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古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

古典の季節表現 春 一月十四日あるいは十六日 踏歌

2013年01月14日 | 日本古典文学-春

 奉和觀佳人蹋歌御製 小野峯守
春女春粧 言も及ばず、
無量無数 華庭に満つ。
心嬌(うるは)しく胆(きも)小くして 蹋歩(たうほ)を羞(は)じらひ、
声の裏(うち)微微(かす)かにして 千齢(せんれい)を寿ぐ。
(略)
(凌雲集~「王朝漢詩選」岩波文庫)

 今年は男踏歌あり。内裏より朱雀院に参りて、次にこの院に参る。道のほど遠くなどして、夜明け方になりにけり。月の曇りなく澄みまさりて、薄雪すこし降れる庭のえならぬに、殿上人なども、物の上手多かるころほひにて、笛の音もいとおもしろう吹き立てて、この御前はことに心づかひしたり。(略)
 影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降りつむ。松風木高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、青色のなえばめるに、白襲の色あひ、何の飾りかは見ゆる。
 插頭の綿は、何の匂ひもなきものなれど、所からにやおもしろく、心ゆき、命延ぶるほどなり。(略)
 ほのぼのと明けゆくに、雪やや散りて、そぞろ寒きに、「竹河」謡ひて、かよれる姿、なつかしき声々の、絵にも描きとどめがたからむこそ口惜しけれ。
 御方々、いづれもいづれも劣らぬ袖口ども、こぼれ出でたるこちたさ、物の色あひなども、曙の空に、春の錦たち出でにける霞のうちかと見えわたさる。あやしく心のうちゆく見物にぞありける。
 さるは、高巾子の世離れたるさま、寿詞の乱りがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなか何ばかりのおもしろかるべき拍子も聞こえぬものを。例の、綿かづ きわたりてまかでぬ。
(源氏物語・初音~バージニア大学HPより)

 踏歌は、方々に里人参り、さまことに、けににぎははしき見物なれば、誰も誰もきよらを尽くし、袖口の重なり、こちたくめでたくととのへたまふ。春宮の女御も、いとはなやかにもてなしたまひて、宮は、まだ若くおはしませど、すべていと今めかし。
 御前、中宮の御方、朱雀院とに参りて、夜いたう更けにければ、六条の院には、このたびは所狭しとはぶきたまふ。朱雀院より帰り参りて、春宮の御方々めぐるほどに、夜明けぬ。
(略)
 皆同じごと、かづ けわたす綿のさまも、匂ひ香ことにらうらうじうしないたまひて、こなたは水駅なりけれど、けはひにぎははしく、人々心懸想しそして、限りある御饗などのことどもも、したるさま、ことに用意ありてなむ、大将殿せさせたまへりける。
(源氏物語・真木柱~バージニア大学HPより)

 その年かへりて、男踏歌せられけり。殿上の若人どもの中に、物の上手多かるころほひなり。その中にも、すぐれたるを選らせたまひて、この四位の侍従、右の歌頭なり。かの蔵人少将、楽人の数のうちにありけり。
 十四日の月のはなやかに曇りなきに、御前より出でて、冷泉院に参る。(略)
 匂ひもなく見苦しき綿花も、かざす人がらに見分かれて、様も声も、いとをかしくぞありける。「竹河」謡ひて、御階のもとに踏みよるほど、過ぎにし夜のはかなかりし遊びも思ひ出でられければ、ひがこともしつべくて涙ぐみけり。
 后の宮の御方に参れば、上もそなたに渡らせたまひて御覧ず。月は、夜深くなるままに、昼よりもはしたなう澄み上りて、いかに見たまふらむとのみおぼゆれば、踏む空もなうただよひありきて、盃も、さして一人をのみとがめらるるは、面目なくなむ。
(源氏物語・竹河~バージニア大学HPより)

