなかった、とエラは言っていた。


正しいと思おうが、正しくないと思おうが、核兵器なんてものがこの世に存在することは絶対に間違っている。

それを必死で、本当に死に物狂いで、声を大にして伝えていかなければならないと思う。

わたしは日本人で、広島と長崎の魂を背負っている者のひとりとして、これからもずっとずっと、核兵器がこの地球上から消えてしまうまで、できることを見つけて続けていきたいと思う。

エラとオーウェンは、あのコンサートに参加したことで、日本にとても興味が出て、日本の歴史を学ぶクラスを選んだり、文化教室に通い始めた。
それでハッと気がついた。
そうだ、わたしは職業柄、アメリカの子供達と接する機会がたくさんある。
ピアノのレッスンをするだけではなく、別の時間を作って、日本の音楽や文化を伝えたり、平和の大切さを一緒に考えたりできたら……。

被爆ピアノは、ただ弾いたことだけでは終わらない、なにか不思議な意識の種を、わたし達に植えつけてくれたような気がする。


コメント (8)
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