天平十八年の正月に、白雪多く零(ふ)り地に積むこと数寸。時に、左大臣橘卿、大納言藤原豊成朝臣また諸王諸臣たちを率(ゐ)て太上天皇の御在所に参入(まゐ)り、仕へまつりて雪を掃(は)く。ここに詔を降(くだ)し、大臣参議并(あは)せて諸王は、大殿の上に侍はしめ、諸卿大夫は、南の細殿に侍はしめて、すなはち酒を賜ひ肆宴(しえん)したまふ。勅(みことのり)して曰(のりたま)はく、「汝ら諸王卿たち、いささかにこの雪を賦して、おのおのもその歌を奏せ」とのりたまふ。
(略)
新しき年の初めに豊(とよ)の年しるすとならし雪の降れるは
大宮の内にも外(と)にも光るまで降れる白雪(しらゆき)見れど飽かぬかも
(万葉集~角川文庫・伊藤博校注)
春の初の歌 源俊頼朝臣
たちかへる春のしるしは霞しく音羽の山の雪の村きえ
(新後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
かやうにて、御忌みも末つ方になれば、ともに暮れ果てぬる年さへ憂きも、なごりは心細きに、立ちかはる春の気色も、ただ夢の心地し給ひて、姫君、
「いかなれば暮れても年の返るらん別れはいとど月日隔てて
うらやましうも侍るかな」とて、せきかね給へるに、中の御方、
今はとて古(ふ)りにし人も立ち返り春にはたぐふならひなりせば
(略)内大臣殿より御消息あり。おほかたには、明日になりにける御四十九日のことなど、とぶらひ奉り給ひて、人知れぬ片つ方には、
「あらたまる春につけても墨染の袖に霞の色や添ふらん
はれぬ嘆きは劣るまじうこそ」
などやうに、さまざまこまやかなるをうち見給ふも、何となう、いとど涙のみ霧(き)りふたがりて、筆もはかばかしくとられ給はねど、せめて、もののかなしき折は、えしも事削(そ)がず。思ふよりは黒みさへ過ぎにけり。
奥山の幾重の霞しほれ侘びしげきは春の嘆きなりけり
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
(略)侍従も、少納言もまかでぬれば、いとど人少なになり給ひて、降り積もる庭の白雪は、踏み分くべき人しなけれど、さし入る月の影のみ、言問ひ顔に冴えわたる。池は、さながら木の葉の散り浮きて、そこはかと見えも分かれず。おのが心のままに枝さし交はす汀の松は、日影を漏らすこともなければ、細波(さざなみ)の音もいつしか氷に閉ぢ果てられて、人気(ひとげ)まれなる折を得顔に、鶯の声のみ、ものすごく聞こゆ。
年返りぬれば、山里の心地し給ひて、鶯の声にのみ、<春か>と、思ひ知らせ給へり。軒端の梅の微笑めるを見給ひて、
見る人もあらざるものを故郷の軒端の梅になに匂ふらむ
姫君、
我がごとく君や恋しき梅の花昔の春を思ひ出でなば
(松陰中納言~「中世王朝物語全集16」笠間書院)
いたく高きにはあらぬ山がかれる里の梅のにほひ、外よりもをかしきあたりを分け入れば、松風はるかに聞えて、山の端出づる月の光、暮れはつるまに浮雲残らず空晴れて冴えゆく夜のさまに、物のあはれまさりて、はるかなる林の奥を尋ねゆけば、(略)
(松浦宮物語~小学館・新編日本古典文学全集)
(略)など思しつつ、ながめ出させ給へる空の気色、にほひ色に霞みわたりて、風のどやかにうち吹きたるに、池の汀に寄せ返る波の音(おと)、春を知らせ顔なるにつけても、
神無月しぐれし袖につらら凍(い)てとくる隙(ひま)なく春は来にけり
げにぞこればかりは、吹きとく風もありがたりけるや。
契りなきものとか言ひ置きたる梅のにほひの、待つにはあらぬしも、よそふる濃さはいま一入(ひとしほ)なるを、同じ音(ね)とや、鶯の若やかにうち鳴きたるに、若君の弁の御乳母、「あはれ、一条の院の紅梅も、時を忘れず、思ひごとなげに、整ひ果てぬらんかし」とて、いみじく泣く音(おと)するに、
鶯も春や昔を忘るなよ荒れまく惜しき花の古里
げに、ものよりことに、もて興じ給ひつつ、間(ま)近く、薄き濃き色を並べて、あまた植ゑ置き給へりしかひありて、雪のうちといふばかりに、咲きこぼれ、にほひ満ちしも、思し出でられて、いと忍びがたきに、(略)
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