 養和二年正月一日、改の年の始の御祝なれ共、諒闇(りやうあん)に依て節会もなし。十六日(じふろくにち)には、踏歌節会も不被行、当代の御忌月なれば也。
 抑踏歌節会と申は、人王三十九代の御門、天智天皇(てんわう)の御時より被始置たる事也。(略)常陸国より白雉一羽、一尺二寸(にすん)の角生たる白馬一匹奉る。鎌足大臣是を捧て殿上に参る。彼送文云、雉色白者、表皇沢之潔、馬角長者、治上寿之世とぞ書たりける。彼雉を其角に居て、大臣乗て南庭に遊。聖代の奇物、何事か是に如かんや。天子御感有て鎌足を賞し、金銀色々の賞多かりけり。此事正月十六日(じふろくにち)の午時の始也ければ、其例として年々の正月十六日(じふろくにち)、雲の上人参て、馬に乗て引出物を給る事あり。溶々たる池を掘て水を湛へ、田々たる草を植て雉を飼給(たま)ひき。四季に花さく桜を植て駒を遊ばしめ給しより、是を志賀の花園とは申也。踏歌節会と名て、代々の御門いまだ怠り給はず。哀哉三十(さんじふ)余代の節会なり、数百年の吉例也、何んぞ今年始て断絶するや。但平家の一門の過分なりつるしわざなり。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)

正応六年、内大臣にて踏歌節会の内弁つとめ侍て、程なく大臣辞申て後、春月を読侍ける 太政大臣
今はとて雲ゐを出しいさよひのむ月の月の影そ忘ぬ
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

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古典の季節表現 春 一月 梅

2013年01月13日 | 日本古典文学-春

天平二年の正月の十三日に、師老(そちのおきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)ぶ。
時に、初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぐ。梅は鏡前(けいぜん)の粉(ふん)を披(ひら)く、蘭は珮後(はいご)の香(かう)を薫(くゆ)らす。しかのみにあらず、曙(あした)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾(かたぶ)く、夕(ゆふへ)の岫(くき)に霧結び、鳥は縠(うすもの)に封(と)ぢらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。
ここに、天(あめ)を蓋(やね)にし地(つち)を坐(しきゐ)にし、膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。言(げん)を一室の裏(うち)に忘れ、衿(きん)を煙霞(えんか)の外(そと)に開く。淡然(たんぜん)自(みづか)ら放(ゆる)し、快然(くわいぜん)自ら足る。
(略)
梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり
青柳(あをやなぎ)梅との花を折りかざし飲みての後(のち)は散りぬともよし
我が園(その)に梅の花散るひさかたの天(あめ)より雪の流れ来るかも
梅の花咲きたる園の青柳(あをやぎ)をかづ らにしつつ遊び暮らさな
人ごとに折りかざしつつ遊べどもいやめづ らしき梅の花かも
梅の花手折りかざして遊べども飽き足(だ)らぬ日は今日にしありけり
(万葉集~角川文庫・伊藤博校注)

天平二年正月、梅花の宴し侍とて読侍ける 大納言旅人
わか宿に梅の花ちる久堅の空より雪のふるとみるまて
(新後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

梅が枝に 来居る鴬 や 春かけて はれ 春かけて 鳴けどもいまだ や 雪は降りつつ あはれ そこよしや 雪は降りつつ
(催馬楽・梅が枝)

花の香誘ふ夕風、のどやかにうち吹きたるに、御前の梅やうやうひもときて、あれは誰時なるに、物の調べどもおもしろく、「この殿」うち出でたる拍子、いとはなやかなり。
(源氏物語・初音、~バージニア大学HPより)

日のいとうららかなるに、いつしかと霞みわたれる梢どもの、心もとなきなかにも、梅はけしきばみ、ほほ笑みわたれる、とりわきて見ゆ。階隠のもとの紅梅、いととく咲く花にて、色づきにけり。
(源氏物語・末摘花、~バージニア大学HPより)

寝殿の隅の紅梅盛りに咲きたるを、ことはてて内へまゐらせたまひざまに、花の下に立ち寄らせたまひて、一枝をおし折りて、御挿頭にさして、気色ばかりうち奏でさせたまへりし日などは、いとこそめでたく見えさせたまひしか。
(大鏡~新編日本古典文学全集)

さとに、春のはじめとて、「とくさく紅梅あり。」ときかせおはしまして、「をらせてまゐらせよ。」とおほせごとありしに、尋ねにつかはしたれば、さかりなる枝にむすびつけて、寂西、
雲井までいともかしこく匂ふかな垣ね隱れの宿のむめが枝
その花の枝をかめにさして、はぎの戸におかれて、めんめんにかへされたるを、やがてぬしぬしのかきてむすびつけける、太政大臣〔實氏〕、
雲ゐまで匂ひきぬれば梅の花かきねがくれも名のみなり鳧
四條大納言〔隆親〕、
垣ねよりくもゐに匂ふうれしさを色に出ても花ぞみせける
冷泉大納言〔公相〕、
咲きそむるかきね隱れの梅の花君がやちよのかざしにぞをる
萬里小路大納言〔公基〕、
君が代に垣ねがくれもあらはれてあまねく匂ふ梅の初花
權大納言〔實雄〕、
くもゐまでかきねの梅は匂ひけりいともかしこき春の光に
このかずにかへすべきよし、おほせごとあれば、辨内侍、
雲ゐにてみれば色こそ増りけれうゑし垣ねの宿の梅がえ
(弁内侍日記~群書類從18)

崇徳院に百首の歌奉りける時、よみ侍ける 大炊御門右おほいまうち君
梅の花おりてかさしにさしつれは衣に落る雪かとそみる
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

題しらす 凡河内躬恒
いつれをかわきておらまし梅花枝もたはゝにふれる白雪
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

はるの夜むめのはなをよめる みつね
春のよのやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるゝ
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

梅花遠薫と云心を 源時綱
吹くれはかをなつかしみ梅花ちらさぬほとの春かせもかな
(詞花和歌集~国文学研究資料館HPより)

題しらす 中納言家持
梅の花ちりにし日より敷妙の枕も我はさためかねつゝ
(続後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

朱雀院に人々まかりて、閑庭梅花といへる事をよめる 大納言経信
けふこゝに見にこさりせは梅花ひとりや春の風にちらまし
(金葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

題しらす よみ人しらす
ちりぬともかをたに残せむめのはな恋しき時の思ひ出にせん
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

貴なるもの。
梅の花に、雪の降りかかりたる。
(枕草子~新潮日本古典集成)

木の花は、濃きも淡きも紅梅。
(枕草子~新潮日本古典集成)

家に有りたき木は、(略)。梅は白き、薄紅梅。一重なるが疾く咲きたるも、重なりたる紅梅のにほひめでたきも、皆をかし。遲き梅は、櫻に咲きあひて、覺え劣り、けおされて、枝にしぼみつきたる、心憂し。「一重なるが、 まづ咲きて散りたるは、心疾く、をかし」とて、京極入道中納言は、なほ一重梅をなん軒近く植ゑられたりける。京極の屋の南むきに、今も二本侍るめり。
(徒然草~バージニア大学HPより)

それ大方の春の花。木々の盛は多けれども。花の中にも始なれば。梅花を花の兄ともいへり。
その上梅の名所々々。国々処は多けれども。六義の始のそへ歌にも。難波の梅こそ詠まれたり。
(謡曲・難波~謡曲三百五十番集)

内より、人の家に侍ける紅梅をほらせ給けるに、うくひすのすくひて侍けれは、家のあるしの女、まつかくそうせさせ侍ける
勅なれはいともかしこしうくひすの宿はととはゝいかゝこたへん
かくそうせさせけれは、ほらすなりにけり
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

大皇太后宮東三条にて后にたゝせ給ひけるに、家の紅梅をうつしうへられて花のさかりにしのひにまかりて、いとおもしろくさきたるえたにむすひつけ侍ける 弁乳母
かはかりのにほひなりとも梅花しつの垣ねを思ひわするな
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

なかされ侍けるとき、家の梅花をみ侍て 贈太政大臣
こちふかはにほひをこせよ梅の花あるしなしとて春をわするな
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

延長のころほひ五位蔵人に侍けるをはなれ侍て、朱雀院承平八年またかへりなりて、あくるとしむ月に御あそひ侍りける日、梅のはなをおりてよみ侍ける 源公忠朝臣
百敷にかはらぬものは梅花おりてかさせるにほひなりけり
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

