下田・ペリーと龍馬の足跡 ~伊豆半島紀行 ④
1854年(嘉永7年)、日本開国を要求するペリー艦隊の黒船来航により「日米和親条約」の締結に至り、下田が日本で初めての開港場となった。
ペリー提督上陸地から一行の応接所となった了仙寺までの道のりは「ペリーロード」と呼ばれている。
数々の歴史の波に翻弄された港町だったが、なまこ壁の続く町並みや南国風の佇まいなど、のんびりした風情が印象に残った。
街中にある宝福寺に坂本龍馬の大きな像があり、龍馬ファンとしては嬉しかった。
1863年(文久三年)、偶然にも土佐藩主・山内容堂が投宿していた。
これも偶然に龍馬を伴って下田に来港した勝海舟による取り成しで龍馬の脱藩の罪を免除されたことが後の龍馬の飛躍の基になった。
宝福寺には「唐人 お吉」の墓所がある。
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