彼女を追って部屋を出る刹那、私は背後を振り返った。私の葬式の見納めである。割れた香炉から立ち昇る灰が未だ静まらない。黒服たちは皆、木偶の坊のように突っ立っていた。意外なことに、最も青褪めた顔をしていたのは、藤岡であった。
女は靴も履かず不幸の家を飛び出した。
春のうららかな日差しが逃走者を迎え入れる。
黒いタイツで、彼女は小鹿のように踏み石を駆け抜ける。必死である。受付の者は唖然として声も掛けられない。彼女が門を出たとき、脇から突如男が現れ、彼女の肩を掴んだ。大きな背中に威圧的な鷲鼻。五岐警部である。
「危ない。車に轢かれますよ。ところで、あなたは笛森志穂さんですね」
名前を呼ばれた女は反射的に身を振りほどこうとした。警部はさらにしっかりと細い二の腕を掴む。行き交う人が眉を顰める。
街のどこかでクラクションが鳴った。
(つづく)
女は靴も履かず不幸の家を飛び出した。
春のうららかな日差しが逃走者を迎え入れる。
黒いタイツで、彼女は小鹿のように踏み石を駆け抜ける。必死である。受付の者は唖然として声も掛けられない。彼女が門を出たとき、脇から突如男が現れ、彼女の肩を掴んだ。大きな背中に威圧的な鷲鼻。五岐警部である。
「危ない。車に轢かれますよ。ところで、あなたは笛森志穂さんですね」
名前を呼ばれた女は反射的に身を振りほどこうとした。警部はさらにしっかりと細い二の腕を掴む。行き交う人が眉を顰める。
街のどこかでクラクションが鳴った。
(つづく)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます