我、再び駆ける。

ADV150・MT-03・4D9マジェスティなどを購入したことから、これらのバイクについて紹介していくブログです。

パナソニック・ミュージアムにお出かけです。(その2:ものづくりイズム館)

2024年07月22日 | 昔ネタ
前回の「松下幸之助歴史館」の後、隣接する「ものづくりイズム館」に到着。

前回記事で紹介しなかったのですが、私と家内が見学していると、多分、パナソニック(以下、Panaと略)と提携している中国企業の方々(それもVIPぽい)も見学中で、大量のPana社員が同行し(配置し)緊張感で一杯。
そんなところで私が撮影していると、「撮影は結構ですが、あちらの皆様を撮らないようにご注意願います」と小声で注意を受けました。そんなところで、私らも遠慮がちに見学というか緊張気味で(^^)、一部は詳しく紹介できない点をご容赦ください。

こちらの「ものづくりイズム館」は、過去のPana製品が展示されています。先ずは入口に置かれているクーラー、テレビ、電子レンジetc。



この臼のようなモノは何?でしたが、何と1951年(昭和26年)の洗濯機でした。^^



続いてテレビの移り変わりをどうぞ。昔は何故か家具調テレビが多かったですね。











クイントリックスというのが懐かしく。坊屋三郎さんが外人と掛け合い、「発音ダメだね」なんて坊屋三郎さんが言っていたテレビCMでした。^^





私的には、こんなテレビが我家にあったのを思い出されます。ウルトラマンやエイトマンを観ていたのは、正にこんなテレビでした。(^^)



続いてラジオです。1931年(昭和6年)のラジオ。「当選号」という名前が何とも言えません。



左が戦前のラジオ。右側の二つは、昭和20年代後半(1953年頃)のラジオです。



時代は大きく進んで、昭和50年代半ばのラジカセ。正に私の青春時代のアイテム。^^



1952年(昭和27年)の扇風機と、1953年(昭和28年)の真空管ラジオ。



1960年(昭和40年)の食器洗い機。



1966年(昭和41年)の洗濯機。「うず潮」というネーミングが泣かせます。





同じ洗濯機ではありませんが、「うず潮」のテレビCMです。



続いてオーディオ関係。Panaのオーディオ(ステレオ)関係のブランドは、テクニクス。DD(ダイレクトドライブ)のレコードプレイヤーは、私も使っていました。ターンテーブル横の黒い凹部分が停まって見えると、回転数(33・45・78回転/分)が合っています。



ビデオデッキ。最近は見かけなくなりました。



ノートパソコン。Panaのレッツノートは、現在も高価なパソコン。右側のシルバーのモバイルタイプを、WinXPの時に購入。冷却ファンレスで、排熱はアルミボディ全体で放熱。されど夏場は放熱が追い付かず、時にフリーズ状態。このため、パソコンの下に薄く冷えた保冷剤を敷いて使っていました。^^



現在も私がメインで使っている、デジカメのルミックス。



他にも展示家電は一杯並んでいたのですが、このあたりで。ここからは、家電以外の展示物。1970年(昭和45年)の万国博覧会で、SANYO(三洋電機)館で展示されていた「人間洗濯機」です。





私は小学校の遠足で、実際に万博会場で見ました。それも水着を着たモデルさんが入浴?しているところ。万博のロゴが懐かしい。



SANYO(三洋電機)は2011年にPanaに買収されたので、パナソニック・ミュージアムに展示されているのでしょう。
ちなみに、SANYO(三洋電機)の創業者である井植歳男さんはPanaの創業にも関係し、松下幸之助さんの奥様の弟です。このためSANYO(三洋電機)とPanaとは、友好関係がある企業でした。

続いて「ナショナル坊や」。ナショナルの電気屋さんの店頭に置かれていました。しかし私的には、あまり記憶が無く。日立店のポンパや東芝店の光速エスパーは、よく憶えています。







1970年の万国博覧会で埋められた、松下館のタイムカプセル。5千年後ということは、西暦6970年。人類は生き残っているのかな?です。





他にも撮影禁止エリアで、昔のPanaテレビCMが数多く放映されていました。その中から、一つだけ紹介。♪明るいナショナル ラジオ テレビ なんでもナショナル♪でしたね。



