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古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

古典の季節表現 夏 五月下旬

2016年05月27日 | 日本古典文学-夏

 そのころ五月廿餘日ばかりより四十五日のいみたがへむとてあがたありきのところにわたりたるに、宮たゞかきをへだてたるところにわたり 給ひてあるに、みな月ばかりかけてあめいたうふりたるにたれもふりこめられたるなるべし、こなたにはあやしきところなればもりぬるゝさわぎをするにかくのたまへるぞいとゞものぐるほしき。
つれづれのながめのうちにそゝぐらんことのすぢこそをかしかりけれ
御かへり
いづこにもながめのそゝぐころなればよにふる人はのどけからじを
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)

 そのまへのさみだれの廿餘日のほどものいみもありながき精進もはじめたる人山でらにこもれり。「あめいたくふりてながむるにいとあやしく心ぼそきところになん」などもあるべし。かへりごとに
ときしもあれかくさみだれのおとまさりをちかた人のひをもこそふれ
と物したるかへし
ましみづのましてほどふる物ならばおなじぬまにぞおりもたちなむ
といふほどにうるふさ月にもなりぬ。
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)

斎院には、いかめしき御勢ひに、引き続き出で給ひし後(のち)、さこそはめでたしと言ひながらも、何となう心細さのみ数知らず。五月雨しげき御袖の上は、いとど晴れ間なう、もの思ひなれば、時鳥の夜深き声ばかりを友とこそ、憂き世に住みわび給へる御気色の心苦しさを、かつ、候ふ人々も、涙の隙(ひま)なうてのみ明かし暮らすに、(略)
 「五月雨の晴れ間も知らぬ身の憂さは嘆く涙に水嵩(みかさ)まさりて
人をば何とかは」とて、袖に顔を押し当てて泣き給へるに、まことに雲間も見えず降りそふ五月雨の空、ものむつかしけれど、二十日あまりの明け方なれば、たをたをとなつかしげなる御姿、髪ざし髪のかかりなど、さは言へど、なべてならずうつくしげに見え給ふも、げにおろかならずのみ思ひきこえ給ふ。
 「契りのみいつも有明のつきせねば思ひな入れそ曇る夜の空
など言ひ知らぬ」と、うち嘆きて出で給ひぬるなごりも、人やりならずものかなしうながめられ給ひつつ、近き橘の、香りなつかしう吹き来る追ひ風も、これや我が身のつひのとまりならんと心細きに、時鳥の忍び音あらはれて、言(こと)語らふもあはれなり。
 橘に忘れず偲べ時鳥我は昔の袖の在り香を
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)

五月の晦日に山里にまかりて立ち歸りにけるを時鳥もすげなく聞き捨てゝ歸りし事など人の申し遣しける返事に
郭公なごりあらせて歸りしが聞すつるにもなりにけるかな
(山家集~バージニア大学HPより)

五月の廿日あまり、在明の月くまなくて、ことにおもしろく侍りしに、御ちよくろにて御連歌ありしこそ、いとやさしく侍りし。かた家・ためつぐばかりにて、人數もすくなかりしかば、いどまさりし程に、「此ついでにこうたうの内侍のびはをきかばや。」と、仰せごとありしかども、月もいりがたちかくなりて、みなかへり侍りにし。
(弁内侍日記~群書類從)

 寛治五年五月廿七日、二條大路にて、はなちがひしける馬を取て、移(うつし)を置て、競馬(くらべうま)六番ありけり。殿上人ぞつかうまつりける。東の陣の前より、西の中門にむけてぞ馳(はせ)ける。主上太鼓を打(うた)せ給ける、たはぶれ事なれども、めづらしかりける事也。
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)

 正暦二年五月廿八日、摂政殿、右近馬場にて競馬十番を御覧じけり。山井大納言・儀同三司、共に中納言にておはしける、左右にわけて、公卿おほくまゐられけり。一番左将曹尾張兼時、右将曹同敦行つかうまつりけるが、兼時が轡たびたびぬけたりけれども、おつる事はなかりけり。さりながらも、つひに敦行勝にける。兼時、敦行にむかひて、「負てはいづかたへ行ぞ」といひたりけり。人々其詞を感じて、纏頭しけるとなむ。いまだ、競馬に負ざりける物にて、かくいひける、いと興あるいひやうなるべし。
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)