はつせにまうつることにやとりける人の家に久しくやとらて、ほとへて後にいたれりけれは、かの家のあるしかくさたかになむやとりはあるといひ出して侍けれは、そこにたてりける梅花をおりてよめる つらゆき
人はいさ心もしらす故郷は花そむかしの香に匂ひける
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

高倉院かくれさせ給にける春、権中納言実守許に梅を折てつかはし侍とて 三条入道左大臣
いかてかくうき世をしらて梅の花ことしもおなし色に咲らん
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

かへる年の春、ゆかりある人の物まゐりすとてさそひしかば、何事も物うけれど、たふときかたのことなれば、思ひおこしてまゐりぬ。かへさに梅の花なべてならずおもしろき所ありとて、人のたち入りしかば、具せられてゆきたるに、まことによのつねならぬ花のけしきなり。その所のあるじなるひじりの、人に物いふをきけば、「年々(としどし)この花をしめゆひてこひたまひし人なくて、ことしはいたづらに咲き散り侍る、あはれに」といふを、「たれぞ」ととふめれば、その人としもたしかなる名をいふに、かきみだれかなしき心のうちに、
思ふこと心のまゝにかたらはむなれける人を花もしのばば
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)

 早春侍宴仁寿殿、同賦春雪映早梅、応製。
雪片(せつへん)花顔(くわがん) 時に一般
上番(じゃうばん)の梅楥(ばいゑん) 追歓(ついくわん)を待つ
氷紈(ひょうぐわん) 寸(すん)に截(き)りて軽(かろ)き粧(よそほ)ひ混(ひたた)けたり
玉屑(ぎょくせつ) 添へ来(きた)りて軟(なごやか)なる色寛(ゆたか)なり
鶏舌(けいぜつ) 纔(わづか)に風力に因(よ)りて散(さん)ず
鶴毛(くわくぼう) 独り夕陽(せきやう)に向ひて寒し
(略)
(菅家文草~岩波「日本古典文学大系72」)

 早春、陪右丞相東斎、同賦東風粧梅。各分一字。(探得迎字。)
春風(しゅんぷう) 便(すなは)ち遂(お)ひて頭生(とうせい)を問ふ
為(かるがるゑ)に梅粧(ばいしゃう)を翫(もてあそ)び 樹(き)を橈(めぐら)して迎ふ
誰(た)が家(いへ)の香剤(かうざい)の麝(じゃ)をか偸(ぬす)むことを得たる
何(いづ)れの処の粉楼(ふんろう)の瓊(たま)をか送将(おく)れる
(略)
巣(す)を占(し)めて怪(あや)しぶこと莫(な) 初鶯(しょあう)を妬むことを
(略)
(菅家文草~岩波「日本古典文学大系72」)

 早春侍宴、同賦殿前梅花、応製。
紅(くれなゐ)に非(あら)ず、紫(むらさき)に非ず。春光(しゅんくわう)に綻ぶ。
天素(てんそ)従来(もとより) 玉皇(ぎょくくわう)に奉(つかへまつ)る
羊角(やうかく)の風はなほし暁気(げうき)を頒(わか)つ
鵝毛(がぼう)の雪は 剰(あまつ)さへ寒粧(かんしゃう)を仮(か)す
粉(はふに)の妓(みもとびと)の偸(ひそか)に看取(みと)るを容(ゆる)さず
黄(き)なる鸝(うぐひす)の戯(たはむれ)に踏(ふ)み傷(やぶ)ることを叫(いさ)ぶならむ
請(こ)ふらくは 多く憐(あは)れぶことな 梅(むめ)一樹
色青(あを)くして松竹(しょうちく) 花の傍(かたはら)に立てり
(菅家文草~岩波「日本古典文学大系72」)

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古典の季節表現 春 一月 鶯

2013年01月13日 | 日本古典文学-春

麗景殿の女御の屏風に 紀貫之
浅みとり春たつ空にうくひすの初音をまたぬ人はあらしな
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

題知らず はがための侍従
花の枝(え)にはやも鳴かなむ鶯の声につけてぞ春もしらるる
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

百首歌よませ給ける中に、鶯を 土御門院御製
雪のうちに春はありとも告なくにまつしる物は鶯のこゑ
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

むつきに雪ふりて鶯の啼けれはよませ給うける 花山院御製
ふる雪もうくひすのねも春くれはうちとけやすき物にそ有ける
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

鶯柳のえだにありといふだいを
わがやどの柳のいとはほそくともくるうぐひすはたえずもあらなん
(蜻蛉日記・巻末家集~バージニア大学HPより)

右大将、紅梅のをかしきあけぼのを見侍りけるに、鶯も一声鳴きたるに ひちぬ石間の女三の宮の中納言
折る人のあたりに匂ふ梅が枝を飽かずとや鳴く鶯の声
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

 鶯 為定
あさなあさななく鶯の声すなりいまや春日ものどかなるらむ
(飛月集~「新編国歌大観10」)

春歌とて 山辺赤人
あつさ弓はる山ちかくいゑゐしてたえすきゝつる鶯のこゑ
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

卅首歌めされし時、早春鶯 入道前太政大臣
時しらぬ竹のあみ戸のうちまても世は春なれや鶯のなく
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

消えあへぬ雪のふるすのうぐひすはたれにとひてか春をしるらん
(浄弁短冊~「和歌文学大系65」(明治書院、H16、303pの脚注)

山ふかみ霞こめたる柴のいほにこととふものは谷のうぐひす
鶯によせて思を述べけるに
うき身にて聞くもをしきはうぐひすの霞にむせぶあけぼのの聲
(山家和歌集~バージニア大学HPより)

題知らず いちひ拾ひの大納言の北の方
数ならぬしづが垣根の梅が枝に身をうぐひすの音をのみぞなく
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

けふは廿三日、まだかうしはあげぬほどにあるひとおきはじめてつまどおしあけて「ゆきこそふりたりけれ」といふほどにうぐひすのはつごゑしたれどことしもまいて心ちもおいすぎてれいのかひなきひとりごともおぼえざりけり。
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)

よしみねのむねさたの少将ものへゆく道に五条わたりにて雨いたうふりけれはあれたるかとに立かくれて見いるれは五間はかりなるひはたやのしもに土やくらなとあれとことにひとなと見えすあゆみ入てみれははしのまに梅いとおかしう咲たり鴬もなく人ありともみえぬみすの内よりうすいろのきぬこききぬのうへにきてたけたちいとよきほとなる人のかみたけはかりならんとみゆなるか
葎おひて荒たる宿を鴬の人くとなくや誰とかまたむ
とひとりこつ少将
(大和物語・バージニア大学HPより)

更衣元善、さとよりまいりける日 光孝天皇御歌
梅花ちりぬるまてにみえさりし人くとけさはうくひすそなく
(続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

山鶯を 中務卿宗尊親王
さひしくて人くともなき山里にいつはりしける鶯のこゑ
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

あつまちはなこそのせきときくからにひとくといとふうくひすのこゑ
(夫木抄~日文研HPより)

鳥は(略)
鶯はふみなどにもめでたきものにつくり、聲よりはじめてさまかたちも、さばかりあてにうつくしき程よりは、九重のうちに鳴かぬぞいとわろき。人の「さなんある」といひしを、さしもあら じと思ひしに、十年ばかりさぶらひて聞きしに、まことにさらに音もせざりき。さるは竹ちかき紅梅も、いとよくかよひぬべきたよりなりかし。まかでて聞けば、あやしき家の見所もなき梅の木などには、かしがましきまでぞ鳴く。(略)春なくゆゑこそはあらめ。「年たちかへる」など、をかしきことに、歌にも文にもつくるなるは。なほ春のうちならましかば、いかにをかしからまし。(略)
(枕草子~岩波文庫)

同十年正月内裏にて鶯知万春と云ことを講せられ侍けるに 円光院入道前関白太政大臣 
君かため谷の戸出るうくひすはいく万代の春をつくらん 
(続後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

正応二年、内裏にて、鶯是万春友といへる事を 前大納言為兼 
鶯のかはらぬ声や君か代によろつかへりの春をかさねん 
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

 早春、侍内宴、賦聴早鶯、応製。
怪(あや)しばず 鶯の声の早きことを
歳華(さいくわ)を楽しぶに縁(よ)るなるべし
語(こと)は絃管(ぐゑんくわん)の韻(ひび)きを偸(ぬす)む
棲(すみか)は綺羅なす花を卜(し)めたり
愛し翫(もてあそ)びて 風の軟(なごやか)なることを憐(あは)れぶ
貪(むさぼ)り聞きて 日の斜(ななけ)なることを恨む
偏(ひとへ)に歓(よろこ)ぶ 初(はじ)めて谷を出(い)づることを
謝(しゃ)し絶(た)つ 旧(むかし)の烟霞(えんか)
(菅家文草~岩波「日本古典文学大系72」)

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古典の季節表現 春 一月中旬

2013年01月12日 | 日本古典文学-春

かくしつつ、はかなくもあらたまの年も立ち返りて、正月十日あまりの頃にや、中の君宣ふやう、「今や嵯峨野の野辺の春の景色、いかにをかしかるらむ。忍びつつ見む」などいざなひ給へば、をのをの、「まことに」など言ひて出で立ち給ふ。むつまじき人々ばかり、御供に参りける。網代車三両、一両には姫君、今一両には中の君・三の君、一両には褄(つま)清げに出だして、いみじう若き女房・端者(はしたもの)など乗りたりけり。
 (略)女房たち、「いとをかしき野辺の景色、御覧ぜよかし。さまざまの草など萌えけるもなつかしく」など聞こゆれば、中の君降り給へり。紅梅の上に濃き綾の袿、青き織物の単衣に御袴踏みくくみ、さし歩(あゆ)み給へるさま、いとあてやかに見え給ひけり。御髪(みぐし)は袿の裾に等しかりけり。次に三の君降り給ふ。花山吹の上に萌黄の袿、朽葉の単衣着給ひて、御髪は同じく、愛敬(あいぎゃう)今少しまさりてぞ見え給ふ。
 (略)(姫君は)時ならぬ藤襲の上に紅(くれなゐ)の袿、紅の単(いとへ)袴踏みしだきて、さしあゆみ給ふ御気色(みけしき)、こよなうらうたき御有様、言ふもおろかなり。御髪は袿のすそに豊かにあまりて、絵に画(か)くとも筆も及びがたし。(略)
(住吉物語~「中世王朝物語全集11」笠間書院)

犬宮の百日(ももか)、乙子(おとね)にあたりて侍りける、破子(わりご)ども藤壺の女御に遣はすとて うつほの仁寿殿の女御
万代の行方もしるく生ひ出づる小松に今日ぞ子の日知らする
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

嵯峨院のきさいの宮の六十賀、正月の乙子(おとね)に、女一のみこ奉り給ひけるに、御挿頭(かざし)、小松の枝に鶴据ゑて うつほのさきの内侍のかみ
おのれだによはひ久しき葦鶴の子の日の松の陰に隠るる
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

風雪雨、春の徒然
風まぜに 雪はふり來ぬ 雪まじり 雨はふり來ぬ あづさ弓 春にはあれど 鶯も いまだ來鳴かず 野に出でて 若菜もつまず たれこめて 草のいほりに こもりつつ うち數ふれば む月もや すでに半ばに なりにけるかな
(良寛歌集~バージニア大学HPより)

