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日本情緒あふれる古き商家が軒を連ねる近江八幡の町。
その町に点在するアメリカ人ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の洋館が、
町独特の趣と訪れる観光客に楽しみをもたらしています。
近江八幡市内に残る24軒のヴォーリズの建物のひとつ「旧八幡郵便局」をミモロは、
訪れました。
1階の部屋を見た後は、2階へと上がることに。
「ヨイショ、ヨイショ・・・・2階になにがあるのかな?」
それを楽しみに、ミモロは、階段を上ります。
そこは、ヴォーリズに関する資料や写真の展示室。
ヴォーリズの生涯や功績を、詳しく知ることができます。
「ヴォーリズさんってハンサムね。ちょっと好みー」とミモロ。
1905年に、来日したヴォーリズは、ここ近江八幡で、英語教師となり、それと同時に、
キリスト教の精神に基づき、医療、教育などのさまざまな公共事業に携わります。
そして建築家としての才能もを発揮して、数多くの建物の設計を手掛けることに。
彼が、近江八幡、いいえ日本にもたらしたものは、計り知れず、今も、人々の心の中に残っています。
さてヴォーリズは、1919年、日本女性、一柳満喜子と結婚。
1941年には、日本に帰化し、一柳米来留(ひとつやなぎめれる)と改名します。
その文字には、アメリカから来て、日本に留まるという強い決意が込められているのが伝わります。
1964年、83歳で永眠するまで、彼は、近江八幡を、そして日本を愛し続けていたのです。
「祖国を離れて、帰化するって、すごいことだよね。
もちろん今も帰化する人はいるけど、だれもが同じように
ものすごい決意と覚悟を持っているんだよね」とミモロは、ヴォーリズの思いになにかを感じたよう。
突然、窓辺により、外の景色を眺めます。
そこからは、近江八幡の瓦ぶきの屋根や古い町並みが続く景色が。
「きっとアメリカのことや家族のことを思い出したりすることもあったよね」
ミモロは、ヴォーリズの心へと思いを巡らします。
「この町に来て、人々のために力を尽くすことが、彼に与えられた運命って思ったのかな?」
しばらく静かに時を過ごしていたミモロ。
でも・・・「なんか考えごとしてたら、お腹すいちゃった・・・」
突然、自分の現実に舞い戻ります。
*旅のポイント 近江八幡のヴォーリズ建築は、残念ながら、その多くが見学は外観のみ。
「ヴォーリズ記念館」など予約で見学できるところも。
詳しくは、「近江八幡観光物産協会」のホームページで。