嘉祥二年五月戊寅(二十五日) 天皇が神泉苑に行幸(みゆき)した。公卿が神泉苑に近い美福門院に集まり、終日、宴を楽しんだ。大学博士・文章生らを召して、「美福門に陪(ばい)し、そこで銷暑(しょうしょ)することを得」の題で詩を賦させた。本日、詩を献上した者は十四人であった。
(続日本後紀〈全現代語訳〉~講談社学術文庫)

(寛和二年五月)卅日丁酉。天皇出御南殿。有打毬之興。番長以上各十人。左右近衛。左右兵衛官人并廿人為二番。皆著狛冠。騎馬立南階前。左勝。奏音楽。此事希代之勝事也。
(日本紀略~「新訂増補 国史大系11」)

長保五年五月二十七日、丙辰。
左府の許に参った。宇治への御供に供奉した。左右衛門督・権中納言(藤原隆家)・弼宰相・宰相中将(俊賢)・殿上人、及び諸大夫で作文(さくもん)・和歌・管絃に堪能な者以外の人はいなかった。作文の序は弼相公(有国)、題は晴れた後、山川が清い」と。探韻を行なった。以言が献上した。
二十八日、丁巳。
午剋、作文を読んだ。舟に乗って上洛した。夜に入って、家に着いた。
(権記〈現代語訳〉~講談社学術文庫)

(治承二年五月)卅日。内裏有作文。(題云詩境多脩竹。)御製落句云。豈忘一字勝金徳。可愍白頭把巻師。御侍読二人永範。俊経等卿。不堪感涙。下南庭拝舞。侍座者驚目。(略)
(百錬抄~「新訂増補 国史大系11」)

(正治元年五月)廿六日。夜より甚雨。終日注ぐが如し。河水、又溢(あふ)ると云々。堀河大路、偏へに海の如し。所々の橋、悉く流失すと云々。七条以北に出で、粗々之を見る。
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)

(嘉禄元年五月)廿九日(晦)。陽気晴明。雲膚往来す。昨今、暑熱焼くが如し。但し、南風頻りに扇(あふ)る。(略)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)

(嘉禄二年五月)廿六日。天晴る。(略)冷泉より寒氷を送る。今年初めて之を見る。予本より之を好む。良薬の如し。昨今の暑熱已に盛夏の如し。(略)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)

二十九日 丙申 御留守ノ程タリト雖モ、隼人ノ入道、紀内所行景、富部五郎、源性、義印等ヲ招請シ、鞠ノ会有リ。
(吾妻鏡【建仁三年(1)五月二十九日】条~国文学研究資料館HPより)

比は五月の廿日余の事也。卿相雲客列参あり、重衡卿も出仕せんとて出立給ひけるが、卯花に郭公書たる扇紙を取出て、きと張て進よとて守長にたぶ、守長仰奉て、急張ける程に、分廻をあし様に充て、郭公の中を切、僅(わづか)に尾と羽さき計を残したり。■(あやまち)しぬと思へ共、可取替扇もなければ、さながら是を進する。重衡卿角共知ず出仕し給て、御前にて披て仕給けるを、一院叡覧ありて、重衡の扇を被召けり。三位中将始て是を見給つゝ、畏てぞ候はれける。御定再三に成ければ、御前に是を閣れたり。一院ひらき御覧じて、無念にも名鳥に疵をば被付たる者哉、何者が所為にて有ぞとて打咲はせ給ければ、当座の公卿達も、誠にをかしき事に思合れたり。三位中将も、苦々しく恥恐れ給る体也。退出の後守長を召て、深く勘当し給へり。守長大に歎恐て一首を書進す。
  五月やみくらはし山の郭公姿を人にみするものかは
と、三位中将此歌を捧て御前に参、しかじかと奏聞し給たりければ、君、さては守長が此歌よまんとて、態との所為にやと有叡感。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)

五月廿日余(あまり)の事なるに、折知がほに敦公(ほととぎす)の一声二声(ふたこゑ)、雲井に名乗て通けるを、関白殿聞召(きこしめし)て、
  敦公名をば雲井にあぐるかなと、仰せければ、
  弓はり月のいるにまかせて 
と、頼政申たり。
< 五月やみ雲井に名をもあぐるかなたそがれ時も過ぬと思ふにと、異本也。>
実に弓矢を取ても並なし、歌の道にも類有じと覚たり。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)

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レミ・ド・グールモン「薔薇連祷」

2016年05月25日 | 読書日記

薔薇連祷

  僞善の花よ、
  無言の花よ。

  銅色(あかがねいろ)の薔薇(ばら)の花、人間の歡(よろこび)よりもなほ頼み難い銅色の薔薇の花、おまへの僞(いつはり)多い匂を移しておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  うかれ女(め)のやうに化粧した薔薇の花、遊女(あそびめ)の心を有(も)つた薔薇の花、綺麗に顏を塗つた薔薇の花、情(なさけ)深さうな容子(ようす)をしておみせ、僞善の花よ、無言の花よ。

  あどけ無い頬の薔薇の花、末は變心(こゝろがはり)をしさうな少女(をとめ)、あどけ無い頬に無邪氣な紅(あか)い色をみせた薔薇の花、ぱつちりした眼の罠をお張り、僞善の花よ、無言の花よ。

  眼の黒い薔薇の花、おまへの死の鏡のやうな眼の黒い薔薇の花、不思議といふ事を思はせておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  純金色(じゆんきんしよく)の薔薇の花、理想の寶函(たからばこ)ともいふべき純金色の薔薇の花、おまへのお腹(なか)の鑰(かぎ)をおくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  銀色(ぎんいろ)の薔薇の花、人間の夢の香爐にも譬ふべき薔薇の花、吾等(われら)の心臟を取つて煙にしてお了ひ、僞善の花よ、無言の花よ。

  女同志(をんな)の愛を思はせる眼付(めつき)の薔薇の花よ、百合の花よりも白くて、女同志の愛を思はせる眼付の薔薇の花、處女(をとめ)に見せかけてゐるおまへの匂をおくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  茜さす額の薔薇の花、蔑まれた女(をんな)の憤怒(いきどほり)、茜さす額の薔薇の花、おまへの驕慢(けうまん)の祕密をお話し、僞善の花よ、無言の花よ。

  黄ばんだ象牙の額の薔薇の花、自分で自分を愛してゐる黄ばんだ象牙の額の薔薇の花、處女(をとめ)の夜(よる)の祕密をお話し、僞善の花よ、無言の花よ。

  血汐(ちしほ)の色の唇の薔薇の花、肉を食(くら)ふ血汐の色の唇の薔薇の花、おまへに血を所望(しよまう)されたら、はて何としよう、さあ、お飮み、僞善の花よ、無言の花よ。

  硫黄(ゆわう)の色の薔薇の花、煩惱の地獄ともいふべき硫黄の色の薔薇の花、魂(たましひ)となり焔となり、おまへが上に舞つてゐるその薪に火をおつけ、僞善の花よ、無言の花よ。

  桃の實(み)の色の薔薇の花、紅粉(こうふん)の粧(よそほひ)でつるつるした果物(くだもの)のやうな、桃の實みの色の薔薇の花、いかにも狡さうな薔薇の花、吾等の齒に毒をお塗り、僞善の花よ、無言の花よ。

  肉色の薔薇の花、慈悲の女神のやうに肉色の薔薇の花、若々(わかわか)してゐて味の無いおまへの肌の悲みに、この口を觸(さは)らせておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  葡萄のやうな薔薇の花、窖(あなぐら)と酒室(さかむろ)の花である葡萄のやうな薔薇の花、狂氣(きちがひ)の亞爾箇保兒(アルコオル)がおまへの息に跳ねてゐる、愛の狂亂を吹つかけておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  菫色の薔薇の花、曲(こじ)けた小娘(こむすめ)の淑やかさが見える黄色の薔薇の花、おまへの眼は他(ひと)よりも大きい、僞善の花よ、無言の花よ。

  淡紅色(ときいろ)の薔薇の花、亂心地(みだれごゝち)の少女(をとめ)にみたてる淡紅色(ときいろ)の薔薇の花、綿紗(モスリン)の袍(うはぎ)とも、天(あめ)の使ともみえる拵(こしら)へもののその翼(はね)を廣げてごらん、僞善の花よ、無言の花よ。

  紙細工(かみざいく)の薔薇の花、この世にあるまじき美を巧(たくみ)にも作り上げた紙細工の薔薇の花、もしや本當(ほんたう)の花でないかえ、僞善の花よ、無言の花よ。

  曙色(あけぼのいろ)の薔薇の花、「時」の色「無(む)」の色を浮べて、獅身女面獸(スフインクス)の微笑(ほゝゑみ)を思はせる暗色(あんしよく)の薔薇の花、虚無に向つて開いた笑顏(ゑがほ)、その嘘つきの所が今に好きになりさうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  紫陽花色(あぢさゐいろ)の薔薇の花、品(ひん)の良よい、心の平凡な樂(たのしみ)ともいふべく、新基督教風(しんキリストけうふう)の薔薇の花、紫陽花色の薔薇の花、おまへを見るとイエスさまも厭になる、僞善の花よ、無言の花よ。

  佛桑花色(ぶつさうげいろ)の薔薇の花、優しくも色の褪(さ)めたところが返咲(かへりざき)の女(をんな)の不思議な愛のやうな佛桑花色(ぶつさうげいろ)の薔薇の花、おまへの刺(とげ)には斑(ふ)があつて、おまへの爪は隱れてゐる、その天鵞絨(びろうど)の足先よ、僞善の花よ、無言の花よ。

  亞麻色(あまいろ)の薔薇の花、華車(きやしや)な撫肩にひつかけた格魯謨色(クロオムいろ)の輕い塵除(ちりよけ)のやうな亞麻色(あまいろ)の牡(を)よりも強い牝(め)と見える、僞善の花よ、無言の花よ。

  香橙色(くねんぼ)いろの薔薇の花、物語に傳はつた威尼知亞女(ヱ゛ネチヤをんな)、姫御前(ひめごぜ)よ、妃(きさき)よ、香橙色の薔薇の花、おまへの葉陰の綾絹(あやぎぬ)に、虎の顎(あぎと)が眠(ね)てゐるやうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  杏色(あんずいろ)の薔薇の花、おまへの愛はのろい火で温まる杏色の薔薇の花よ、菓子をとろとろ煮てゐる火皿(ひざら)がおまへの心だ、僞善の花よ、無言の花よ。

  盃形(さかづきがた)の薔薇の花、口をつけて飮みにかかると、齒の根が浮出す盃形の薔薇の花、噛(か)まれて莞爾(につこり)、吸はれて泣きだす、僞善の花よ、無言の花よ。

  眞白(まつしろ)な薔薇の花、乳色(ちゝいろ)で、無邪氣で眞白な薔薇の花、あまりの潔白には人も驚く、僞善の花よ、無言の花よ。

  藁色(わらいろ)の薔薇の花、稜鏡(プリズム)の生硬(なま)な色にたち雜(まざ)つた黄ばんだ金剛石のやうに藁色の薔薇の花、扇のかげで心と心とをひしと合せて、芒(のぎ)の匂(にほひ)をかいでゐる僞善の花よ、無言の花よ。

  麥色の薔薇の花、括(くくり)の弛んだ重い小束(こたば)の麥色の薔薇の花、柔くなりさうでもあり、硬くもなりたさうである、僞善の花よ、無言の花よ。

  藤色(ふぢいろ)の薔薇の花、決着の惡い藤色の薔薇の花、波にあたつて枯れ凋んだが、その酸化した肌をばなるたけ高く賣らうとしてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  深紅(しんく)の色の薔薇の花、秋の夕日の豪奢(はで)やかさを思はせる深紅の色の薔薇の花、まだ世心(よごころ)のつかないのに欲を貪る者の爲添伏(そひぶし)をして身を任す貴(たふと)い供物(くもつ)、僞善の花よ、無言の花よ。

  大理石色(なめいしいろ)の薔薇の花、紅(あか)く、また淡紅(うすあか)に熟(じゆく)して今にも溶(と)けさうな大理石色の薔薇の花、おまへは極(ごく)内證(ないしよ)で花瓣(はなびら)の裏をみせてくれる、僞善の花よ、無言の花よ。

  唐金色(からかねいろ)の薔薇の花、天日(てんぴ)に乾いた捏粉(ねりこ)、唐金色の薔薇の花、どんなに利(き)れる投槍(なげやり)も、おまへの肌に當つては齒も鈍(にぶ)る、僞善の花よ、無言の花よ。

