ある男がいた。元来が陽気な性格で軽口に止めどがなく、人と会えば場を賑やかにするのが常であったが、どうしても相手の気持ちを察することが苦手であった。相手が話したいことを差し置いて己一人でしゃべり過ぎ、相手の話に耳を傾けるつもりがいつの間にか己の話題にしてしまい、それでいて相手の不満に気づかなかった。それで、うわべは楽しく語り合っていても、密かにひんしゅくを買うことが多かった。最初のうちは皆、面白いやつだと寄ってくるが、やがて彼の独りよがりが鼻につき、一人、二人と彼のもとを去っていった。
男は人々が自分から離れていくことを悲しみ、人々を恨んだ。そして誰も自分のことをわかってくれないと感じた。被害妄想に苦しみ、だんだん陰気な性格に変わっていった。
ある男というのは、実在の人物ではなく、一つの心情である。誰でもそれを持ちうるし、その大きさ程度は人によりさまざまである。会社という集団や、国家という組織がこの心情を有しても不思議ではない。
世の悲劇というものの大抵が、ここに端を発しているとしても、これまた、あながち不思議ではない。
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