(1)
週に3,4回、朝のジョギングを続けている。
時には家内も一緒だが、
最近は1人で5キロから10キロを、
30分から1時間かけて走る。
雨の日が続くと、晴れが待ち遠しくなり、
走る意欲が湧いてくる。
だが、好天が続くと、
気が重いまま、走り出すことが多くなった。
それでも、走り始めて2キロ付近からは、
いつも四季折々の風と景色に接し、爽快な気分になる。
もう5年も続いているジョギングである。
定番のコースを6つ程決めている。
その1つは、1時間コースで、最後に、
腰折れ屋根の牛舎が点在する町外れを通るものだ。
ようやくその辺りまで走りつく頃には、
いつも帽子もTシャツも汗まみれ。
そんな姿で荒い息の私が、
よく似た顔の女の子とお母さんに出会うようになったのは、
3年も前のことである。
ダラダラとした緩い傾斜の上り坂の途中に小学校がある。
校門を横目に6,7分程走ると、T字路だ。
そこを左に曲がると、ようやく平坦な道になる。
そのビニールハウスと畑の道で、
私は、その母と子に、初めて朝の挨拶をした。
その時、女の子は、真新しいランドセルを背負っていた。
お母さんの手をしっかりと握り、足取りが重たかった。
私の「おはようございます」に、下を向いたままだった。
「おはようぐらい、言えるでしょ。」
通り過ぎた後ろから、お母さんの小さな声が聞こえてきた。
まだ学校に慣れないのだろうか。
登校を渋っている様子が、ありありと伝わってきた。
だから、やや学校に近いところで出会った2回目からは、
いつもと同じように、荒い息だったが、
とびっきりの笑顔をつくり、明るい声で挨拶をした。
毎回、お母さんの手をギュッと握っていたが、
私に顔を向けてくれることが多くなった。
それから何回、2人とすれ違い、挨拶をしただろう。
お母さんの手を握っていない日が多くなったが、
相変わらず2人での登校が続いていた。
女の子は、2年生になり、今年、3年生の春を迎えた。
その日も、ようやくダラダラ坂を上りきり、
左に曲がった。
相変わらず息が切れていた。
前方を見た。一瞬、時間が止まった。
なんと、女の子が1人で、真っ直ぐ歩いてきたのだ。
遠くにお母さんの立ち姿があった。
でも、ふりかえることもなく、女の子は進んできた。
体も大きくなった気がした。
頼もしかった。
少しスピードを上げて、距離を縮めた。
「おはようございます。」
私より先に、笑顔と一緒の挨拶がとんできた。
私はいつも通りを装い、明るく挨拶を返し、すれ違った。
やけに嬉しかった。
しばらく走り、お母さんを追いぬいた。
私は、いつもより明るい表情で、挨拶をしていた。
私の気持ちに気づいてなのかどうか、
お母さんの顔が、いつになく輝いてみえた。
きっと農家さん一家だろう。
名前も住まいも分かっていない。
1,2か月に1回程度のすれ違いだけ。
「久しぶりに会ったね。」
お母さんが女の子につぶやいた声が、
耳に入った日もあった。
すれ違うたびに、
いつかは1人で登校してほしいと願っていた。
それが、現実となった。
その親子以外出会う人のいない道を、
私は、いつになく軽快な足取りで進んだ。
「女の子も、お母さんも頑張った。すごい!」
そんな言葉が、心を何度もかけめぐった。
(2)
ジョギングから戻り、自宅に着く頃、
まだ小中学生の登校が続いていることがある。
と言っても、都会とは違う。
我が家の横の通りを通学路にしている子は、
10数人だと思う。
ポツリポツリと、子どもが緩い坂を下り、
学校へ向かう。
その中に、今年から1年生のA君とH君が加わった。
A君は、体もしっかりとしていて、
ランドセルがよく似合った。
それに比べ、
H君は、背負ったランドセルが、
やけに大きく見える小柄な子だった。
ジョギングから戻ると、
2人とバッタリ出会うことがある。
私が、荒い息を整えようと、
通学路の通りまでゆっくり進むと、
2人は、その通りのこちら側の歩道を、
仲よく並んで向かってくる。
どんな話題なのか、