これたかのみこのもとにまかりかよひけるを、かしらおろしてをのといふ所に侍けるに、正月にとふらはんとてまかりたりけるに、ひえの山のふもとなりけれは雪いとふかゝりけり、しゐてかのむろにまかりいたりておかみけるに、つれつれとしていと物かなしくて、かへりまうてきてよみてをくりける なりひらの朝臣
忘れては夢かとそ思おもひきや雪ふみ分て君をみんとは
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
むかし、おとこありけり。わらはよりつかうまつりけるきみ、御ぐしおろしたまうてけり。む月にはかならずまうでけり。おほやけの宮づかへしければ、つねにはえまうでず。されど、もとの心うしなはでまうでけるになむありける。むかしつかうまつりし人、ぞくなる、ぜんじな る、あまたまいりあつまりて、む月なれば事だつとて、おほみきたまひけり。ゆきこぼすがごとふりて、ひねもすにやまず。みな人ゑひて、雪にふりこめられたり、といふを題にて、うたありけり。
おもへども身をしわけねばめかれせぬゆきのつもるぞわが心なる
とよめりければ、みこいといたうあはれがりたまうて、御ぞぬぎてたまへりけり。
(伊勢物語~バージニア大学HPより)
住房の西の谷にいはほあり、定心石となつく、松あり、縄床樹と名つく、もとふた枝にして坐するにたよりあり、正月雪ふる日、すこしひまある程座禅するに、松の嵐はけしく吹て、墨染の袖にあられのふりつもりて侍けるを、つゝみて石のうへをたつとて衣重明珠のたとひを思ひいてゝよみ侍ける 高弁上人
松のした岩ねの苔にすみそめの袖のあられやかけししら玉
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
むかし、ひむがしの五条に、おほきさいの宮おはしましけるにしのたいに、すむ人ありけり。それをほいにはあらで、心ざしふかゝりける人、ゆきとぶらひけるを、む月の十日許のほどに、ほかにかくれにけり。ありどころはきけど、人のいきかよふべき所にもあらざりければ、な をうしとおもひつゝなむ有ける。又の年のむ月に、むめのはなざかりに、こぞをこひていきて、たちて見、ゐて見ゝれど、こぞにゝるべくもあらず。うちなきて、あばらなるいたじきに月のかたぶくまでふせりて、こぞを思いでゝよめる。
月やあらぬはるやむかしのはるならぬわが身ひとつはもとの身にして
とよみて、よのほのぼのとあくるに、なくなくかへりにけり。
(伊勢物語~バージニア大学HPより)
正月に寺に籠りたるはいみじく寒く、雪がちにこほりたるこそをかしけれ。雨うち降りぬるけしきなるは、いとわろし。
(枕草子~岩波文庫)
新年寒気尽。上月済光軽。
送雪梅花笑。含霞竹葉清。
歌是飛塵曲。絃即激流声。
欲知今日賞。咸有不帰情。
(懐風藻~岩波「日本古典文学大系69」)
早春、侍宴仁寿殿、同賦認春、応製。
(略)
鳥の語(さへづ)りは還(かへ)りて 簧(しゃうのふえ)の舌に在るかと嫌(うたが)ふ
華の容(かほかたち)は 錦をして窠(くわ)を成(な)さしめず
今朝(こむてう)道(い)ふことな 春の深浅(しむせん)
偏(ひとへ)に愛(あい)す 吹嘘(すいきょ)長養(ちゃうやう)多からむことを
(菅家文草~岩波「日本古典文学大系72」)
(建暦元年)閏正月五日。終日甚雪降。(一尺二寸。)
(百錬抄~「新訂増補 国史大系11」)
承元五年閏正月二日のあした、目もおどろく計(ばかり)雪ふりつもりけるに、九条大納言参内せられて、「此(この)雪は御覧ずや」とて、人々いざなひて、車寄に車さしよせて、別当の三位、かうのすけ以下、内侍たち引ぐしてやり出されけり。(略)大納言直衣にて騎馬せられたりける。さらむ人々も、或は直衣或は束帯にて、六位までともなひたりけり。賀茂神主幸平、狩装束して、車のともにまゐれり。「むかしはかゝる雪には、馬に鞍置まうけてこそ侍しに、いまはかやうの事たえて侍つるに、めづらしくやさしく候物かな」とて、わかき氏人ども、おなじく狩装束して、おのおの鷹手にすゑて、神館のかたへ御ともつかうまつりて、雪の中の鷹狩して御覧ぜさす。(略)
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)