自分はネコだと思っていた犬と自分は犬だと思っていたネコのお話/お話を運んだ馬/作:I.B.シンガー 訳:工藤 幸雄/岩波書店/1981年初版
娘三人と、犬とネコが一匹ずつの貧しいお百姓、ヤン・スキバは、一部屋きりのわらぶき小屋にすんでいて、あるものといえば最小限のものばかり。鏡は贅沢品でした。
それでも、犬とネコはなかよしでした。
ある日、村に行商人がやってきて、娘たちが夢中になったのは鏡でした。
分割払いで鏡を買うことにしたのですが、これまで見えなかった欠点がとたんに見えてきます。
娘の一人は、前歯がぬけ、もう一人は鼻があぐらをかいており、もう一人はそばかすだらけ。女たちは鏡に夢中になって家事一切をすっぽかします。
おまけに、これまで取っ組み合いをしたことのなかった犬とネコも、鏡にうつった自分を見て喧嘩をはじめ、相手を殺しかねないことに。
家じゅうがめちゃくちゃになってヤン・スキバは鏡を行商人に返します。
すると、犬とネコはもとどおりになり、いったんは自分の顔の欠点を見てしまった娘たちも、そろって幸せに結婚しました。
ヤン・スキバはいいます。
「鏡に映るのは体の表がわに過ぎない。人間の真実の姿は、その人の心がけにある。自分自身や自分の家族を大事にし、そして人生で行き会う人みんなに、できるかぎり親切をつくす。その心がけだ。こういう鏡に照らしてこそ、人間の心がくっきりみえてくるものだ。」
なにが大事なのかを語りかけますが、どうしてもうわべを気にすることが多いので、自分にとっては耳の痛いところです。
作者のアイザック・バシェヴィス・シンガー(アメリカ、1904-1991)は、1978年度ノーベル文学賞受賞者。チム・ラビットの作者というのがわかりやすいかもしれません。
ポーランドのユダヤ系の家庭に生まれ、アメリカに亡命し、ヘブライ語系のユダヤ語にスラブ語などが混ざった言語であるイディシュ語新聞を編集しながら、この言語で小説を書いて発表しています。