ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

こ の 街 の  あ れ こ れ

2024-09-07 11:47:47 | 北の湘南・伊達
 ▼ つい先日、室蘭民報に掲載された
『楽書きの会』同人M氏の随筆が、心にとまった。

 要約する。
M氏が、カルチャーセンター前の公園を歩いていた時だ。
 札幌から来たという70歳代後半とみられる紳士が、
「文化的な感じがして、いい公園ですね」と。

 そして、翌朝、
栃木から来たという60歳前後の男性が通りがかりに、
「伊達は町並みといい公園といい、いい所ですね」と言った。

 そこでM氏は、こう綴る。
『改めて自分の街のことを考えてみたが、
他所から見た彼の目を引きつけたのは何処なのか、
伊達の街の魅力とは何か、明確な答えが浮かばない』。

 そして、こうも・・・。
『昨日今日、続けてこんなに褒められて考えた。
 「いい街」というのは、空気のようなもので、
当たり前だから意識しない。
 住みにくさを言えと言われたら、
5つや6つ誰でも言えるだろうにである。
 我が街の魅力を知らないことに・・・
「うしろめたさ」を感じてしまった・・・』と。

 私も12年をこの街で過ごした。
町並みのよさや公園のよさなどに慣れてきたようだ。
 「危ない! 危ない!」。
 
 ▼ 台風10号が、ゆっくりと九州と四国を横切り、
その後、愛知県付近で熱帯低気圧に変わった。

 台風の近くだけでなく、
その後も全国各地で大雨による被害が数日続いた。

 北海道でも、冠水被害があった。
JRは栗山付近で線路の地盤が崩れ、復旧に数日を要した。
 近隣では、登別や苫小牧で主要道路の冠水があったらしい。

 そして、西日本も東日本も再び猛暑に見舞われている。

 そんなニュースが流れていた午後だ。
好天に誘われ、久しぶりに家内とパークゴルフへ行った。
 当地にしては日差しが強かったが、
すでに夏の風ではなく心地よかった。

 そんな陽気だからか、
パークゴルフ場には、顔見知りが数人いた。

 その中の1人が、誰にでもなく言った。
「いい所だね、ここは。
 東京とかは、35度だってよ。
台風だって、ここまで来なかったし、
その影響の豪雨も登別までで、伊達は全然降らない。
 お陰で、こうしてパークができる。
ありがたいことだ!」

 「本当に、そうですね」
言いながら、改めて気候の良さに気づかされた。
 「そうだった! ここは北の湘南・伊達だ!」。

 ▼ アイアンは、伊達に移住する以前からのものだ。
ドライバーは、移住してすぐに買い換えた。

 コロナ禍以前に比べ、めっきり飛距離が落ちた。
当然、体力の衰えによるものだ。
 致し方ない。
でも、それを少しでも補ってほしいと、
バーゲン品だが、新しいアイアンとドライバーに買い換えた。

 早速、ラウンドで使ったが、
振り慣れないからか、思うように飛んでくれない。
 少し振り込んだ方がいいと思った。

 そこで、暑い日中を避けて、
朝のラジオ体操を終えてすぐ、
伊達カントリーの打ちっ放し練習場へ行った。

 休日に加え、同じことを考える人がいるようで、
いつもは閑散としているのに、打席が半数ほど埋まっていた。
 やや端の方の席で、練習を始めた。

 しばらく練習をしていると、
すぐ後ろの打席で打ち始めた方がいた。
 クラブを変えて練習する時に、
その方を見た。

 長身で、男性にしては珍しく
ゴルフ帽ではなくサンバイザーだった。
 まだ若々しい感じだが、どこかで見覚えがあった。

 しばらく練習を続けた。
すると、後ろの彼に声をかけた人がいた。
 彼は、練習を中断し気さくに応じていた。
甲高い声だった。
 特徴のあるその声でピンときた。
      
 昨年4月、当時の市長が後継推薦した候補に大きく差をつけ、
初当選した現市長だった。
 まだ40歳半ばと若い。
これからのラウンドに向けた練習なのか。
 それとも単なる練習なのか。
しばらく市長と隣り合わせの席で打ちっ放しに汗を流した。

 市長とは何度か会合の席で挨拶を交わしていた。
しかし、この場はプライベートだ。
 その必要性はないと思った。
それにしても、隣同士でゴルフ練習とは・・・。
 「小さな街だから!・・・」のこと。

 ▼ 市街地には3つの小学校がある。
昨年度から、その1つの小学校の学校運営協議会の委員をしている。
 
 その小学校では校舎の立て替えがあった。
今年度に入ってから、旧校舎の解体も行われた。
 改めて、新校舎の全外観を見ることができた。

 初めて新校舎に入ったときから、釈然としなかったことが、
改めて大きな疑問になった。
 それは、建て替えた校舎が4階建てであること。

 東京23区の小学校には、4階建ての校舎が多い。
その主な理由は、校地確保の難しさである。
 2階や3階建て校舎の場合、広い校地を必要とする。
そのため、狭い校地ではどうしても4階建てになるのだ。

 それに比べると、当地の小学校はどこも、
小学生の体力では利用しきれない程広い校庭があり、
驚くほど広大な校地なのである。
 どう思いを巡らせても、4階建てにする意図が分からない。

 火災や地震発生で避難する場合、
高学年と言えども、4階からでは相当の時間を要することになる。
 3階からの避難に比べても、そのリスクは大きい。
加えて、毎日の昇降は子どもにも教職員にも負担は大きい。
 なのに何故、4階建てなの・・・。
 
 まさかと思うが、稚拙な想像をしてしまった。
実は、我が家を新築した時に熱心な建設業者さんが
「当社では、100年間もつ住宅を考えて建ててます」
と説明した。

 100年の耐久年数はともかくとして、
半世紀以上の使用を想定して、新校舎の建て替えをしたと思う。
 この先も少子化や地方の人口減少は進むだろう。
それに伴って、学校の統廃合も必然である。

 「それを睨み、小中学校合同校になっても使える校舎を、
想定して建て替えた!?」
 「まさか、まさか」と強く思う。

 それにしても、
「まだまだ、この街には分からないことが・・・」。 
 



    歩道脇の花壇 『 花 盛 り 』 

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