十五日、頭中將〔爲氏〕、まゐりたりしを、かまへてたばかりてうつべきよし仰事ありしかば、殿上に候を少將内侍げざんせむといはすれど、心えて、大かたたひたびになりて、こなたざまへまゐるおとす。人々つゑもちてよういするほど、なにとかしつらむ、みすをちとはたらかすやうにぞ見えし。かへりて少將内侍うたれぬ。ねたき事限りなし。十八日よりは、うちにはたゞ御所のやうとてうつべきよしおほせごとありしに、十六日にさぎ丁やかれしに、たれたれもまゐり〔し〕かども、頭中將ばかり、ながはしへものぼらで出にけり。いかにもかなはでやみぬべかりしに、十七日、雪いみじくふりたるあした、とばどのへ院の御幸なりて、此御所の女房まゐるべきよしありしかば、ひとつぐるまに、こうたう・少將・辨・いよ・侍從・四條大納言のりくして[欠損]し。せばさかぎりなし。きぬのそではか[欠損]も。たゞまへいたにこぼれのりたり。道すがらの雪いかにもふるめり。いとおもしろし。とばどのゝけいき、山のこずゑども、みぎはの雪いひつくすべからず。爲氏うちかねたることを、きかせおはしましたりけるにや、御所にはつゑを御ふところに入て、もちてわたらせおはしまし、「これにて爲氏けふうちかへせ、たゞ今つかひにやらむずるを、こゝにてまちまうけて、かまへてうて。」とおほせごと有。少將内侍よういしてまつ程、思ひもいれずとほるを、つゑのくたくたとおるゝほどうちたれば、御所をはじめまゐらせて、公卿殿上人とよみをなしてわらふ。「さもぞにくうちにせさせ給。」とて、にげのきしもをかし。そののち、北殿へ御船よせてめすほど、はればれしさかぎりなし。いりあひうちてのち還御なる。たゞかやうの御遊ばかりにてやみぬるもくちをしくて、御車にめすほど、御太刀のをに(まきゑにはきの露をかきたり。)むすびつけつゝ、少將内侍、
あらましの年をかさねて白雪のよにふる道はけふぞ嬉しき
還御のゝち、御よるにならんとて、御まくらに御たちおきたりけるをり、御らんじつけてその御返し侍し。しろきうすやうに、
あらましの年積りぬる雪なれど心とけてもけふぞおぼえぬ
かゆに、ことならむ御歌の返しは、ともに申つべしと、按察三位殿仰られしかば、たゞこゝろのうちばかりに、辨内侍、
年つもる雪とし聞ばけふぞへに心とけてもいかゞみゆべき
(弁内侍日記~群書類從18)

空のけしきもまた、げにぞあはれ知り顔に霞みわたれる。夜になりて、烈しう吹き出づる風のけしき、まだ冬めきていと寒げに、大殿油も消えつつ、闇はあやなきたどたどしさなれど、かたみに聞きさしたまふべくもあらず、尽きせぬ御物語をえはるけやりたまはで、夜もいたう更けぬ。
(源氏物語・早蕨~バージニア大学HPより)

正月十五日、月いとおもしろきに、中納言のすけどの人々さそひて、南殿の月見におはします。月華門より出て、なにとなくあくがれてあそぶ程に、あぶらのこう地おもての門のかたへ、なほしすがたなる人のまゐる。「いとふけにたるに、たれならむ。皇后宮大夫の參るにや。」などいひてつまへいりてみれば、權大納言殿也。(以下略)
(弁内侍日記~群書類從18)

 正月中旬に、日野の中納言、春日に詣づる事あるに、誘ひ侍れば、頼もしき道連はいと嬉しく侍て、俄に思ひ立ちぬ。(略)
 暮るゝ程にまうで着きぬれば、宮廻(めぐり)の程、月いとさやかなり。三笠山の御光さし添ふ所からにや、霞む慣(なら)ひも見えず。昔、世を照らさせ給ける、八千反とかや聞き奉る御光、今しも変らせ給はじかしと思ひ続けらるゝも、傍痛き事ならむかし。(略)次の日は宇治のわたりに留まるべければ、宮廻ものどかに、東大寺・興福寺など、入堂し廻る。
 宇治の泊りは保光知れる所とかや、いといたく経営し騒ぎたり。明けぬれば舟にてさし渡り、川風吹き冴えていとすさまじ。さすが時知る色とや、霞みこめたるなど、をかしう見ゆ。
(竹むきが記~岩波・新日本古典文学大系)

