ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

学校にむかう子ども 2話

2017-09-01 21:25:30 | 北の湘南・伊達
 (1)
 週に3,4回、朝のジョギングを続けている。
時には家内も一緒だが、
最近は1人で5キロから10キロを、
30分から1時間かけて走る。

 雨の日が続くと、晴れが待ち遠しくなり、
走る意欲が湧いてくる。
 だが、好天が続くと、
気が重いまま、走り出すことが多くなった。

 それでも、走り始めて2キロ付近からは、
いつも四季折々の風と景色に接し、爽快な気分になる。

 もう5年も続いているジョギングである。
定番のコースを6つ程決めている。
 その1つは、1時間コースで、最後に、
腰折れ屋根の牛舎が点在する町外れを通るものだ。

 ようやくその辺りまで走りつく頃には、
いつも帽子もTシャツも汗まみれ。
 そんな姿で荒い息の私が、
よく似た顔の女の子とお母さんに出会うようになったのは、
3年も前のことである。

 ダラダラとした緩い傾斜の上り坂の途中に小学校がある。
校門を横目に6,7分程走ると、T字路だ。
 そこを左に曲がると、ようやく平坦な道になる。
そのビニールハウスと畑の道で、
私は、その母と子に、初めて朝の挨拶をした。

 その時、女の子は、真新しいランドセルを背負っていた。
お母さんの手をしっかりと握り、足取りが重たかった。
 私の「おはようございます」に、下を向いたままだった。

 「おはようぐらい、言えるでしょ。」
通り過ぎた後ろから、お母さんの小さな声が聞こえてきた。

 まだ学校に慣れないのだろうか。
登校を渋っている様子が、ありありと伝わってきた。

 だから、やや学校に近いところで出会った2回目からは、
いつもと同じように、荒い息だったが、
とびっきりの笑顔をつくり、明るい声で挨拶をした。
 
 毎回、お母さんの手をギュッと握っていたが、
私に顔を向けてくれることが多くなった。

 それから何回、2人とすれ違い、挨拶をしただろう。
お母さんの手を握っていない日が多くなったが、
相変わらず2人での登校が続いていた。

 女の子は、2年生になり、今年、3年生の春を迎えた。

 その日も、ようやくダラダラ坂を上りきり、
左に曲がった。
 相変わらず息が切れていた。

 前方を見た。一瞬、時間が止まった。
なんと、女の子が1人で、真っ直ぐ歩いてきたのだ。
 遠くにお母さんの立ち姿があった。

 でも、ふりかえることもなく、女の子は進んできた。
体も大きくなった気がした。
 頼もしかった。
少しスピードを上げて、距離を縮めた。

 「おはようございます。」
私より先に、笑顔と一緒の挨拶がとんできた。

 私はいつも通りを装い、明るく挨拶を返し、すれ違った。
やけに嬉しかった。

 しばらく走り、お母さんを追いぬいた。
私は、いつもより明るい表情で、挨拶をしていた。
 私の気持ちに気づいてなのかどうか、
お母さんの顔が、いつになく輝いてみえた。

 きっと農家さん一家だろう。
名前も住まいも分かっていない。
 1,2か月に1回程度のすれ違いだけ。

 「久しぶりに会ったね。」
お母さんが女の子につぶやいた声が、
耳に入った日もあった。

 すれ違うたびに、
いつかは1人で登校してほしいと願っていた。
 それが、現実となった。
 
 その親子以外出会う人のいない道を、
私は、いつになく軽快な足取りで進んだ。
 「女の子も、お母さんも頑張った。すごい!」
そんな言葉が、心を何度もかけめぐった。


 (2)
 ジョギングから戻り、自宅に着く頃、
まだ小中学生の登校が続いていることがある。

 と言っても、都会とは違う。
我が家の横の通りを通学路にしている子は、
10数人だと思う。
 ポツリポツリと、子どもが緩い坂を下り、
学校へ向かう。

 その中に、今年から1年生のA君とH君が加わった。
A君は、体もしっかりとしていて、
ランドセルがよく似合った。
 それに比べ、
H君は、背負ったランドセルが、
やけに大きく見える小柄な子だった。

 ジョギングから戻ると、
2人とバッタリ出会うことがある。

 私が、荒い息を整えようと、
通学路の通りまでゆっくり進むと、
2人は、その通りのこちら側の歩道を、
仲よく並んで向かってくる。

 どんな話題なのか、
いつも楽しそうに、話しながらの登校である。
 「おなようございます。行ってらっしゃい。」
私の声かけにも、2人はさほど関心はない。
 「おはようございます。」と応じるものの、
すぐに2人だけの会話に戻ってしまう。
 
 ある朝のことだ。
いつもと変わらないタイミングで、
楽しげに2人がやってきた。

 すると私のすぐ目の前で、
A君が通りをかけ足で横切ったのだ。
 通りと言っても、交通量は少ない。
幸い1台の車も走っていなかった。

 でも、H君はすぐに叫んだ。
「そっちに行っちゃダメだよ。」
 「大丈夫だよ。こっちにおいで!」
「危ないから、ボク、行かない。」
 「Tちゃんも、こっち通るからおいでよ!」

 H君は、しばらくじっと立ち止まった。
そして、次の瞬間、
左右を見ながら、急ぎ通りに足を踏み出した。

 その時、同時にA君も、
左右を見ながら、急ぎ通りに足を踏み出した。

 2人は、左右を見ながら、通りの真ん中で鉢合わせた。
体がぶつかるやいなや、
「なんで、渡ってきたの?」
 「なんで?」
「だって、おいでって言うから!」
 「ちがうよ。そっちはダメって言ったよ!」
通りの真ん中で、言い争いを始める2人。

 幸い車の姿はない。
でも、私は叫んだ。
「道の真ん中はだめだよ。」

 2人は、あわてて、また両側の歩道に戻った。
「ジャンケンしよう。」
 A君の提案を、H君は受け入れた。
私のすぐそばで、道をはさんで2人のジャンケンが始まった。

 横断歩道のないところで、
道を横切ることは禁じられているだろう。
 「こんなところで、道を渡っちゃダメだよ。」

 私の注意に、2人はジャンケンを止めた。
 「どうする?」
「まっすぐ行こう。」
 「そうだね。」
2人は、右と左の歩道を別々に歩きだした。

 「行ってらっしゃい!」
私の声に、悪びれた様子もなく、
「行ってきます!」の声が返ってきた。 

 なぜだろう。
その日は一日中、私は明るい気分で過ごした。 

 


 だて歴史の杜公園修景池が1枚の鏡のよう 

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