いつも楽しそうに、話しながらの登校である。
「おなようございます。行ってらっしゃい。」
私の声かけにも、2人はさほど関心はない。
「おはようございます。」と応じるものの、
すぐに2人だけの会話に戻ってしまう。
ある朝のことだ。
いつもと変わらないタイミングで、
楽しげに2人がやってきた。
すると私のすぐ目の前で、
A君が通りをかけ足で横切ったのだ。
通りと言っても、交通量は少ない。
幸い1台の車も走っていなかった。
でも、H君はすぐに叫んだ。
「そっちに行っちゃダメだよ。」
「大丈夫だよ。こっちにおいで!」
「危ないから、ボク、行かない。」
「Tちゃんも、こっち通るからおいでよ!」
H君は、しばらくじっと立ち止まった。
そして、次の瞬間、
左右を見ながら、急ぎ通りに足を踏み出した。
その時、同時にA君も、
左右を見ながら、急ぎ通りに足を踏み出した。
2人は、左右を見ながら、通りの真ん中で鉢合わせた。
体がぶつかるやいなや、
「なんで、渡ってきたの?」
「なんで?」
「だって、おいでって言うから!」
「ちがうよ。そっちはダメって言ったよ!」
通りの真ん中で、言い争いを始める2人。
幸い車の姿はない。
でも、私は叫んだ。
「道の真ん中はだめだよ。」
2人は、あわてて、また両側の歩道に戻った。
「ジャンケンしよう。」
A君の提案を、H君は受け入れた。
私のすぐそばで、道をはさんで2人のジャンケンが始まった。
横断歩道のないところで、
道を横切ることは禁じられているだろう。
「こんなところで、道を渡っちゃダメだよ。」
私の注意に、2人はジャンケンを止めた。
「どうする?」
「まっすぐ行こう。」
「そうだね。」
2人は、右と左の歩道を別々に歩きだした。
「行ってらっしゃい!」
私の声に、悪びれた様子もなく、
「行ってきます!」の声が返ってきた。
なぜだろう。
その日は一日中、私は明るい気分で過ごした。
だて歴史の杜公園修景池が1枚の鏡のよう
週に3,4回、朝のジョギングを続けている。
時には家内も一緒だが、
最近は1人で5キロから10キロを、
30分から1時間かけて走る。
雨の日が続くと、晴れが待ち遠しくなり、
走る意欲が湧いてくる。
だが、好天が続くと、
気が重いまま、走り出すことが多くなった。
それでも、走り始めて2キロ付近からは、
いつも四季折々の風と景色に接し、爽快な気分になる。
もう5年も続いているジョギングである。
定番のコースを6つ程決めている。
その1つは、1時間コースで、最後に、
腰折れ屋根の牛舎が点在する町外れを通るものだ。
ようやくその辺りまで走りつく頃には、
いつも帽子もTシャツも汗まみれ。
そんな姿で荒い息の私が、
よく似た顔の女の子とお母さんに出会うようになったのは、
3年も前のことである。
ダラダラとした緩い傾斜の上り坂の途中に小学校がある。
校門を横目に6,7分程走ると、T字路だ。
そこを左に曲がると、ようやく平坦な道になる。
そのビニールハウスと畑の道で、
私は、その母と子に、初めて朝の挨拶をした。
その時、女の子は、真新しいランドセルを背負っていた。
お母さんの手をしっかりと握り、足取りが重たかった。
私の「おはようございます」に、下を向いたままだった。
「おはようぐらい、言えるでしょ。」
通り過ぎた後ろから、お母さんの小さな声が聞こえてきた。
まだ学校に慣れないのだろうか。
登校を渋っている様子が、ありありと伝わってきた。
だから、やや学校に近いところで出会った2回目からは、
いつもと同じように、荒い息だったが、
とびっきりの笑顔をつくり、明るい声で挨拶をした。
毎回、お母さんの手をギュッと握っていたが、
私に顔を向けてくれることが多くなった。
それから何回、2人とすれ違い、挨拶をしただろう。
お母さんの手を握っていない日が多くなったが、
相変わらず2人での登校が続いていた。
女の子は、2年生になり、今年、3年生の春を迎えた。
その日も、ようやくダラダラ坂を上りきり、
左に曲がった。
相変わらず息が切れていた。
