しなしなの記録

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桜島に行った後、石橋記念公園に行きました。ここには、鹿児島市の中央を流れる甲突川に架けられていた石橋が移築されています。元橋梁技術者の私は感激です

2023-06-23 21:19:07 | Weblog

 5月14日(日)、私は、鹿児島観光で桜島に行った後、石橋記念公園に行きました。鹿児島市の中心部を流れる甲突川には、江戸時代に5つの石橋が架けられました。上流から、玉江橋、新上橋、西田橋、高麗橋、武之橋です。武之橋は5連のアーチ、他は4連のアーチ橋でした。1993年(平成5年)8月6日、鹿児島市は集中豪雨に見舞われます。そして、新上橋と武之橋は流失してしまいます。

 残った橋は、1999年(平成11年)に甲突川の河川改修に合わせ、石橋記念公園に移設されました。

 


 まずは、西田橋です。トップと下の写真です。

 

 4連アーチ橋で、橋長49.5m、幅員6.2mの石橋です。1846年(弘化3年)に築造されたそうです。橋面には、青銅の擬宝珠が設置されています。

 

 路面の斜めの切石の配置が美しいです。城下の表玄関の橋だったそうで、豪華に造られたそうです。参勤交代で使われ、篤姫もこの西田橋を渡ったそうです。


 この西田橋、流失した2橋を含め、5つの橋全てを架橋したのは、肥後の石工、岩永三五郎です。像が有りました。

 

 1840年(天保11年)から1849年(嘉永2年)までの10年間、鹿児島に滞在し、5橋を架けたそうです。


 次は高麗橋です。

 

 

 

 1847年(弘化4年)に完成したそうです。橋長54.95m、幅員5.4mです。


 最後は玉江橋です。1849年(嘉永2年)に完成しました。橋長50.74m、幅員4.0mの橋です。

 

 橋脚部分が右と左で違っています。他の橋も同様です。

 

 

 上流側は川の流れに抵抗できるよう、先端を尖らせ、石を多く積み上げ、重量を多くしたのだと思います。橋面の舗装は、大きさの違う石を組み合わせています。美しいと思います。

 


 元橋梁技術者の私はすごく感動して、石橋記念公園を後にしました。
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