かくて御てうどゞもいできぬれば。おほみやこの月のうちにおぼしたゝせ給。御びやうぶどもにはきなるからあやをはらせ給へり。したゑしてさるべきこゝろばへあることゞもを。大なごんさま++にかき給へり。へりにはからのにしきのぢあをきをせさせ給へり。おそひにはみなまきゑしたり。うらにはかうぞめのかたもんのおりものなり。御几帳をもうすかうぞめなり。御帳などもあをかうにてしたむぢなるに。せさせ給へりおほ方みず御ましのへりまでみなことさらなり。みづしどものまきゑには。みなほうもんをまかせ給へり。いはんかたなくみどころ有 たうとし。御ぢぶつのありさまなどいふもをろかなり。(略)
みやの御ありさまをみたてまつれば。かうばいの御そ。八ばかりたてまつりたるうへに。うきもんたてまつりてえもいはずうつくしげにて。御ぐしはたけに一しやくよばかりあまらせ給て。御ありさまさゝやかにふくらかに。うつくしうあいきやうつき。おかしげにおはします。たゝいまの国王の御おやときこえさすべきにもあらず。おかしげににようごなどきこえさせんに。よけなる御ありさまなり。ことしは萬寿三年正月十九日御とし卅九にぞならせ給ける。いみじうわかくめでたくおはしますに。あまの御装束いみじうせさせ給へり。御しつらひはけさつかうまつりたれば。かうおはしまさんもあしからずみえたり。(略)
(「日本古典文学大系76 栄花物語 下」岩波書店)

(宝治二年正月)十七日丙寅。仙洞有和歌御会。摂政已下参仕之。序前内大臣。題云。松色春久。
(百錬抄~「新訂増補 国史大系11」)

同年正月、松色春久といふことを講せられける時、序を奉りて 徳大寺入道前太政大臣 
千枝にさす松のみとりは君か世にあふへき春の数にそ有ける 
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
宝治二年正月、後嵯峨院に、松色春久といへることを講せられけるに 岡屋入道前摂政太政大臣 
色かへぬ松の千年のありかすに春を重ねて君そみるへき 
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

(嘉禄元年正月)十四日。遥漢快霽。巳の時許りに、中将と相共に北山に向ふ。勝地の景趣を見、新仏の尊容に礼す。毎時今案ずるを以て営み作さる。毎物珍重。四十五尺の瀑布の滝碧く、瑠璃の池水、又泉石の清澄、実に比類なし。未の時許りに、盧に帰る。
十五日。天晴る。午後に漸く陰る。夜月朧々たり。(略)
十六日。月蝕。蒼天遠く晴る。(略)夜に入り、明月片雲無し。
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)

(元久二年正月)十九日。夜より雪降る。朝の間、靄々変々たり。地に積むこと六寸。天皇拝観の日なり。午の一点に雪漸く晴る。密々、大炊御門烏丸西の辺りに出でて見物す。数刻の後、御桟敷に御幸と云々。漸く晩景に及ぶ。申終に、漸く行列。左衛門・兵衛・馬寮甚だ多し。左門権佐親房・左兵知家・右馬俊光・蔵人左兵尉親長の孫と云々。紅梅の半臀・萌木の袴を著く。又見知らざる衛府あり。(以下略)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)

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古典の季節表現 春 一月 除目(ぢもく)

2013年01月11日 | 日本古典文学-春

うちわたりは、除目のほどなども、いとをかし。雪降り、いみじく氷りあれたるに、申文ども持てありく、さわぐにも、四位五位の若やかなるは、たのもしげなり。老いてかしら白きなどが、この人かの人と面面(おもておもて)にうれへありき、女房の局にも来つつ、わが道理あるよしなど、心ひとつやりていひ聞かすれど、深き心も知らぬ若き人人などは、何とかは思はむ、わが大事と思はぬままには、をこがましげに思ひて、かほのまねをし、いひ笑へど、さも知らず、「よきに啓したまへ、あが君、あが君」などいふこそいとほしけれ。さいふいふも、し得たるをりは、いとよし。得ずなりぬるこそあはれなれ。
(枕草子・前田家本)

除目の比、梅花につけて奉りける 大蔵卿行宗
かくこそは春まつ梅は咲にけれたとへん方もなき我身かな
御返事 崇徳院御歌
八重桜ひらくる程を頼まなん老木も春にあはぬ物かは
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

大江挙周、つかさめしにもれて歎き侍ける比、梅花を見て 赤染衛門
思ふ事はるとも身には思はぬに時しりかほにさける花かな
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

除目の比、つかさ給はらて歎侍ける時、範永かもとにつかはしける 大江公資
年ことに涙の川にうかへとも身は歎かれぬ物にそありける
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

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