見学も終わると、500円のガチャガチャ。こんな昔の家電が出てきます。





チャレンジすると、炊飯器が出てきました。^^



入口に戻ると、お土産が並んでいました。その中から、ナショナル坊やの貯金箱に注目。



この中から、水色の台座を購入。(帰りの西三荘駅で撮影)



それでは、神戸に戻って昼食としましょう。行路の反対経路でJR三ノ宮駅に到着。



駅近くの、我家ご用達の神戸中央市場直送の海鮮居酒屋さん。



以前、バイク仲間である播州支部でオーダーした昼飲みセットが気になりますが、帰りのライズの運転があるので不可。^^



殻付きウニも非常に気になりますが、



ノーマルな寿司定食。(税別980円)



パクパクと食べ終わり、JR三宮駅西口改札前の御座候と551でお買物。





551は380円の肉団子だけでも、立派な紙袋に入れてくれます。



肉団子は、お酒のアテによし、ご飯のおかずによしとお勧めです(新快速車内で撮影)。明石駅に到着し、この日のお出かけは終了です。



この度のパナソニック・ミュージアムですが、退職したら行きたかった施設。やっとこさ行けましたので、十分に満足でした。また古い家電を見ていると、子供の頃を思い出した次第。
実はPanaの歴史には、私の好きな旧日本海軍機(明星)もあるのですが、そこは小さく紹介されている程度。また機会があれば紹介しましょう。
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パナソニック・ミュージアムにお出かけです。(その1:松下幸之助歴史館)

2024年07月19日 | 昔ネタ
7/10(水)は、家内と明石駅から新快速に乗ってお出かけ。

尼崎駅からは、東西線に乗換え。





到着したのは京橋駅。



京橋からは久しぶりの京阪電車。^^





そして、到着したのは西三荘駅。



この西三荘駅近くに何があるのか?というと、「パナソニック・ミュージアム」です。西三荘駅は門真市となり、パナソニック(以下、Panaと略)の本社工場となります。



西三荘駅からは、歩いて3分ぐらいで到着。





入口警備員さんから「いらっしゃいませ」の挨拶を受け入場すると、Panaの創業者である松下幸之助さんの銅像がお出迎え。



パナソニック・ミュージアムは、「松下幸之助歴史館」と「ものづくりイズム館」の二つの施設となります。今回は、先ず「松下幸之助歴史館」から紹介しましょう。ちなみに企業ミュージアムですから、会社の広報施設。入場料は無料です。

入館すると受付のお姉さんからパンフをいただき見学の開始ですが、展示は松下幸之助さんの紹介もあるものの、Panaの社歴の紹介でした。



Pana本社工場の配置図。



これが1933年(昭和8年)における、門真でのPana本社工場のスタートです。



内部の展示はこんな感じ。ドーナツ的に展示を見て行くような配置です。



Panaのスタートは1918年(大正7年)ですが、最初の製品は二灯用差し込みプラグでした。







これは、当時、各家庭には電灯が一つしかなく(電気回路は1回路しかなく)、電灯を追加したり他の家電製品を使うことはできませんでした。このため差込プラグ(コンセント)を増やすために用いられたのですが、こいつが爆発的に売れました。現在の「電源タップ」に近いところです。

しかし製品といえども、エボナイトを手で練り型を起こすというハンドメイド。こんな感じで、一つずつ紙で包んで包装していました。



当時の社員が着ていた法被。昔の大工さんのようです。



昭和初期の乾電池。現在の単1~5電池などとは規格が異なります。



1936年(昭和11年)の扇風機。





戦前の電気あんか、電気ストーブ、電気アイロン。アイロンのコンセント形状が電球の差込口と同じなのは、前述の二灯用差し込みプラグに接続するためです。



懐中電灯兼自転車用ライト。前述の乾電池を用いたのかな?こちらも爆発的に売れました。1927年(昭和2年)の製品です。



こちらは、1960年(昭和35年)のカラーテレビ、1958年(昭和33年)のクーラー(除湿機能があるエアコンではない)、1959年(昭和34年)の電気炊飯器です。



