どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

秋の日はつるべ落とし

2018年11月20日 | 日記
いやいやいやいや 昨日のカルロス・ゴーン氏逮捕にはびっくり

地検特捜部は逮捕にあたり かなり慎重に また内密に事を進めたらしい

それにしても フランス政府との摩擦も起こりかねないという話もあり 世の中は 私が生きているようなぼーっとした空気などどこにもないのだなあという気がしてくる

今朝の最低気温は7.4度

いよいよ来てますね という感じ

午後も3時を過ぎると 日の傾きが まもなく夕方がやってくることを告げる

日暮れは物寂しい感じがするという声をよく聞くけれど それはこの時期に限ってのことだろうと思う

秋の日はつるべ落としと言われるように 単に日の入りが早いだけでなく 薄明の時間も短いためにさっさと暗くなってしまう

そのことと寒さが日に日に増していくことが なんとなく寂しく感じさせるのだろう

日の入りの早さはもうすぐピークを迎え それがしばらく続き ようやく遅くなってきたかなと思えるようになるのは2か月先のこと

一日が短くて なんだか損をしたような気持ち
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どうなることやら

2018年11月19日 | 日記
今週 友人の一泊が予定されているので メニューを考えながら買い出しに行く

毎回 何か新しいメニューを一品加えたいと思ってきたけれど 今回は思いつかないなあ


今日はガス検診の日

生活に大きな変化は無いのに昨年よりも使用量が少ないということは 今年は暖かかったということなのだろうか

そういえば北海道の初雪も今年は遅いとか

とはいいつつも ここ数日で寒くなってきた

昨年は 朝の最低気温が3度だった20日に暖房を入れている

その20日は 明日

さて どうなることやら


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ザワザワする問題が山積

2018年11月18日 | 日記
このところ『日本が売られる』という本が ラジオの幾つかの番組で取り上げられている

例の水問題から始まって 医療・農地・食の安全・労働力など日本の将来を不安視せざるを得ない兆しが あちこちにあることを知らされる

私の関心事はもっぱら「入管法」(移民法だろうと言う人も)と「水道事業の民営化」にあるのだが ラジオでは専門家やコメンテーター 知識人などがこれだけ慎重論を唱えているというのに どんどんと決められそうな予感だ 

国ってものは政財界に生きる人のためだけにあるのか って思っちゃうのは私の僻み?

まあ国民でさえこの程度なのだから 単に安い労働力の担い手としてやってくる外国人をそれ以上のもの 私たちと同じに人生を生きる生身の人間として見ないのも 仕方がないことかもしれない

暖かく迎えられ 優しく接してもらえる場所ばかりとは限らない

勿論 そういう職場や人に恵まれることもあるだろうが 意思疎通や相互理解ができないまま 誤解や偏見を受けて日本を嫌いになる人も増えるだろうし 結果 お互いにとって良くない感情しか残らないということにもなりかねない

日本人にしても その誰もが文化の違う異国の人を大きな心で迎え入れるほどにはまだ成熟していないように私には思えるし ヨーロッパ諸国を見てもその難しさはよくわかるはずだ

貧すれば鈍することもあり 孤独は悪を生むこともある

そもそもどこの国の人であっても 労働の対価はそれに見合った十分なものであるべきだと私は思う

労働力が足りるようになった時 あるいは不況で労働力が余った時 その人たちに国に帰れというのか

ここで暮らした時間が そのひとの生活と人生を作り上げてしまっているというのに

まあ 何やらザワザワする問題が(外交にしても)山積しているけれど 若い人はどうしたって目先のことや自分とその周囲の出来事で手一杯だし(傘が無いことのほうが問題となるわけ) 老人はどうせもう先は短いのだからと諦めてしまう

今決めてしまう事が日本の将来の運命を左右するというのは さんざん歴史で学んできたことだったはずなのに 

そして 私も含め どうなろうとも誰も責任は取らない  
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テントウ虫

2018年11月17日 | 日記
先日 カブを買った

糠味噌に漬けたり 味噌汁の具にしたり 塩揉みにしたりとなかなか使い勝手の良い食材なので よく買う食材である

選ぶ時 特に茎や葉が綺麗なものを選ぶことにしている(勿論 食べるため)

この時は たまたま目に付いた近所の生産農家の作物を売るコーナーにあるものを買って帰った

今朝 お味噌汁にしようとカブを一個 茎の部分を落としてからまな板を見たら 小さな丸い赤いものが落ちていた

テントウ虫だった

数日間 野菜室の中で寒かったことだろう

ナナホシテントウ虫はアブラムシを食べる益虫ではあるし 助けてあげたかったけれど 昔のような庭も草木も今は無いので ゴミと一緒に捨ててしまった

ごめんなさい

でも テントウ虫のついた野菜ってどこかほっとする



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いろはにほへと

2018年11月16日 | 日記
今朝の最低気温も6℃

街ではすでにダウンを羽織っている人もいるし 暖房を入れたという話も聞く

晩秋から初冬に変わるのも もうすぐだ

今月初めに骨折の手術を受けた友人の母親は その後順調に回復しているとのこと 89歳にしてあっぱれ


私のようなパートナー無き者が決して口にしない言葉は 夫だの旦那だのといった言葉

連れ合い 宿六 パートナー 主人 うちの人といったほかに 子供ができればお父さん 孫ができればおじいさんとも言うかもしれない

妻をさす言葉としては中村主水のように奥(殿)から かみさん かかあ 女房などなど

後輩のイケメン君は奥さんのことを「嫁」と呼んでいて 彼にはけっこう似合っていたなあ

我が家では 父は母のことを呼ぶ時には名前だったが 外の人に自分の妻のことを話す時になんと言っていたか 妻か女房ではなかったかと思うのだが 思い出せない

一方 母は父を名前で呼ぶことは無く 外では主人という呼称で話していた

さて「山の神」という言葉もあるけれど これは「いろはにほへと」の「おく」に続く言葉が「やま」

「やまのうえに おく(奥)」があることから「山の上」 転じて「山の神」になったらしいというのを半藤一利の本で読んだが これは本当だろうか

彼の説明の最後に 「いろは」つながりとしてなかなか良い話が載っていたので ついでに書いておく


祝の席で思わず放屁をしてしまった下働きの女性

クビにされて店を出る時に「いろはにほとの字の間(あい)でしくぢつて私やこの家をちりぬるをわか」(=「ほ」と「の」の字の間にある「へ」で失敗してこの家を去ることになってしまったよ~)と詠んだ

主人はその頓才に驚いて 元通りに働いてもらうことにしたというお話

「いろは」で育っていない私には 感心することしきり

 
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