  焔の色の薔薇の花、強情な肉を溶とかす特製の坩堝(るつぼ)、焔(ほのほ)の色の薔薇の花、老耄(らうまう)した黨員の用心、僞善の花よ、無言の花よ。

  肉色の薔薇の花、さも丈夫らしい、間の拔けた薔薇の花、肉色の薔薇の花、おまへは、わたしたちに紅(あか)い弱い葡萄酒(ぶだうしゆ)を注(か)けて誘惑する、僞善の花よ、無言の花よ。

  玉蟲染(たまむしぞめ)の天鵞絨(びろうど)のやうな薔薇の花、紅(あか)と黄(き)の品格があつて、人の長(をさ)たる雅致(がち)がある玉蟲染の天鵞絨のやうな薔薇の花、成上(なりあがり)の姫たちが着る胴着(どうぎ)、似而非(えせ)道徳家もはおりさうな衣服(きもの)、僞善の花よ、無言の花よ。

  櫻綾子(さくらどんす)のやうな薔薇の花、勝ち誇つた唇の結構な氣の廣さ、櫻綾子のやうな薔薇の花、光り輝くおまへの口は、わたしどもの肌の上、その迷景(ミラアジユ)の赤い封印を押してくれる、僞善の花よ、無言の花よ。

  乙女心の薔薇の花、ああ、まだ口もきかれぬぼんやりした薄紅(うすあか)い生娘(きむすめ)、乙女心の薔薇の花、まだおまへには話がなからう、僞善の花よ、無言の花よ。

  苺(いちご)の色の薔薇の花、可笑(をか)しな罪の恥と赤面(せきめん)、苺の色の薔薇の花、おまへの上衣(うはぎ)を、ひとが揉もみくちやにした、僞善の花よ、無言の花よ。

  夕暮色(ゆふぐれいろ)の薔薇の花、愁(うれひ)に半(なかば)死んでゐる、噫(あゝ)たそがれ刻(どき)の霧、夕暮色の薔薇の花、ぐつたりした手に接吻(せつぷん)しながら、おまへは戀死(こひじに)でもしさうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  水色(みづいろ)の薔薇の花、虹色(にじいろ)の薔薇の花、怪獸(シメエル)の眼に浮ぶあやしい色、水色の薔薇の花、おまへの瞼(まぶた)を少しおあげ、怪獸(シメエル)よ、おまへは面(めん)と向つて、ぢつと眼と眼と合せるのが恐(こは)いのか、僞善の花よ、無言の花よ。

  草色(くさいろ)の薔薇の花、海の色の薔薇の花、ああ海のあやしい妖女(シレエヌ)の臍(ほぞ)、草色の薔薇の花、波に漂ふ不思議な珠玉、指が一寸(ちつと)觸(さは)ると、おまへは唯の水になつてしまふ、僞善の花よ、無言の花よ。

  紅玉(あかだま)のやうな薔薇の花、顏の黒ずんだ額(ひたひ)に咲く薔薇の花、紅玉のやうな薔薇の花、おまへは帶の締緒(しめを)の玉にすぎない、僞善の花よ、無言の花よ。

  朱(しゆ)の色の薔薇の花、羊守(も)る娘(こ)が、戀に惱んで畠(はたけ)に眠(ね)てゐる姿、羊牧(ひつじかひ)はゆきずりに匂を吸ふ、山羊(やぎ)はおまへに觸(さは)つてゆく、僞善の花よ、無言の花よ。

  墓場の薔薇の花、屍體(したい)から出た若い命(いのち)、墓場の薔薇の花、おまへはいかにも可愛(かはい)らしい、薄紅(うすあか)い、さうして美しい爛壞(らんゑ)の薫(かをり)神神(かうがう)しく、まるで生きてゐるやうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  褐色(とびいろ)の薔薇の花、陰鬱(いんうつ)な桃花心木(たうくわしんぼく)の色、褐色の薔薇の花、免許の快樂、世智、用心、先見、おまへは、ひとの惡さうな眼つきをしてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  雛罌粟色(ひなげしいろ)の薔薇の花、雛形娘(ひながたむすめ)の飾紐(かざりひも)、雛罌粟色の薔薇の花、小さい人形(にんぎやう)のやうに立派なので兄弟(きやうだい)の玩弄(おもちや)になつてゐる、おまへは全體(ぜんたい)愚(おろか)なのか、狡(こす)いのか、僞善の花よ、無言の花よ。

  赤くてまた黒い薔薇の花、いやに矜(たかぶ)つて物隱しする薔薇の花、赤くてまた黒い薔薇の花、おまへの矜(たかぶ)りも、赤味(あかみ)も、道徳が拵(こしら)へる妥協の爲に白(しら)つちやけて了しまつた、僞善の花よ、無言の花よ。

  鈴蘭のやうな薔薇の花、アカデエモスの庭に咲く夾竹桃(けふちくたう)に絡んだ旋花(ひるがほ)、極樂の園にも亂れ咲くだらう、噫、鈴蘭のやうな薔薇の花、おまへは香(にほひ)も色もなく、洒落(しやれ)た心意氣(こゝろいき)も無い、年端(としは)もゆかぬ花だ、僞善の花よ、無言の花よ。

  罌粟色(けしいろ)の薔薇の花、藥局(やくきよく)の花、あやしい媚藥を呑んだ時の夢心地、贋の方士(はうし)が被(かぶ)る頭巾(づきん)のやうな薄紅(うすあか)い花、罌粟色の薔薇の花、馬鹿者どもの手がおまへの下衣(したぎ)の襞(ひだ)に觸(さは)つて顫(ふる)へることもある、僞善の花よ、無言の花よ。

  瓦色(かはらいろ)の薔薇の花、煙のやうな道徳の鼠繪具、瓦色の薔薇の花、おまへは寂しさうな古びた床机(しやうぎ)に這(は)ひあがつて、咲き亂れてゐる、夕方の薔薇の花、僞善の花よ、無言の花よ。

  牡丹色の薔薇の花、仰山(ぎやうさん)に植木のある花園の愼(つゝ)ましやかな誇、牡丹色の薔薇の花、風がおまへの瓣(はなびら)を飜(あふ)るのは、ほんの偶然であるのだが、それでもおまへは不滿でないらしい、僞善の花よ、無言の花よ。

  雪のやうな薔薇の花、雪の色、白鳥(はくてう)の羽(はね)の色、雪のやうな薔薇の花、おまへは雪の脆いことを知つてゐるから、よほど立派な者のほかには、その白鳥の羽を開いてみせない、僞善の花よ、無言の花よ。

  玻璃色(びいどろいろ)の薔薇の花、草間(くさま)に迸(ほとばし)る岩清水(いはしみづ)の色、玻璃色(びいどろいろ)の薔薇の花、おまへの眼を愛したばかりで、ヒュラスは死んだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  黄玉色(トパアズいろ)の薔薇の花、忘れられてゆく傳説の姫君、黄玉色(トパアズいろ)の薔薇の花、おまへの城塞(じやうさい)は旅館となり、おまへの本丸(ほんまる)は滅んでゆく、おまへの白い手は曖昧な手振をする、僞善の花よ、無言の花よ。

  紅玉色(リユビイいろ)の薔薇の花、轎(のりもの)で練(ね)つてゆく印度(いんど)の姫君、紅玉色(リユビイいろ)の薔薇の花、けだしアケディセリルの妹君であらう、噫衰殘(すゐざん)の妹君よ、その血僅に皮に流れてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  ■(くさかんむり+見)(ひゆ)のやうに紫ばんだ薔薇の花、賢明はフロンド黨の姫君の如く、優雅はプレシウズ連(れん)の女王とも謂(いひ)つべき■(くさかんむり+見)(ひゆ)のやうに紫ばんだ薔薇の花、美しい歌を好む姫君、姫が寢室(ねべや)の帷(とばり)の上に、即興の戀歌(こひか)を、ひとが置いてゆく、僞善の花よ、無言の花よ。

  蛋白石色(オパアルいろ)の薔薇の花、後宮(こうきゆう)の香烟(かうえん)につつまれて眠(やす)む土耳古(トルコ)の皇后、蛋白石色(オパアルいろ)の薔薇の花、絶間無い撫(なで)さすりの疲(つかれ)、おまへの心はしたたかに滿足した惡徳の深い安心を知つてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  紫水晶色(アメチストいろ)の薔薇の花、曉方(あけがた)の星、司教のやうな優しさ、紫水晶色(アメチストいろ)の薔薇の花、信心深い柔かな胸の上におまへは寢てゐる、おまへは瑪利亞樣(マリヤさま)に捧げた寶石だ、噫寶藏(はうざう)の珠玉、僞善の花よ、無言の花よ。

