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瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』その5

2022-04-25 05:09:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 小学五年生になる前の春休みにお父さんがいなくなって、七ヶ月が経つ。お父さんが出て行ってから、私は一週間に一度は手紙を書いた。(中略)ただ、ブラジルへの手紙の送り方はわからなかったから、出すのは梨花さんに頼んだ。(中略)お父さんから返事が来たことは一度もなかった。(中略)
  お父さんが出て行って二ヶ月ほどで、梨花さんは「養育費だけではとても生きていけない」と働き始め、その一ヶ月後に「家賃が払えないし、二人にはこの家は大きすぎる」と、私たちは小さなアパートに引っ越した。(中略)梨花さんは、お金が余れば余った分だけ、使ってしまう。そのおかげで、(中略)貯金はきれいになくなり、秋になってからは「今月は苦しい」と嘆く暮らしが続いていた。

(中略)
「保険の営業なんてどうかなって思ったけど、私に向いてるわ。いろんな人と話せるし、私のこの愛想のよさがはまってるみたい」
 仕事を始めたばかりの時も、梨花さんは、そうはりきっていた。

(中略)
 大家さんは一人で暮らしているからか、私が行くと本当に喜んで、(中略)毎回、畑で採れた野菜だとか知り合いにもらった和菓子だとかをたくさん持たせてくれた。(中略)
 私は不幸ではない。梨花さんとの生活だって楽しい。けれど、どうしたって寂しいし、お父さんが恋しい。(中略)

(中略)
 大家さんは(中略)私に封筒を差し出した。
「これ、優子ちゃんに」(中略)
「二十万?」(中略)
「もらってほしいからだよ。この家出るからにはすっきり片付けたいしさ。(中略)まあ、お守りだと思って持っときな」(中略)

 冬休みは大家さんの家の片付けを手伝った。老人ホームは満員のところが多く、大家さんが入るホームはずいぶん遠い場所だという。(中略)

 あの時もらった二十万円は、今も使っていない。本当に困ったことは、まだ起きていないのだろうか。

(中略)

 翌日、教室に入るや否や、林さんと水野さんが、
「ねね、超かっこいいんだってー?」
「何が?」
「森宮さんのお父さんだよ。漫画みたいだよね」(中略)昼ごはんも一人だったし、一人で家へと帰った。でも、ほんの少し空気がほどけたのは確かだ。私の生い立ちは、ごくたまにいい効果をもたらしてくれることもあるみたいだ。

(中略)

(中略)
「なんか、大事になっちゃってごめん」
 校舎から出ると、萌絵はそう言った。
「別に萌絵が悪いわけじゃないよ」(中略)
 それから、少しぎくしゃくしながらも三人であれこれ話して駅へと向かった。久しぶりに友達と帰るのは楽しかった。(中略)

 その翌日。
 萌絵と史奈と駅まで帰り、バスから降りて家へ向かうと、マンションの前に浜坂君がいた。(中略)
「あのさ、三宅から聞いたんだけど、俺が原因だって」
「原因?」(中略)
「ほら、なんていうか、墨田とかが森宮にからんでたのとか、田所ともめてたのとか」(中略)
 もう解決したことなのに、掘り返すようで気乗りしなかったけれど、浜坂君に「教えてほしい」と何度も言われ、私は萌絵に仲を取り持ってほしいと頼まれた一件を話した。(中略)

 十月も中旬を過ぎると、秋は一気に深まっていく。(中略)二学期の最期には合唱祭がある。(中略)

「ピアノは、森宮さんでいいよね」
 学級委員の田原さんが終りのホームルームで言うのに、ぱらぱらと拍手が聞こえた。(中略)

