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た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 134

2009年06月17日 | 連続物語
 ここまでだ、の辺りで、声は急速に遠のいた。声だけでなく、画面までが白くぼやける。真白になったと思ったら、映し鏡全体が粉々になり霧のような粒子となって消失した。同時に周囲を取り巻いていた炎も消えた。
 天井に青空が戻った。下方には雲海ができつつある。
 私と鬼は、日の照らす中空に再び対峙した。
 私がいつまでも喋らないので、鬼のほうから口を開いた。低い、割れ鐘のような声。
 「わかったか」
 わかったかだと。何をわかったと言うのだ、この鬼畜が。
 私は奴の目を見つめ返すことすらできなかった。
 「わかった」
 むべなるかな。私は、わかり過ぎるくらいわかっていたのである。取調室におけるあの鷲鼻の警部と同じほどに。
 風邪薬をウィスキーの瓶に入れた犯人は、笛森志穂である。彼女が、私を殺した。しかし────不幸にもと言おうか────彼女は表情を偽れるほどの悪人ではなかった、罪人ではあったが。彼女は言葉で否定しながら、燃えるような瞳で全てを白状してしまった。彼女が私を殺した。彼女が居間の戸棚の酒瓶に手をかけた。彼女が殺人を意図し、それがどんなに偶然を頼りにする計画だったにせよ、見事成功した。たまたま上手く事が運び、私は死んだ。馬鹿げている!・・・全てが私の妄想であって欲しいと、どれほど願っていることか!・・・せめて。せめて彼女が心のどこかで、この場当たり的な犯行の失敗を望んでいてくれたなら。まさか死ぬとは、と、驚いてくれたなら。いずれにせよ、私は現に死んだ。犯罪は完遂された。彼女が証拠不十分で手錠を逃れられているのも時間の問題であろう。彼女は早晩捕まろう。またそのことまでも、彼女はすでに、捨て鉢な態度で、自覚しているのである。
 私は殺された。それもどうだ、殺されてのち知ったことだが、狂おしいほどに愛しい女の手にかかって!

(つづく)
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