  君牧師(カルヂナル)の衣(ころも)の色、濃紅色(のうこうしよく)の薔薇の花、羅馬公教會(ろおまこうけうくわい)の血の色の薔薇の花、濃紅色の薔薇の花、おまへは愛人の大きな眼を思ひださせる、おまへを襪紐(たびどめ)の結目(むすびめ)に差すものは一人(ひとり)ばかりではあるまい、僞善の花よ、無言の花よ。

  羅馬法皇(ろおまほふわう)のやうな薔薇の花、世界を祝福する御手(みて)から播(ま)き散らし給ふ薔薇の花、羅馬法皇(ろおまほふわう)のやうな薔薇の花、その金色(こんじき)の心(しん)は銅(あかがね)づくり、その空(あだ)なる輪(りん)の上に、露と結ぶ涙は基督(クリスト)の御歎(おんなげ)き、僞善の花よ、無言の花よ、僞善の花よ、無言の花よ。

  僞善の花よ。
  無言の花よ。

(上田敏訳詩「牧羊神」より~青空文庫)

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躑躅の花で草木染め

2016年05月24日 | 雑日記

 酸性抽出という染色方法で鮮やかな赤色の躑躅(つつじ)の花の花びらで草木染めをしてみました。

 クエン酸を使って酸性溶液をホーローの入れ物に用意をして、その中に花が終わってしぼんだ花びらを浸けていきます。濃い赤色の染液ができたら、花びらを取り出します。
 その中に染める布を浸します。液の上に布が浮いて出ないようにして、3~4日浸けておきます。時々、混ぜます。

 今回、布は正絹帯揚げを使用したのですが、穏やかなピンク色になりました。花の色や染液の色から連想していたのは、もっと派手な色だったので、やや意外でした。

 ネット検索してみたところ、他の媒染との組み合わせも出来るようです。明礬で、あるいは鉄媒染で、あるいは明礬+鉄媒染で、後媒染することで、堅牢度が上がり、色のバリエーションが増えるので、試してみたいです。
 絞りをほどこして後媒染をすれば、二色染め分けの帯揚げが出来そうです。

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チャービル

2016年05月22日 | 食・レシピ

 チャービルの種を蒔いたら、放っておいても毎年収穫できるようになりました。ただ、すぐにトウ立ちしてしまうのが難点。日影の乾燥している環境を好むようです。
 収穫していて気付いたのですが、パクチー(コリアンダーあるいはシャンツァイ/香菜)と匂いが似ていると思います。次回トムヤムクンを作る時には使ってみるつもりです。

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アヒージョ

2016年05月21日 | 食・レシピ

 見たことのないレシピ名をスーパーで目にしたので、「アヒージョ」って何か調べてみました。「ニンニク風味のオリーブオイル煮込み」のようです。自分で作りやすそうなレシピを集めてみました。
 肉や魚類は、火にかける前に塩を振っておくと、しっかり塩味がついて、私好みです。
 仕上げは、あれば上にチャービル又はパセリを散らすとよさげ。バゲットは確かに必須かも。

キノコのアヒージョ~材料は、しめじ、エリンギ、マッシュルーム、シーフードミックス。

砂肝とマッシュルーム(あるいは、長芋)のアヒージョ

オイルサーディーンとマッシュルーム(あるいは、エリンギ)のアヒージョ

イワシのアヒージョ~最近イワシが安くなってきたので、試してみたいです。

カレーアヒージョ~材料はたらとジャガイモ(メークイーン)。イモは予め電子レンジでざっと熱を通しておく。

鰤(ぶり)のアラとカラーピーマンとプチトマトのアヒージョ

アヒージョを作って残ったガーリックオイルを使ってカレーピラフを作る。
 玉ねぎ・セロリ・人参などの具材をみじん切りにしてアヒージョのオイルで炒め、生米(洗わない)とアヒージョの残りの具も加えて、カレー粉・塩・コショウで味を付ける。米に火が通るまで熱したら出来上がり。

コメント
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