唐島の饒舌に眉を顰めているのは私だけではない。
「もろもろの要因と言われましたけど。宇津木さんを死に追いやったものって何ですか」
「何だろう。ところで、君は宇津木君が死ねばいいと思ったことがあるかね」
「ありません。あるわけないでしょう。し、失礼です」
動揺する藤岡を唐島は横目で見据える。
「失礼だったなあ。しかし思ったことが一度や二度、人間だったらあると思うんだがね」
「ありません」
「彼はどうして死んだんだろうね」
藤岡はもはや最大限に不機嫌である。「もしかして酔ってるんですか」
「酔ってはないよ。少々二日酔いだがね。昨日は、宇津木君の叔父さんという人にビールから焼酎からいろいろ勧められて参った。いつまでここに立たせておく気かねえ」
読経に木魚が混じり始めた。鐘の音も随所に入る。念仏はいよいよ佳境である。
藤岡はじっと腕を組んで足元を見つめていたが、決意したように顔を上げた。
「あの人には、あ、愛が足らなかったんですよ」
隣はすでに全然違うことを考えていたらしい。返答にはしばらく間があった。「ん?」
「愛です。周りに対する愛が足らなかったんです」
「愛」
「だからこんなことになったと、私は思います。も、もちろん言い過ぎですけど」
「愛、かね」
「愛、です。人間愛です」
「ほお。昨日聞いた話では、彼の方こそ周りから愛されていないと思い込んでいたらしいがね」
「自分が誰も愛せないからです」
「誰も愛せなかったのかね」
「知りません」
「知らないって、君」
「わ、私には、そう見えただけです」
唐島はひたいを指で掻いた。「そうかも知れんな。昨日もそんな話で盛り上がったような気もする。愛かあ。君にはあるのかね」
「当たり前でしょう」
「そういや君のところに、笛森って名前の事務員がいたことはなかったっけ」
(つづく)
「もろもろの要因と言われましたけど。宇津木さんを死に追いやったものって何ですか」
「何だろう。ところで、君は宇津木君が死ねばいいと思ったことがあるかね」
「ありません。あるわけないでしょう。し、失礼です」
動揺する藤岡を唐島は横目で見据える。
「失礼だったなあ。しかし思ったことが一度や二度、人間だったらあると思うんだがね」
「ありません」
「彼はどうして死んだんだろうね」
藤岡はもはや最大限に不機嫌である。「もしかして酔ってるんですか」
「酔ってはないよ。少々二日酔いだがね。昨日は、宇津木君の叔父さんという人にビールから焼酎からいろいろ勧められて参った。いつまでここに立たせておく気かねえ」
読経に木魚が混じり始めた。鐘の音も随所に入る。念仏はいよいよ佳境である。
藤岡はじっと腕を組んで足元を見つめていたが、決意したように顔を上げた。
「あの人には、あ、愛が足らなかったんですよ」
隣はすでに全然違うことを考えていたらしい。返答にはしばらく間があった。「ん?」
「愛です。周りに対する愛が足らなかったんです」
「愛」
「だからこんなことになったと、私は思います。も、もちろん言い過ぎですけど」
「愛、かね」
「愛、です。人間愛です」
「ほお。昨日聞いた話では、彼の方こそ周りから愛されていないと思い込んでいたらしいがね」
「自分が誰も愛せないからです」
「誰も愛せなかったのかね」
「知りません」
「知らないって、君」
「わ、私には、そう見えただけです」
唐島はひたいを指で掻いた。「そうかも知れんな。昨日もそんな話で盛り上がったような気もする。愛かあ。君にはあるのかね」
「当たり前でしょう」
「そういや君のところに、笛森って名前の事務員がいたことはなかったっけ」
(つづく)
ある時、突然、夢にその人が出てきた。夢ではあったけれど、雰囲気を見て、その人が本当に、心の平穏を得たのだと直感した。その人はある短編集を私にくれた。夢が何を意味するのかまったく理解できなかった。
数日後、仕事帰りに電車を待っている時、もらった本が何だったかに思いあたった。私は、その人が、抱えていた問題ごと消えてしまったような気がした。実際のところ、何が起こったのか(何も起こっていないのか)私は知らない。
身に起こったなんらかの変化の中で、その人は私に何かを示そうとしたのだろうか? 信じるに足るものがあること、どんな形であれ、悔いのない生き方があること、安心していいということ。それは、私のこれまでとこれからを保証するものでもあった。訪問は少しの配慮でしかなかったのかもしれない。ただ、私はその人に感謝している。
「心の平穏」ですか。
何段も続く苔むした階段を上っているようなとき、心の平穏を感じることもあります。上に素敵な寺があればなおさらです。でも階段はいつか終わるし、そこを下りてまた一段目から上る気になるには、随分時の隔たりを必要とするようです。
それにしても、夢の中の短編集って何だったんですか?