前方を見た。一瞬、時間が止まった。
なんと、女の子が1人で、真っ直ぐ歩いてきたのだ。
遠くにお母さんの立ち姿があった。
でも、ふりかえることもなく、女の子は進んできた。
体も大きくなった気がした。
頼もしかった。
少しスピードを上げて、距離を縮めた。
「おはようございます。」
私より先に、笑顔と一緒の挨拶がとんできた。
私はいつも通りを装い、明るく挨拶を返し、すれ違った。
やけに嬉しかった。
しばらく走り、お母さんを追いぬいた。
私は、いつもより明るい表情で、挨拶をしていた。
私の気持ちに気づいてなのかどうか、
お母さんの顔が、いつになく輝いてみえた。
きっと農家さん一家だろう。
名前も住まいも分かっていない。
1,2か月に1回程度のすれ違いだけ。
「久しぶりに会ったね。」
お母さんが女の子につぶやいた声が、
耳に入った日もあった。
すれ違うたびに、
いつかは1人で登校してほしいと願っていた。
それが、現実となった。
その親子以外出会う人のいない道を、
私は、いつになく軽快な足取りで進んだ。
「女の子も、お母さんも頑張った。すごい!」
そんな言葉が、心を何度もかけめぐった。
(2)
ジョギングから戻り、自宅に着く頃、
まだ小中学生の登校が続いていることがある。
と言っても、都会とは違う。
我が家の横の通りを通学路にしている子は、
10数人だと思う。
ポツリポツリと、子どもが緩い坂を下り、
学校へ向かう。
その中に、今年から1年生のA君とH君が加わった。
A君は、体もしっかりとしていて、
ランドセルがよく似合った。
それに比べ、
H君は、背負ったランドセルが、
やけに大きく見える小柄な子だった。
ジョギングから戻ると、
2人とバッタリ出会うことがある。
私が、荒い息を整えようと、
通学路の通りまでゆっくり進むと、
2人は、その通りのこちら側の歩道を、
仲よく並んで向かってくる。
どんな話題なのか、
いつも楽しそうに、話しながらの登校である。
「おなようございます。行ってらっしゃい。」
私の声かけにも、2人はさほど関心はない。
「おはようございます。」と応じるものの、
すぐに2人だけの会話に戻ってしまう。
ある朝のことだ。
いつもと変わらないタイミングで、
楽しげに2人がやってきた。
すると私のすぐ目の前で、
A君が通りをかけ足で横切ったのだ。
通りと言っても、交通量は少ない。
幸い1台の車も走っていなかった。
でも、H君はすぐに叫んだ。
「そっちに行っちゃダメだよ。」
「大丈夫だよ。こっちにおいで!」
「危ないから、ボク、行かない。」
「Tちゃんも、こっち通るからおいでよ!」
H君は、しばらくじっと立ち止まった。
そして、次の瞬間、
左右を見ながら、急ぎ通りに足を踏み出した。
その時、同時にA君も、
左右を見ながら、急ぎ通りに足を踏み出した。
2人は、左右を見ながら、通りの真ん中で鉢合わせた。
体がぶつかるやいなや、
「なんで、渡ってきたの?」
「なんで?」
「だって、おいでって言うから!」
「ちがうよ。そっちはダメって言ったよ!」
通りの真ん中で、言い争いを始める2人。
幸い車の姿はない。
でも、私は叫んだ。
「道の真ん中はだめだよ。」
2人は、あわてて、また両側の歩道に戻った。
「ジャンケンしよう。」
A君の提案を、H君は受け入れた。
私のすぐそばで、道をはさんで2人のジャンケンが始まった。
横断歩道のないところで、
道を横切ることは禁じられているだろう。
「こんなところで、道を渡っちゃダメだよ。」
私の注意に、2人はジャンケンを止めた。
「どうする?」
「まっすぐ行こう。」
「そうだね。」
2人は、右と左の歩道を別々に歩きだした。
「行ってらっしゃい!」
私の声に、悪びれた様子もなく、
「行ってきます!」の声が返ってきた。
なぜだろう。
その日は一日中、私は明るい気分で過ごした。
だて歴史の杜公園修景池が1枚の鏡のよう
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます