春の初(はじめ)の歌枕、霞たなびく吉野山、うぐひす、佐保姫、翁草、花を見すてて帰る雁
(梁塵秘抄~岩波の日本古典文学大系)
「高砂の。松の春風吹き暮れて。尾上の鐘もひびくなり。」
「波は霞の磯がくれ。」
「音こそ汐の滿干なれ。」
(謡曲・高砂~バージニア大学HPより)
春立つや 霞の関を今朝越えて 霞の関を今朝越えて 果てはありけり武蔵野を 分けくらしつつ跡遠き 山また山の雲を経て 都の空も近づくや 旅までのどけかるらん 旅までのどけかるらん
(謡曲・軒端梅~新潮日本古典集成「謡曲集」下)
シテ「見渡せば千木も曲まずかたそぎも反らず。
二人「これ正直捨方便の象を現すかと見え。古松枝を垂れ。老樹緑を添へ。皆これ上求菩提の相を表す。ありがたかりし。宮居かな。
下歌「神風に。心安くぞ任せつる。
上歌「桜の宮の花盛。桜の宮の花盛。花の白雲立ち迷ひ空さへ匂ふ月読の。洩り来る影も長閑にて。知るも知らぬも道のべの。行きかふ袖の花の香に春一入の気色かな春一しほの景色かな。
(謡曲・第六天~謡曲三百五十番集)
いつしか都ちかきよもの山の端霞のよそになり行ころはまたみぬ花も俤にたちておなし心の友とちとうちつれ北山のかたへとこゝろさしける道のほとに老たるわかきたかきあやしき行来る袖も色めきあへる中にさはやかなる車かたへの木蔭によせてつきしたかふをのこなとさしよりつゝいとおかしき花のけしき御らむせよすみれましりの草もなつかしくなときこえけれはおり給へるよそほひ年のほとまた二八にもたり給はぬほとなるか色々に染わけたる衣いとなよやかにきなしてなかめ給へる様体かしらつきうしろてなとこの世の人ともおもはれすあてやかなるさまはかりなし
(鳥部山物語~バージニア大学HPより)
十四に成給ひし、春の比かとよ、もと立なれし、横川の法師、又京にも、優なるおのこ、あまた来あひて、北山のさくら、今なむ、さかりなるよし、人申なり、侍従の君、見給へかし、伴ひ奉らむと、くちくちいへは、深山かくれの、色香も、ことにゆかしき、心ちして、俄に思ひ立ぬ、道の程も、人めつゝましけれは、わさと、やつしてそ、おはしける
わかきとち、駒なめて、道すから、なかめわたせは、遠き山のは、そこはかとなく、霞つゝ、野辺のけしき、青みわたり、芝生の中に、名もしらぬ花とも、すみれにましり、色々さきて、雲井の雲雀、姿も見えす、さえつりあひたるさまとも、いはんかたなし
心さす山は、やゝ深くいる所にて、水のなかれ、岩のたゝすまひも、うつし絵を、みるやうになん、おほえける、うち吹風に、そことなく、にほひくるに、人々、心あくかれて、いそき、のほりつゝ、みれは、数しらぬ花とも、枝もたはむまて、開つゝ、今日こすはと、見えたり
山かくれともいはす、都のかたの人と見えて、あまた、つとひきて、木の本、岩かくれの苺に、むれゐつゝ、哥よみ酒のみし、あそひなと、さまさまにそ、見えし
(松帆物語~「室町時代物語大成12」)
軒より庭に飛下、東西南北見廻ば、四季の景気ぞ面白き。
東は春の心地也、四方の山辺も長閑にて、霞の衣立渡り、谷より出る鶯も、軒端の梅に囀、池のつらゝも打解て、岸の青柳糸乱、松に懸れる藤花、春の名残(なごり)も惜顔なり。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)
六条院造り果てて渡りたまふ。(略)
南の東は、山高く、春の花の木、数を尽くして植ゑ、池のさまおもしろくすぐれて、御前近き前栽、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などやうの、春のもてあそびをわざとは植ゑで、秋の前栽をば、むらむらほのかに混ぜたり。
(源氏物語・乙女~バージニア大学HPより)
「もののあはれは秋こそまされ」と、人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、 今一きは心もうきたつものは、春の氣色にこそあめれ。鳥の聲などもことの外に春め きて、のどやかなる日影に牆根の草萌え出づる頃より、 やゝ春ふかく霞みわたりて、花もやうやうけしきだつほどこそあれ、をりしも雨風う ち續きて、こゝろあわたゞしく散り過ぎぬ。青葉になり行くまで、よろづ にたゞ心をのみぞ惱ます。花橘は名にこそ負へれ、なほ梅のにほひにぞ、古の事も立ちかへり、 戀しう思ひいでらるゝ。山吹のきよげに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて思ひすてがたき事多し。
(徒然草~バージニア大学HPより)
幾春(いくはる)の、眺(ながめ)はいつし変らねど、分(わ)きて長閑(のどか)に照る日影、契りは竹の世々(よよ)籠(こ)めて、君と二葉(ふたば)の松諸共(もろとも)に、枝も栄ゆる若緑、仰ぐに飽かぬ時を得て されば怪(あや)しの賤(しづ)の男女(をめ)、様々(さまざま)の造り花、色を尽くして捧げけり、先づ咲きそむる梅の花、いと弱く匂ひも深き花衣(はなごろも)、八重(やへ)一重(ひとへ)咲き乱れ、げに九重(ここのへ)に類(たぐ)ひなき、色も異(こと)なる桜花(さくらばな)、粧(よそほ)ひゆゆしく見えにけり、さてその次の島台(しまだい)に、松と竹とを植ゑ交ぜて、千代を囀(さへづ)る雛鶴(ひなづる)が、汀(みぎは)の方(かた)に巣をくひて、谷の流れに亀遊ぶな (略)
(松の葉、第二巻、幾春~岩波文庫「松の葉」)