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ベルギー人と松本

2016年05月05日 | essay

   先月、ベルギー人を観光案内した。

   ベルギーと言えば、ベルギーワッフル、ベルギーチョコレート、それから何だろう、ベルギービール、しかしそもそもベルギーってどこだ?  と地図を広げてみれば、オランダの下を切り取ったようにしてある。さらにベルギーの先っぽを切り取った形でルクセンブルクという小さな国があることに気付いたが、今の話題はベルギーである。しかし話題をまた横道に戻すなら、どうしてヨーロッパ人はこうも小さく土地を分割して建国していったのだろう。よほど独立心の強い人たちなのだろう。

   さてベルギーである。かの地に私の知人が数年前から暮らしているのだが、その知人の知人であるベルギー人夫婦が日本に来る、それも松本に来る。ひいては松本を案内してくれないか、という依頼が彼女からメールで来た。私のまったく会ったこともない人たちである。日常の刺激に飢えている私は二つ返事で快諾した。

   桜の季節に合わせて来た彼ら夫婦は、若く、知的で、完全にアウトドア派であった。建物の中に入ることにはほどんど興味がなかった。公園を歩き、わさび田を歩き、とにかく歩いた。私は自分のつたない英語で彼らと会話し、彼らのウォーキングに付き合った。語学力と体力の向上に役立ったと言える。

   丸一日あちこち歩いて回った後、最後に光城山の桜を見に登った。足は大丈夫か、と訊くと、全然大丈夫、行きたい、と言う。大した根性である。時間の都合上途中まで車で上がり、そこから歩いた。疲れを知らない彼らの背中を感心して眺めながらついて行くと、山頂はちょうど桜の見ごろであり、多くの人が敷布を広げて花見をしていた。

   車の音も排気ガスも届かない、山の上のソメイヨシノは、それを見上げる人々の笑顔と相まって、一種、桃源郷のような得も言われぬ風情を醸し出していた。ベルギー人の奥さんが───普段はあまり感情を表に出さないクールな人なのだが───満面の笑みになって、ダンスのようにくるくると体を回した。

   ああ、ここを案内してよかった、と心から思った。

   山登りしてまで桜を見ようというのだから、一風変わった人が多く、中に、茶碗と茶筅(ちゃせん)を手に野点(のだて)をしている婦人がいた。聞けばその道の師範とか。物珍しそうに眺めるベルギー人夫婦のために、わざわざ一服立ててくださった。山頂で野点をする彼女も珍しいが、こんな所まで登ってきた外国人もさぞ珍しかったのだろう。

   彼らは二日間松本を満喫した後、次の目的地に向かって去っていった。別れ際にもらったベルギーチョコレートは、こってりと深い味がした。

 

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