秋が深まってくると、アメリカでは4年に1度の大統領選挙がやってくる。コロナの流行のなかでの選挙は、歴史に残るものになるだろう。現時点でのアメリカでの感染者数は776万人、死亡者数は21万人である。ホワイトハウスにクラスターが起き、大統領夫妻も感染したなかで、11月3日の投票日へ向けて選挙戦を進めている。テレビではニュースで選挙の様子が流されるが、実際の病院や患者、その家族や市民の様子がどうなっているかほとんど知ることができない。
へミングウェイの小説が読みたくなる。彼の父は3歳で釣り竿を与え、10歳で猟銃を持たせた。狩猟好きになったヘミングウェイが、書き上げた『キリマンジャロの雪』は、自らの体験から創作したものだ。夫婦で狩猟旅行にアフリカにやってきたハリーは、キリマンジャロの見える高原で怪我がもとで壊疽を患い、その死までの1日を綴っている。
壊疽の痛みが頂点を越え、意識の底に去来するのは、自身の回想である。パリ、コンスタンティノープル、そして釣りへ行く懐かしい道。フラッシュバックのように回想シーンが現れる。ハリーはこれらをもとにして小説を書くつもりだった。意識が戻ると、傍に妻がいる。いらついて、暴言を吐く。酒を飲ませろとせがむ。そして死が一歩ずつ近づいて来る。
無意識のなかでハリーが乗っているのは飛行機だった。「機は上昇をはじめた。東方に向うらしい。まもなく急に暗くなって、嵐のなかに入った。雨がはげしくたたきつけ、まるで滝のなかを飛んでいるようだった。やがて、嵐をくぐりぬけた。前方に、視野いっぱいに巨大で高くて広いキリマンジャロの四角い頂が、陽光をうけて信じられないくらい純白にかがやいていた。その時彼は、自分が行こうとしているのはあそこなのだと知った。」
こんな無意識なかにいたハリーに声をかけたのは妻であった。もう返事はなく息づかいも聞こえない。キリマンジャロの頂はマサイ語で「神の家」と呼ばれ、一頭の豹がひからび凍りついて雪の上に横たわっている、とヘミングウェイは小説の書き出しに記している。
ヘミングウェイの長編、『日はまた上る』『武器よさらば』も、また再読してみたい気がする。