 小学六年生になると、ピアノを習う友達が増えてきた。(中略)
「ピアノ、習いたいな」
 ピアノは高価なものだとは知っていたけど、そこまで深く考えていなかった私は、梨花さんと夕食を食べながらそう言った。(中略)
「でも、この家じゃ無理だね」と(梨花さんは)言った。(中略)
ところが、一ヶ月ほど経ったころ、梨花さんが、
「ピアノ、なんとかするね」
 と言い出した。(中略)
 それから半年ほど経った、小学校の卒業式の日。夕食後にケーキを食べながら、梨花さんは、
「卒業おめでとう。遅くなったけど、ピアノをお祝いにするね」
 と言った。(中略)
「ここにはないよ。ピアノを弾ける大きい家と一緒にプレゼントするから」(中略)
 翌日、朝からアパートに、四人もの引越し作業員の人が来た。(中略)
「さあ、着いたよ。降りて」
「そう。ここ。この家とピアノと、後、中学入学に向けて新しい父親も一緒に手に入ったんだ」(中略)
「ようこそ、優子ちゃん」
 リビングの大きな革張りのソファに座っていたおじさんが、私を見ると、そう言って立ち上がった。(中略)
 この人が父親となる人だというのは、わかった。(中略)
「泉ヶ原茂雄さん。先週、籍を入れたんだ。結婚したってことね。つまり、優子ちゃんのお父さんになるかな」
 と梨花さんは簡単に説明し、「あー、引越しって疲れる」とソファにどっかと腰をかけた。(中略)
「この人は、吉見さん。料理や掃除やいろんなことをしてくれるんだ。とても親切な人だから、優子ちゃんもなんでも頼んでね」(中略)

(また明日へ続きます……)

瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』その4

2022-04-24 08:17:00 | ノンジャンル
 また昨日からの続きです。

(中略)
「この春休みには、優ちゃんに決めてほしいことがあるんだ」
 お父さんは私の顔をじっと見た。(中略)
「お父さん、会社の転勤で、ブラジルにある支社でしばらく働くことになったんだ。当然日本からは通えないから、向こうで暮らすことになる。(中略)だいたい三年か五年は日本を離れて生活することになるんだ」(中略)
「私は、日本に残るよ」
 と梨花さんは言った。(中略)
「お父さんと梨花さんは別れるんだ。つまり、もう夫婦じゃなくなる。だから、優ちゃんにお父さんと暮らすか、梨花さんと暮らすか選んでほしいんだ」(中略)
「お父さんだって行きたくないんだ。でも、優ちゃんと一緒ならがんばれるよ」(中略)
「でも、友達みんなと離れるんだよ」
 と梨花さんが言った。(中略)
 それは絶対に嫌だった。私にとって、みなちゃんと奏ちゃんは何より大事だ。(中略)
「ブラジルに行けば、今とはまったく違ってしまうよ。私とここに残れば、今と同じ生活ができる」、そういう梨花さんの言葉に、「そんな言い方はないだろう」とお父さんが低い声で言った。
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(中略)
「私、学校変わりたくない」
 三月三十日、私はお父さんに言った。(中略)
「わかった。わかったよ。優ちゃん。ごめんね」(中略)
「どこへ行っても、お父さんは優ちゃんのお父さんだよ」
と当たり前のことを何度も言った。(中略)梨花さんとお父さんが離婚するというのはわかりながらも、それでもまたこの暮らしが戻ってくるのだと、信じていた。(中略)

(中略)
 あの時、私は友達を優先した。(中略)その結果、今がある。(中略)
 ただ、友達は絶対ではない。(中略)
 友達に無視されたって、勉強をおろそかにするのはよくない。(中略)

 二学期の始業式。教室へ向かう怪談で前を歩く萌絵を見つけ、私は「おはよ」と声をかけながら近づいた。
 もう学期も変わったんだ。わだかまりも消えているだろうと思ったのに、萌絵はかすかに笑っただけだった。(中略)
 史奈は元どおりになっていると言っていたけれどm、そうは簡単にいかないのだろうかと萌絵に続いて教室に足を入れると、
「出た!」
「今日もきれいだよね。優子」
 と、矢橋さんと墨田さんが大きな声で言うのが聞こえた。(中略)

「どうだった。新学期?」
(中略)森宮さんが聞いてきた。(中略)
「まあ、そんなたいした問題じゃないんだけどさ、一部の女子に嫌われちゃったみたいで、文句を言われてるみたいな感じ」
私は今日のことを正直に話した。(中略)
「でもさ、矢橋や墨田みたいな女って、どこにでもいるよなー」(中略)
 やれやれ、森宮さんの悪口は小学生レベルだ。けれど、森宮さんと一緒に文句を言っていると、気持ちだけは晴れて、いくらでもそうめんが食べられた。