1960年(昭和35年)に、カラーテレビが販売されていたとは驚き。当時、カラー放送は、ほとんど無かったと思います。



こちらは、1952年(昭和27年)の白黒テレビ、1953年(昭和28年)の冷蔵庫、1954年(昭和29年)の洗濯機。



ローラー式の脱水装置が懐かしい。我家では、私が小学校高学年頃までは、ローラー式の脱水装置付きの洗濯機でした。(^^)



昭和40年代前半の乾電池、シェーバー、トランジスタラジオ



こちらの乾電池は私が小学生低学年の頃、おもちゃや電動プラモを動かすのに使いましたので、記憶があります。



販売年を見落としましたが、多分、昭和40年代の掃除機でしょう。



大体ですが、30分ほどで見学は終了。次に向かうは隣接する「ものづくりイズム館」ですが、画像が多くなるので「その2」に続きます。
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60年代・70年代アニメを彷彿する日本建設工業のCM。

2024年07月14日 | 昔ネタ
来週ぐらいには梅雨明けかもしれせんが、毎日が雨が降りそうな天気に加え蒸し暑い。そんなところで、お出かけする気にもなれず手短な話題です。

先日、地元のサンテレビで阪神タイガースの試合を観ていると、何だこりゃ?のCMが流れました。日本建設工業のCMです。



まんま昭和の時代である、60年代のTVアニメを彷彿するCM。それが令和の時代に放送されていたのです。
0:18から登場するキャラである「日本犬」「セツ子」「ウギョ~」ですが、これを並べて読むと「ニホンケンセツコウギョウ~」となり、日本建設工業となる凝りよう。^^
さらに0:13に登場する敵キャラはトラとブルドッグで、これは「トラブル」を表していて、トラブルにも対応する企業PRです。(^^)

ちなみに、若い方は60年代のTVアニメはご覧になったことがないでしょうから、「サイボーグ009」のオープニングをどうぞ。始まりは、上記の「日本犬」「セツ子」「ウギョ~」が登場する場面と同じです。



こりゃすごいなあ!と思っていると、何と二作目がありました。画面サイズの縦横比が現在の16:9ではなく、昭和の頃の4:3というのも泣かせます。



こちらは、70年頃のTVアニメ「赤き血のイレブン」に近い雰囲気かな?



ところで日本建設工業とは何の会社?ですが、調べてみると火力・原子力発電などの電力プラント建設の会社でした。ですから上記CMの「星のタービン」とは、発電させるための蒸気タービン。「俺たち!ボイラーズ」とは、発電用の蒸気を発生させるボイラーです。

何にしても、これだけのCMを製作するには一定の会社経費が必要。他にもCMの「案」はあったでしょうが、このアニメ版を採用した会社経営陣に拍手です。^^
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「スカッとさわやかコカ・コーラ」のTV・CMです。

2021年05月22日 | 昔ネタ
今日は久々の晴天。されど、あまりに今週の仕事が多忙でクタクタ状態。「播但線を走っていた現存する蒸気機関車」ということで、姫路や西宮に行きたかったのですが、これは後日としました。
そんなところで、今回は、最近、よく観るYouTube動画を紹介しましょう。多分、60歳前後以上の方でないと異次元です(^^)。ちなみに、私は中学生でした。



全部観ていただきたいのですが、無理であれば6:08からの「ピンキーとキラーズ」のところを観ていただきたいところ。
今、あらためて観ても、ピンキーとキラーズは「おしゃれ」です。当時、爆発的な人気だったことが分かります。

続いて観ていただきたいのは、9:49から登場するD51-1045号機です。このCMを観た時、私は「あっ!」と驚きました。このCMが流れる半年ほど前に、柘植駅(草津線、関西本線)で撮影したからです。D51-1045号機は、奈良機関区所属でした。
多分、1972年頃にロケ撮影されたと思います。動画の画質が悪いので、静止画でD51-1045号機をどうぞ。



このCMソングですが、前半は「赤い鳥」で、中盤はピンキーとキラーズが歌う「The Real Life」です。
「赤い鳥」はご存知だと思いますが、「翼をください」が有名で、後に「ハイ・ファイ・セット」と「紙ふうせん」に分かれ・・・ご存知なければ結構です。^^

