ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

運転免許教習所にて・・

2020-10-10 16:22:44 | あの頃
 真夏の暑い盛りの頃だ。
定期点検で、愛車のディーラーへ行った。
 やや時間があったので、店内の展示車を見ていた。

 「どうぞ、ドアを開けて運転席に座ってみてください。」
それが、その後の流れの切っ掛けになった。
 言われるままにシートの具合を確かめたり、
ハンドルを握ったりした。

 新しい車のワクワク感があった。
特段、購入意欲がないまま、価格を尋ねてみた。
 もう4年近く付き合いのある営業マンが、
誠実な人柄そのままに、説明を始めた。

 途中で遮ることができずに聞いた。
これが「脈あり!」と思わせたらしい。

 数日して、詳細な価格表をもって自宅へやって来た。
「是非、もう一度車を見てください」。
 くり返しそう言う。
その物腰の柔らかさと誠意に押され、
来店を約束した。

 再び、展示車に座った。
しかし、買う気にはなれなかった。

 彼に諦めてもらおうと、断りの弁を言った。
「この車が気に入りましたとは・・。どうもそうならなくて・・。
申し訳ありません。またの機会に・・」。
 私は、大人対応をしたつもり・・。
察して欲しかった。

 ところが、
「他の車種なら気に入るかも・・」。
 彼はそう理解したようだ。
翌日には、2車種のカタログを持ってやって来た。

 そして遂には、そのカタログと同じ試乗車を、
数日を置いて、1台また1台と我が家に横付けした。
 
 次第にその熱意に押されていった。
この機会に、「乗り換えても・・・」。
 そんな気持ちが芽生えはじめた。

 優秀な営業マンは好機を逃さないようだ。
とうとう店長さんまでつれてやって来た。
 大人が2人揃って深々と頭を下げるのだ。

 1ヶ月余りの売り込みのすえ、
ついに新車契約を結ぶことになってしまった。

 25歳で、初めてマイカーを買った。
それから10台目になる。
 人生最後の乗り換えだろう。

 ふと、初めて愛車を買ったあの頃を思い出した。
特に、運転免許取得の教習所は忘れることができない。
 そこでの、エピソードを2つ記す。

 ⑴
 最初に着任した小学校は、交通の便が悪かった。
一番近いバス停には、
1時間に1本しかバスが来なかった。

 だから、自家用車が次第に普及し始めた頃だったので、
マイカー通勤をする先生が多かった。

 結婚が決まり、運良く抽選で新しい団地が当たった。
そこから、勤務校まではバスや電車を乗り継ぐと、
片道1時間半もかかった。
 ところが、車だと40分足らず。

 早速、夏休みを利用して、運転免許を取ることにした。
密かに、いつかは車通勤にしようと決めていた。
 
 教習所は賑わっていた。
夜の運転実習はなかなか予約ができない。
 だが、私は休み中なので、昼間の時間帯が取れ、
実習は順調に進んだ。

 まだ仮免許前のことだ。
S字カーブやら、狭い道のハンドル操作の段階だったと思う。
 隣に座った教官は、
「そこを右に曲がる」、「次を左」と指示した。
 しかし、私の操作に対し、
指導や注意など一言もなかった。

 なのに、その教程時間が終わると、
「もう一度、同じ講習を受け直し・・」。
 そう言って、さっと車を降りていった。

 納得できなかったが、
それでも仕方なく、
翌日、同じ講習の予約を取って、やり直した。
 
 それから、何日かが過ぎた。
坂道発進など難しい技能に冷や汗を流した日だ。
 教官から、なんとか履修OKをもらい、
ホッとして車を降りた。

 直後だった。
所内の近くの路上で、大声を張り上げ、
大人2人がつかみ合いのケンカを始めた。

 私も仲裁に駆けつけたが、
何人かで2人を引き離した。

 1人は見覚えのある顔だった。
あの何も教えない教官だ。

 もう1人は、同じ教習生だ。
彼は、引き離し後も、怒りは収まらす声を張り上げた。
 「こいつ、今日もこの前も何も言わないで、
やり直しにしやがった」。

 その後、2人は教習所の方に促され、
事務所へと移動した。
 そこでどんなやり取りがあったかは知らない。

 その日以来、その教官の姿を見ることがなくなった。
「あの教官に当たったら、ハズレって評判だったから・・。」
 「きっと、辞めさせられたんだよ。」
「当然さ!、みんな頭にきてたもん。」
 そんな声が、しばしば聞こえてきた。

 まだ新米先生だった私には、
『・・当たったら、ハズレ・・・』の言葉が、
やけに重たく心に響いたのだ。 

 ⑵
 教習所では、運転実習と同時に法令等の講習があった。
確か数時間、1つの教室で講義を聞くだけだった。
 そして、最後は運転免許試験所での筆記試験に備え、
模擬テストを受ける。
 それでよかった。
 
 さほどの難関ではない。
気軽に教室前で、開講時間を待った。

 その廊下の同じ椅子に、
いつも座っている中年の男性がいた。

 「試験に4回も落ちて、またやり直しさ。」
彼は、笑顔で話しかけてきた。
 その時、私はきっと不思議な顔をしたのだろう。

 「運転の実習は苦労しなかったんだ。
でも、小さい頃から勉強が嫌いでさ、
読めない字がいっぱいあるんだ。」
 彼は、あっけらかんとした表情でつけ加えた。

 突然、10歳違いの兄が運転免許に挑戦した時を思い出した。
私が小学生の頃だ。
 兄は教習所の本を読みながら、しきりに国語辞典を開いていた。
「字が読めなくて、時間ばかりかかる」。
 そう言いながら、ため息をついていた。

 「私でよければ、何かお手伝いしましょうか?」
思わず、口から出てしまった。
 「あのさ、ほかの人にも頼んでるんだけど、
読めない字のところを教えてもらっていいかな。
 オレ、すぐふりかな書くから。」

 彼の教本には、一字一字にふりがながあった。
「みんな、ここで教えてもらったんだ。
だいぶ読めるようになったよ。
 仕事で免許、取りたいからさ。
頼むわ。」

 それから、数回、講義までの待ち時間に、
廊下でルビのお手伝いをした。
 彼は、ゴツゴツした指で、漢字にふりがなを書いた。

 ある日、彼が廊下で手招ぎをした。
「模擬試験、受かったよ。
 明日、運転免許試験所へ行ってくる。
もうひと頑張りだよ。
 ありがとう!」。
 彼のはち切れそうな笑顔が、心に残った。




   マイガーデンも とうとう秋 
               ※次回のブログ更新予定は 10月24日(土)

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