 翌日、学校は相変わらずの空気だった。(中略)
 昼食の時間になると、「萌絵、史奈食べよう」と墨田さんが二人を誘ってしまったから、私は一人で学食に向かった。(中略)
「何してるの?」
 声のほうに顔を上げると、前には向井先生が立っていた。(中略)
「(中略)こういうの、時間が解決するし、今少し折り合いが悪くなってるだけで、ほっておいてというか、その、まあ見守っててください」
私がそう付け加えると、
「強いのね。森宮さんは」
 と先生は私をじっと見て言った。

 教室に戻った私を見ると、墨田さんと矢橋さんがにやりと笑った。(中略)
「優子、男好きだよね。優子のお母さんって、二回旦那替えてるんだっけ。血は争えないよねー」(中略)
 きっと、二人が家族のことに触れだしたせいだ。みんなうつむいたり、他のことに気を取られているふりをしたりしてる。(中略)
「それで、今は若い父親と二人で暮らしてるんでしょう。ひくわー」
「優子、父親とできてたりして。こわ」(中略)さっさと端的に説明してしまおうと私は口を開いた。
「えっと、その何回も旦那替えているっていう母親は、二番目の母親だから血はつながってないんだ。で、生みの親ははっきりしてるんだよ。母親は小さいころに亡くなって、父親は海外に行ってしまったから身近にはいないんだけどね。母親が二人、父親が三人いるのは事実だけど。で、なんだっけ? あ、そうそう。今の父親。年が近いって言っても、もう三十七歳だよ。それに、どこか変わっている人というか、とても恋愛関係になりそうな人じゃないから。血もつながってない私の面倒を見てくれるいい人だけど……。これで、以上かな?」
(中略)矢橋さんと墨田さんは少々面食らっている。(中略)

(また明日へ続きます……)

ジャック・ペラン氏の死

2022-04-23 22:11:00 | ノンジャンル
 今朝の朝日新聞、東京新聞で、ジャック・ペラン氏の死が報じられていました。東京新聞の記事をそのまま転載させていただくと、
「フランスのメディアによると21日、パリで死去、80歳。死因は明らかにされておらず、家族は「穏やかに亡くなった」としている。
 41年パリ生まれ。パリの国立高等演劇学校で学ぶ。50年代から映画俳優のキャリアを始め、ジャック・ドゥミ監督の「ロシュフォールの恋人たち」(67年)や「ロバと王女」(70年)などで人気を博した。大ヒット映画「ニュー・シネマ・パラダイス」(88年)では主人公の中年期を演じた。映画監督・製作者としても活躍し、自然をテーマとしたドキュメンタリー映画などを手がけた。」
 私にとって、ジャック・ペラン氏は「ロシュフォールの恋人たち」の白いセーラー服の青年役が一番印象に残っていて、晩年に撮った動物のドキュメンタリーでは、渡り鳥が空を飛んで行くのを、横移動で撮ったショットが思い出されます。改めて哀悼の意を表したいと思います。

瀬戸まいこ『そして、バトンは渡された』その3

2022-04-23 00:44:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

(中略)
「私、すごくラッキーなんだよね」
 考え込んでいた私に、梨花さんが言った。(中略)
「しゅうちゃんと結婚しただけなのに、優子ちゃんの母親にまでなれてさ」(中略)
「お母さんって楽しいの?」
{うん、楽しい。(中略)優子ちゃんもにこにこしていたら、ラッキーなことがたくさんやってくるよ}(中略)

(中略)
 梨花さんと暮らし始めてから、いいことばかりだった。でも、橋花さんが家に来ると同時に、おじいちゃんやおばあちゃんに会うことはなくなっていた。(中略)
 血がつながっている身内なのに、あんなに面倒を見てもらったのに、いつしか完全に離れてしまったなんて。(中略)
「(中略)それより、森宮さんは彼女できないの?」(中略)
「なんで?」
「梨花さんがいなくなって、二年も経つし、それに、森宮さんもう三十七歳だし」
「三十七って、若者じゃないか。それに俺は父親を全う中なんだ。こんな多忙なのに、恋などしてる場合じゃない」(中略)

 球技大会当日は、梅雨が近づく湿気を含みながらも青い空が広がる晴れとなった。(中略)
 すべてのゲームが終了し、体育館の生徒たちもグランドに集まってきた。くたくただと言いながら、みんないい顔している。(中略)

 放課後、実行委員で片付けを行うことになった。(中略)
グランドでは、浜坂君がトンボを一人で引いている。(中略)グランドは暑いし、トンボを引くのは重労働だ。(中略)ドッジでたくさん人を当てるより、トンボをスムーズに引けるほうがずっといい。浜坂君のことは好きにはならなかったけど、また何か委員を一緒にやるのはいいな。そう思った。

(中略)
球技大会から一週間後、(中略)みんなで駅近くの喫茶店に行くことにした。(中略)
「萌絵さ、浜坂君のこと気になってるみたいなんだよ」
 と史奈がにやっと笑った。(中略)
「でさ、優子に取り持ってもらえないかなって」(中略)
「浜坂って、優子のこと好きだったんでしょう?」
「ま、まあ、そうかな」
「だったら、その優子が勧めてくれたら、うまくいくんじゃないかって」(中略)
「頼むよ、優子。私ちょっと、本気なんだよね」
 萌絵はぱちんと手を合わせた。
「うん」
「やった! 恩に着る」(中略)

「呼び出しといたよ」
翌日、私が登校するや否や、萌絵がそう言った。
「え?」
「史奈の彼氏に頼んで、浜坂、放課後に美術館前に来てもらうようにしたんだ」(中略)
 萌絵とは二年生から同じクラスだ。一年生の時から仲が良かった史奈と萌絵が親しかったのもあって、そのまま三人でいることが多くなった。(中略)

「あれ、もういたんだ」
 ホームルームが終了して、慌てて美術質の前に行くと、もう浜坂君がいた。(中略)
「実はね」
私が早く済まそうと口火を切ると、
「うわ、すごい嫌な予感」
 と浜坂君が顔をしかめた。(中略)(私は萌絵のことを言い出せずに、浜坂君と別れた。)
 私が教室に入ると、すぐさま萌絵が近づいてきた。(中略)
「なんか、その、うまく言えなかった」
 と告げ、
「ごめんね……」
 と小さく頭を下げた。
 それで許されると思っていた。(中略)
ところが、私の言葉を聞いた萌絵の顔つきは一瞬で変わった。(中略)
「なんだか、気まずくって」
「何が気まずいわけ? 優子って、別に浜坂のこと好きじゃないんでしょう?」(中略)
「あーあ、マジがっかりだわ。優子がそんなやつだったとはね」
 と萌絵は私をにらみつけると、(中略)教室を出て行った。
「なんとか話してあげればよかったんじゃない?」
 黙って聞いていた史奈もそう言うと、萌絵を追いかけ

「おはよ」
 翌朝、廊下で会って声をかけると、萌絵は私をちらりとも見ずに、さっさと教室に入って行った。(中略)私は大多数の女子に無視されているようだ。(中略)
「友達裏切るってないわー」
「本当、最悪だよね」
 目立つことやいざこざが好きな墨田さんと矢橋さんの声だ。気の強い二人にはかなわない。私は気づかないふりをして席に着いた。(中略)

 小学校四年生三学期の終業式。(中略)通知表は今までで一番よく、(中略)これを見たら、梨花さんは「すごいね」って驚くだろうし、お父さんは「友達に優しいのが一番だ」とほめてくれるだろう。(中略)

(中略)
 この二ヶ月ほど、梨花さんとお父さんはなんだかあまりうまくいっていないようだった。(中略)

(また明日へ続きます……)

瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』その2

2022-04-22 01:42:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

 入学式の日。式は緊張して、「はい」と返事をする声が、少し裏返ってしまった。だけど、先生に言われたとおり、大きな声で返事ができたし、「水戸さん、お返事上手でしたね」と式の終わった後で先生にほめてもらえた。(中略)
 私にはお母さんはいないということはもちろん知っている。(中略)にこにこと立っているお母さんたちを見ていると、うきうきとわくわくが詰まっていた気持ちのどこかが、しぼんでいきそうになった。

(中略)
「じゃあ、優ちゃんのママはどうして来なかったの?」(中略)
「ああ、そうだな。ほら、遠くにいるからさ」(中略)
「優ちゃんが大きくなったら教えてあげるよ」(中略)
「(中略)優ちゃんの中身が大きくなったら、お話しする」(中略)
「そんなことより、ケーキを買って帰らないと」(中略)入学式に並ぶお母さんたちを見て小さくなりかけていたうきうきとわくわくは、生チョコケーキのおかげでまたふくらみだした。(中略)

 その後、二年生になった私は、母親について知ることとなった。(中略)

 その後、私の家族は何度か変わり、父親や母親でいた人とも別れてきた。けれど、亡くなっているのは実の母親だけだ。(中略)

 五月最終週のホームルーム。(中略)後ろの席の林さんに背中をつつかれ、小さなメモを渡された。(中略)中には「一緒に球技大会実行委員をやろう」と書いてあった。(中略)先生は、
「じゃあ、最後に実行委員ね。男女一名ずつで、当日の段取りをしてもらうのが主な仕事。誰かやろうという人いない?」(中略)
「じゃあ、俺やります」
 と浜坂(はまさか)君が手を挙げた。(中略)
「森宮さんと一緒に」
 と浜坂君が付け加えた。(中略)
「そうなんだ。森宮さんはいいの?」
 向井先生に聞かれ、
「はあ……まあ」
 と私は小さく首を縦に振った。(中略)

 六時間目が終わると、教室中浜坂君と私がどうなってるのかという話でもちきりだった。(中略)
「本当はさ、球技大会でいいところ見せて、そのあと告白しようっていうプランだったんだけどさ」(と浜坂君は言った。)
「まあな。だけど、森宮、昼休みに一組の関本に告白されただろ」
「ああ、まあ」
「で、急がないとと思って、こういう感じになったってわけ」
「はあ……」(中略)浜坂君のわけのわからない段取りに乗せられてしまったなんて、不愉快だ。
「あ、でも、実行委員にはなったけど、付き合うってことではないよね?」(中略)
「今はな。でも、一緒に実行委員やってれば、なんかいい感じになるだろう?」
 浜坂君はそう言って、笑顔を見せた。(中略)
「みんなの前で、二人で立候補したみたいなもんだから、俺たちもう公認だし」
「コウニン?」
「そ。実行委員やってるうちは、森宮に告白してくるやつはいないってこと」
 なんだそれ。(中略)
 不思議なことに、小学校高学年のころから、私は告白されることが多かった。際立って目立つこわけでもなく、勉強もスポーツもごく普通の私がもてるのは、二番目の母親である梨花さんの影響だ。

「女の子なんだから、好かれなくちゃだめよ。(中略)」(中略)そんな梨花さんが、最初に現れたのは、私が小学校二年生の夏休みだ。

 七月最後の日曜日。近くのショッピングモールに買い物に出かける途中、お父さんは知らないマンションの前で車を停めた。(中略)
「今日はお父さんのお友達のお姉ちゃんも一緒に行こうと思って……。いいかな?」(中略)
 お父さんが言うのに、「いいよ」と答えていると、マンションの中から女の人が出てくるのが見えた。(中略)すらりとした大人の女の人だ。
「梨花です。優子ちゃんこんにちは」(中略)梨花さんはあこがれていたものすべてが詰まっていた。(中略)

(中略)
 梨花さんが現われただけで、誕生日でもないのにかわいいものをいっぱい買ってもらえるなんて。うれしくなるよりびっくりしてしまう。(中略)

 その後、何回かお父さんと梨花さんと三人で買い物に行ったり、遊園地に行ったりした。(中略)
 そして、三年生になる前の春休み、お父さんが、
「梨花さんが、優ちゃんのお母さんになるけどいい?」
 と私に聞いた。(中略)私は「うんうん。もちろん」とすぐに返事した。(中略)
 三年生が始まると同時に、梨花さんが私たちの家にやってきて、三人での生活がスタートした。(中略)
 友達に、
「優ちゃんのお母さん、若くてきれいでいいな」(中略)
 と言われ、私は梨花さんが自慢でしかたがなかった。
 でも、梨花さんはいつまでたっても梨花さんで、お母さんという感じではなかった。

(また明日へ続きます……)