私的には「翼をください」よりも、「赤い鳥」では「忘れていた朝」の方が好きでした。



何かコカ・コーラのTV・CMから離れて行っていますので、少し話題を戻して・・・全編をご覧になれば、どれも明るく楽しい青春を描いています。

当時は、まだまだ学生運動が盛んで、多くの若者が角棒を握り、ヘルメットをかぶってデモ行進していた時代です。しかし時代は変わりつつありました。このTV・CMは、大人たちが「あなたたちは、人生でこんな楽しい時を迎えているのです」というメッセージを発しているような気がします。^^

このTV・CMに登場する方々は、現在では75歳前後でしょうか。今回は前述のとおり、高齢者向きの話題となりましたね。最後に、現在(と言っても2年前)の音楽ライブ動画をどうぞ。楽しい曲ですが、何万人という方が手を振っている姿に、不思議と涙が滲みます。


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クルマの「走るよろこび」は終わったのか。

2019年11月23日 | 昔ネタ
最近、土日も出勤するのでネタ不足。そんなところで、よく観るこんな動画をどうぞ。



いやぁ~何かワクワクしますね。少し前のマツダの動画ですが、今や忘れかけている「走るよろこび」を思い出させました。

バイクと同じで何台もクルマを所有した私ですが、今まで一番「走るよろこび」を感じたのはコイツです。



KP61スターレット。OHV1300cc・シングルキャブ(画像のSiはEFI)という何の特色も無いエンジンを搭載したクルマですが、何せ800kgぐらいの超軽量にFR駆動。その後、FF化されたスターレットは「かっ飛び」で宣伝していましたが、KP61は「ぶっ飛び」だと自負していました。(^^)

TOM'Sのラリーホイール+ADVAN・HF-D、MOMOの小径ステアリングで、荒れた路面ではテールスライド・逆反なんて簡単。本当に乗っていて楽しいクルマでした。ガラス・サンルーフ(ムーンルーフ)をメーカーオプションで付け、シートを倒し雨が落ちるのを眺めていたものです。(全てが懐かしい)

それがですね。現在のクルマはやたら「低燃費」「安全性」「快適性」ばかり目立ち、「つまんないクルマ」なんて目で見てしまいます。

何でも、FRのS13・シルビアが高価で取引されているとか。私と同じことを思っている方が多いのかな。現行車では「86」などがありますが、あまりに高すぎ!150万円ぐらいの軽量FR車出ないかな~です。^^


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映画「アルキメデスの大戦」を観てきました。

2019年08月12日 | 昔ネタ
今日は自宅を8時前に出発し、こんな感じでBW'S125を停めます。ちなみに駐輪料金は、こんなところ。以前はあちこちに停め放題だったのですが、キレイに整理されたと同時に料金が発生しました。(涙)



目的地はイオンシネマ。お盆休みということで、朝から大変賑わっていました。



上映中の映画は、こんなところ。



この中から、「アルキメデスの大戦」です。ミリタリー・マニアの私ですから、この映画は観ないといけないでしょう。^^

ブロ友のピィさんが、先日、観られた「天気の子」の大きなポスターが貼られていました。



「アルキメデスの大戦」が上映されるスクリーン6は、上映前には7割ぐらいのお客さんの入りとなりました。



それでは「アルキメデスの大戦」の予告編をどうぞ。



で、映画の感想ですが、さすがにVFXの山崎貴監督作品です。戦艦大和の戦闘や沈没シーンは「さすが!」と唸らせる作品でした。但し、ストーリー展開は・・・決して戦争映画ではございません。戦闘場面は、最初の10分ぐらい。後は、ある意味、ヒューマン・ドラマです。(^^)



映画の後はササッと帰宅しましたが、以前からこの時期になると8月15日の太平洋戦争終結ということで、戦争映画がよく上映されます。かって東宝は「8.15シリーズ」ということで、「沖縄決戦」や「山本五十六」などを上映しましたが、今回の「アルキメデスの大戦」もその流れを汲むものでしょうか。

私と同年代の方ならご存知でしょうが、小学生の頃、少年漫画雑誌(サンデー、マガジン、キング)は、何故か零戦や戦艦大和の記事が多かったです。いわゆる「戦争ブーム」と呼ばれるものですが、いろいろ調べるとこんなサイトを見つけました。






上記のサイトをご覧になれば、「なるほど」と思われるでしょう。良くも悪くも私と同年齢の方々は、頭の中にはPCのOSのように、零戦や戦艦大和がインストールされているのです。模型屋のショーウィンドウには、大きな戦艦大和のプラモデルが飾られているのが定番でした。^^
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極寒なので、ウルトラQをノンビリと。

2019年02月09日 | 昔ネタ
今日から3連休ですが、極寒ですね。そんなところでノンビリとHulu(ネットTV)三昧です。観るのは、私と同じ年代の方なら懐かしのウルトラQです。1966年に放送されましたので、もう50年以上前のTV番組です。このオープニングが印象的でしたね。

全28話放送されましたが、印象に残っている怪獣達です。先ずゴメスとリトラ。ちなみにゴメスは東宝怪獣映画のゴジラで、リトラはラドンをリメイクしたものです。予算削減のためか、使い廻しされています。^^



続いてカネゴン。現在でもソフビが売られています。やっと人間に戻れたら、両親がカネゴンになっていたというオチが最高でした。






一番好きな冷凍怪獣ペギラ。子供の頃にプラモを買ってもらい、現在はソフビを所有しています。(^^)



ガラモンです。ウルトラマンでは「ピグモン」という、人間の味方となる怪獣で再登場しました。



ウルトラQの主演者の皆さん。左から星川航空・戸川一平役の西條康彦さん、中央は毎日新報社会部・女性カメラマン役の桜井浩子さん。桜井浩子さんは、ウルトラマンでも出演されました。そして星川航空・万城目淳役の佐原健二さん。佐原健二さんは、東宝映画やTVドラマの悪役でも、結構、出演されています。



現在の、上記の御三人さん。50年という年月を感じます。



他に印象に残っているのは、右側の一の谷博士役の江川宇礼雄さん。「万城目くん」というセリフが印象に残っています。江川宇礼雄さんはドイツ人とのハーフ(父親がドイツ人)ですが、ウルトラQが放送された4年後に亡くなられました。



ウルトラQはモノクロ放送でしたが、10年ほど前にカラー化されDVDなどで発売されました。カラー化された動画をどうぞ。



ついでにウルトラマンも紹介。オープニングですが、先ずは「ウルトラQ」というタイトルが登場。ウルトラQの続編ということでしょうか。「空想特撮シリーズ」というのが、昭和を感じます。






スペシウム光線です。^^



続いてウルトラセブン。エメリウム光線でしたっけ?(笑)






こんな感じでダラダラとTVを・・・前述のとおり、もう50年の年月が過ぎました。ウルトラセブン放送の頃の私は、確か10歳ぐらい。気が付けば、私自身も今年度で定年退職となりました。
先日、退職金や年金予定額が知らされましたが、あまりの少なさに愕然。あわよくば「クルマの買い替えを・・・」なんて思いは、瞬時に消え去りました。(涙)
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初日の出のご案内とラジオ塔で、「よいお年をお迎えください」です。

2018年12月30日 | 昔ネタ
昨日は年末大掃除の合間に、JOGでお出かけ。新年・大蔵海岸での、初日の出のご案内です。

バイクで来られる方は、駐輪場もありますが、



駐輪場の地面は土のため、こちらに停めましょう。^^



場所はR28沿いで、道向かいは「ステーキガスト朝霧店」になります。クルマで来られる場合、大蔵海岸駐車場は初日の出の見物で満車となるので、JR朝霧駅の北側周辺駐車場が無難です。



集合場所は、ビヤ樽を使ったヨットである「モルツ・マーメイドⅡ号」付近です。ここに、1月1日の6時半に集合です。電車での参加の場合、JR朝霧駅から跨線橋を渡り、徒歩5分です。(^^)



ちなみに日の出は7:06ですが、実際に初日の出が拝めるのは7:15ぐらいとなります。もし集合時間に遅れた場合、東側のベランダ海岸の方で初日の出を待っています。



こんなところで初日の出の案内を終わり、R28を西進すると、こんなのが立っています。






これは「ラジオ塔」ということで、ウィキ(抜粋)によると、

ラジオ塔とは、ラジオの普及を目的として、公園などに設置されたラジオ受信機を収めた塔である。正式には「公衆用聴取施設」という。
1941年(昭和16年)以前はラヂオ表記であったが、1942年(昭和17年)からはラジオ表記に変っている。


