ある日、ミモロは、ご近所の方に住む園祇明(そのよしあき)さんに、「ミモロちゃん、能面つくるところ、見たことありますか?」と聞かれました。「能面?ううん・・・。お能は、前に平安神宮の薪能や観世会館で鑑賞してことありますけど…。そうだ、能面は、博物館で見たことあります」と。園さんとミモロは、ご近所の氏神様、粟田神社の大祭で顔なじみ。クリーニング店のご主人の園さんは、剣鋒の差し手です。以前から、面打ちをやっていらっしゃるという話を聞いていたミモロは、身を乗り出してお話しを…。
ミモロならずとも、完成した能面は、博物館などで見たことがあっても、その面を打つところを拝見できる機会は、ほとんどないはず…。
「えーぜひ、拝見したいで~す」と、ミモロは、目をキラキラ輝かせて答えます。
それからしばらくして、ミモロは、園さんのご自宅で、開かれる能面教室を見学させていただくことに・・・。
「いらっしゃい・・・ミモロちゃん…」
ご自宅のお座敷が、お教室。そこにミモロに見せてくださるために、いままで作られたさまざまな種類の面の一部を並べてくださいました。
「うわ~いろんな種類のお面があるんだ~」と、ビックリ。
能面は、その演目、役柄によって、掛ける面がきっちりと決まっています。その数は、約250種類ほどといわれます。能が発達した室町時代から安土桃山時代に、能面の形は確立され、その後は、それを基本に模倣、再現されてゆきます。つまり、今、私たちが目にする能面は、信長などが目にした時代のものと、基本的には、同じといえるかもしれません。
ちなみに、能面のルーツは、奈良時代の伎楽や舞楽面といわれ、室町時代以降、観阿弥、世阿弥が、それまで庶民に伝わる猿楽を、幽玄の能として発展させたことで、能面の形式も、それを表現するものとして形式が確立されてゆくことに…。
さて、園さんが、能面打ちを始めたのは、昭和30年代から。当時、能に関する書籍を販売する会社に勤めていた園さんは、次第に能面の魅力に惹かれていったそう。
中京区の大江能楽堂の奥で始めたアマチュアの能面づくりの会を立ち上げ、そのメンバーとして、いっそう能面と深くかかわってゆくことに…。その会には、サラリーマン、教師、新聞記者、OLさんなど、年齢職業など、さまざまな人が参加したそう。それは、当時話題になって、新聞にも取り上げられました。
そもそも能面は、プロの能面師が、江戸時代ごろまで、世襲により伝えられたもの。観世、金春、金剛、室生、喜多などの流派の能楽師などに依頼されて製作されていました。能楽師の家には、代々、さまざまな面が伝えられ、それを舞台で掛けることが多いとか…。ですから、今でこそ、カルチャー教室などでも、能面打ち講座などがありますが、昭和30年代では、そんなプロの世界のものに挑戦する、素人のサークルというのは、珍しかったそう。サークルの先生は、昭和の能面師、北沢如意氏を迎えて、指導を仰いだそう。
「能面は、完成された様式美であり、それに少しでも近づきたい…そんな思いから、ずっと能面打ちを続けているかも…」と園さん。能面打ちを始めたばかりのころの作品と、今の作品では、同じ種類の面でも、明らかに違いがあるそう。
自由な発想で作られる木彫彫刻や、またある決まり事はあっても、その人らしさを表現する仏像彫刻とは、まったく違う、強烈な様式に縛られた能面。だからこそ、先人の技への憧憬が、創作意欲を掻き立てるのかもしれません。
さて、能面は、翁、老人系、鬼神系、女面系、男面系、怨霊系などに大きく分類されます。
園さんいわく、「能面は、小面(こおもて)にはじまり、小面に終わる…」とか…。小面は、可憐な若い女性を代表する面です。鬼などの面より、凹凸が少なく、シンプルな故に、打ち手の力量が出る面だそう。
男性が演じることが多いからか、女性の面の種類は豊富。若い女性から、年齢を重ねると、面も次々に変わってゆきます。
「わーエイジングしてゆくのが、よくわかるね~」とミモロ。昔の人は、いかに女性の顔を観察していたかが、わかる面です。歳を重ねるって、こういうこと…。眉や髪が薄くなり、目も幾分小さく、頬のハリが下がり、フェイスラインも下膨れ気味…。シワこそありませんが、明らかに年齢を重ねているのが明白、コワすぎる…
こちらは、乱心の女性の面。髪が乱れ、眉間や頬にくぼみがあります。妄想や執念に取りつかれた女性の顔を表すそう。
「心が乱れると髪も乱れるってことね~。眉間にシワもあるよ~」と、ミモロは、恐る恐る見つめます。
「こっちは、もっと悲しそう…」中将と呼ばれる中年貴公子の霊の面。
能には、多くの霊が登場します。その霊が、浮かばれない思いを語るストーリーも多数。「それって、昔の人って、現実の世界では、自分の思いをなかなか表現できなかったことのあらわれかもね~」とミモロは思います。
霊と同じく、この世のものではない鬼などをはじめ、狂言で使われる面も…。
「この世のものでない面には、金具が目や歯に使われるんですよ」と園さん。目や歯の金色の部分は、塗りではなく、金属を加工して嵌められます。
「これは、可愛い…」狂言に登場する子ザルの面。
鬼の面を怖がるミモロも、このお面には、親しみを覚えたよう。
ミモロ、お面をかけても前見えるの?
「もう一度、やってみるね~」とミモロは、孫次郎(若い女性の面)をかけてみます。「どこから見るの?」
「ミモロちゃん、外は、面の鼻の穴からのぞいて…」「えー目じゃなくて、鼻の穴?」能面を顔に掛けると、ほとんど周囲は見えません。かろうじて見えるのが、斜め下方向です。特に、女面の動きは、微妙…上下にかすかに動かし、その表情を表します。喜びは、面を上に傾け照らし、悲しみは、下に向け曇らします。
「この面をつけると、前方がよく見えないから、舞台の大きさって、わかってないと、落ちちゃうかも…」。
動作が大きなものほど、よく見えるように、鼻の穴は、大きくなっているのだとか…。
「面で、鼻の穴の形は、微妙で、上品にも下品にもなるんですよ…。僕は、女性を見ると、つい鼻の穴の形が気になって…」と園さん。その言葉に、あわてて鼻を押さえるミモロでした。
「では、次に能面を打つところ見ててくださいね」と、「はーい」ミモロは、いっそう目を輝かせて園さんのそばへ。
いよいよ面打ちの見学です。
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