それを教えてもらえれば成仏できよう。いやしかしまだ成仏するのはもったいない、などと私が悶々と考えているのをよそに、美咲は警部に向かって口を開いた。
開いた口は逡巡した。出かけた言葉を呑み込み、ぶるっと身震いする。精一杯見開かれた細い目が腫れぼったく見えるのは、先ほどの涙のせいか。
再び開いた口からは、感情を無理に抑えた低い声が出た。
「私は容疑者ですか」
奥様、と大仁田が妻の腕を掴んだ。
遠く雷鳴が轟いた。警部は容疑者の女をじっと見返す。差した傘がいつの間にか斜めに傾いているので、いかり肩が雨に濡れる。
「現段階では誰も容疑者になりえません。情報が少なすぎます。申し遅れましたが、私は警視庁の五岐といいます。御主人が亡くなられた部屋と、亡くなられた日に飲んでおられた酒瓶を見せていただきたいのです」
容疑者は動揺を示した。視線が彷徨う。臭いものを嗅いだように指を鼻に当てる。
「今日は通夜です」
「ええ。御迷惑を承知でお願いしているのです」
「私は殺してません」
「ボトルを見せてください」
「始末しました」
「は」
「私の主人の命を奪った酒です。とっておくわけがないでしょう。水で綺麗に洗って、資源ごみとして昨日出しました」
警部はポケットから手帳とペンを取り出した。
「本当ですか」
「本当です」
(つづく)
開いた口は逡巡した。出かけた言葉を呑み込み、ぶるっと身震いする。精一杯見開かれた細い目が腫れぼったく見えるのは、先ほどの涙のせいか。
再び開いた口からは、感情を無理に抑えた低い声が出た。
「私は容疑者ですか」
奥様、と大仁田が妻の腕を掴んだ。
遠く雷鳴が轟いた。警部は容疑者の女をじっと見返す。差した傘がいつの間にか斜めに傾いているので、いかり肩が雨に濡れる。
「現段階では誰も容疑者になりえません。情報が少なすぎます。申し遅れましたが、私は警視庁の五岐といいます。御主人が亡くなられた部屋と、亡くなられた日に飲んでおられた酒瓶を見せていただきたいのです」
容疑者は動揺を示した。視線が彷徨う。臭いものを嗅いだように指を鼻に当てる。
「今日は通夜です」
「ええ。御迷惑を承知でお願いしているのです」
「私は殺してません」
「ボトルを見せてください」
「始末しました」
「は」
「私の主人の命を奪った酒です。とっておくわけがないでしょう。水で綺麗に洗って、資源ごみとして昨日出しました」
警部はポケットから手帳とペンを取り出した。
「本当ですか」
「本当です」
(つづく)
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