このラジオ塔は「塔オヂラ」と表記されていますので、上記のように1941年以前に設置されたものでしょう。何にしてもNHKがラジオ放送の普及を図ることと、政府からのメッセージを素早く国民に伝えるために設置されたのでしょう。



目の前はR28。私が子供の頃は、R28の南側はすぐに海岸でした。



そしてラジオ塔の西側には、今は無い明石市立水族館(1957年開館。1972年閉館)がありました。



現在は、こんな感じになっています。



おそらくですが、戦前は白砂青松の公園であり、このラジオ塔からラジオ体操が流れていたと思います。さらに終戦の玉音放送も流れ、ここで皆さん姿勢を正し「堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ・・・」という昭和天皇からの声を聞いたのでしょう。そう思うと、昭和の歴史を物語るモノです。

このようなことから、「登録有形文化財」として登録されています。



自宅に戻りながら、初詣に出向く神社です。正月準備は完了していました。^^



それでは、こんなところで・・・今年も、このブログをご覧いただきありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
皆さん、よいお年をお迎えください。
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懐かしのヒーローです。

2018年04月07日 | 昔ネタ
今日は日本海側に行くぞ!と準備していたのですが、この雨雲の様子・・・さらに寒の戻りで寒く、一気に走りの気持ちもダウン。そんなところで暇つぶしに、私が子供の頃にTVでよく観た懐かしのヒーローです。

一気に5作品をどうぞ。60歳前後の方であれば、超懐かしい!でしょう。若い方はスル~してください。(^^)

「スーパージェッター」(1965~1966)


「宇宙少年ソラン」(1965~1967)


「遊星少年パピイ」(1965~1966)


「少年忍者 風のフジ丸」(1964~1965)


「サイボーグ009」(1966~1968)


小学校も高学年になると、この「サンダーバード」に夢中でした。当初はNHKで放送され(1966~1967)、その後はTBS系(1967~1968)で放送されましたが、私がよく見ていたのはTBS系の放送です。イマイのプラモをよく買いました。^^

「サンダーバード」


続いて実写版。ナショナル(Pana)と東芝です。(^^)

「ナショナルキッド」(1960~1961)


「光速エスパー」(1967~1968)


最後に比較的新しいところで・・・と言っても今から40年前。学生の頃、下宿のTVで観せていただきました。当時のアメリカの白バイはZ1000です。

「白バイ野郎ジョン&パンチ」(1977~1983)


こんな感じでブログ原稿を作成していると、晴れ間も広がり・・・まあ日本海は逃げません。次の機会としましょう。^^
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懐かしの西明石・小久保こ線橋

2018年01月20日 | 昔ネタ
今日は、本当に近くをMT-03でブラリです。到着したのは明石市の「花と緑の学習園」です。知り合いがいるので、以前から「一度、来てください」と言われていました。^^

こちら(西側)が正面玄関となります。



館内は家庭園芸をされる方への相談コーナーがあります。(他には学習室も)



全体的には、こんな感じです。



それでは見本園を見てみましょう。



冬場で花も少ないのですが、適当に撮影。(本当に適当^^)









今日、こちらに来た本当の目的は、隣の公園で保存されているこの鉄橋を撮影するためです。



この鉄橋は「小久保こ線橋」と呼ばれる鉄橋です。JR(国鉄)の線路を跨いでいた鉄橋ですが、解説パネルも置かれています。鉄橋そのものを輸入したということで、当時(明治時代)の日本の橋梁技術が伺えます。




字が小さく読み辛いでしょうから、要点だけ紹介しましょう。

小久保こ線橋は1994年(平成6年)まで使用されていたもので、新しい橋の架設に伴い、二連あったうちの一連がこの公園に移された。
1890年(明治23年)、当時の九州鉄道株式会社が鉄道橋として、ドイツのハーコート社に発注し、技師ヘルマン・ルムシェッテルの指導の下で建設された70連あまりのトラス桁の一つである。1927年(昭和2年)に明石に移設され、人と車が通る跨線橋として使われた。


この鉄橋は私にとって非常に思い出深い鉄橋で、卒業した小学校の校門から見えていました。幅が狭いため、南北を行き来きするクルマは、信号で交互に渡っていたものです。

登録有形文化財です。



それでは鉄橋の画像をどうぞ。明治時代の鉄橋ということで、とても興味深いものでした。






やはりモノクロ画像がいい感じです。



この鉄橋が架かっていた場所が見える西明石駅に行ってみました。



この画像(ウィキから拝借)は1946年(昭和21年)に撮影された西明石駅ですが、黄色四角部分に小久保跨線橋が写っています。ちなみに昭和21年というのは太平洋戦争の終戦翌年ですが、白帯の入った車両は進駐軍専用車両で日本人が乗ることは許されませんでした。



拡大画像です。上記の保存されている橋と同じであることがお分かりかと思います。



上記の画像を撮影したと思われる場所で撮影します。黄色四角部分が、鉄橋に代わって架けられたコンクリート橋です。(何か関西TV・報道ランナーの「兵動大樹の今昔さんぽ」みたい)



街並みも、随分と変わっています。電車区の事務所(かな?)の屋根が邪魔なので、角度を変えて再度撮影です。黄色四角は、同じく新しいコンクリート橋です。



今昔の画像を観られて、「ん?ホームが無い」と思われたでしょう。そんなところで入場券を買って、



現在のホームを撮影です。西明石駅の在来線は橋上駅ですが、戦後しばらくの間、ホームは東側にあり、その後、西側に移設されました。



私が子供の頃、西明石には3年間住んでいましたが、その頃と変わらないホームのトイレです。(乗客には極めて使い勝手が悪いトイレ)



ついでに新幹線ホームも行ってみましょうか。新幹線改札口近くの駅弁屋さんです。「ひっぱりたこ飯」は、全国でも有名な駅弁の一つです。



下りホームに上がると、「ひかりレールスター」(700系)車両の「こだま」(博多行)が、「のぞみ」の通過待ちでした。



同じ撮鉄さんと談笑していると、上りの「のぞみ」が西明石駅を猛スピードで通過しました。200km/h以上の速度です。間近で200km/h以上の物体が通過する様子は、普段の生活ではなかなか見ることは出来ません。^^



次に向かうは、新しい「小久保こ線橋」です。卒業した懐かしの小学校の校門前にMT-03を停めます。



校門の位置は、私が小学校に通っていた頃に比べ、北に10mほど動いた感じです。昔、校門を出ると、両サイドには文房具店が競い合うようにあったのですが、両店とも閉店していました。



さて「小久保こ線橋」ですが、小学校の校門を出ると、こんな感じで見えていました。



新しい「小久保こ線橋」は車道が2車線となり、両脇には広い歩道も整備されています。しかし、どうも味気ない感じです。



橋の中央部から見た西明石駅です。先ほど、黄色部分の窓から撮影しました。(^^)



それでは帰宅してからの仕事が待っているので、昼食を済ませて帰りましょうか。昼食は「まいどおおきに食堂」です。



今日の昼食は、こんな感じ。ごぼうと鶏肉の炊き込みご飯、あさりの味噌汁、揚げ出し豆腐、玉子焼き、ポテトサラダというヘルシーな内容。このお店も丸亀製麺と同じで、ついつい取り取り過ぎてしまいますが、最後の会計で「えっ?」という驚きのお値段になるので要注意です。(笑)



帰宅してからのお仕事とは、木曜日にこんな荷物が到着したからです。



中身は、ご覧のように無線(Wi-Fi)ブロードバンドルーターです。何故かg帯だけ突然切れることから買い替えました。(もう5年ぐらい使っているし)



以前のルーター。(左側)



新しいルーター(左側)。同じNECです。帰宅すると、セットアップは我家のSEさん(息子)がほとんど済ましていました。^^



後は、ちょこちょこと設定して終了。Win10になってから楽ちんです。ネット画面もスグ開き、複数台のPCやiPadで動画を観ても止まらず安定しています。やはり新しいのはエエなあ~と思ったものです。

何か今回の記事は、ツーリングネタというか、昔ネタというか、鉄道ネタというか、よく分からない内容になりましたね。今日は暖かい一日でしたが、やはりMT-03でのお出かけは近場となってしまいました。
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